フラグが追いかけてくる
「さて、明日はどうしたものか……」
「クェレスには行かないのでありますか?」
ルーナを起こした後居間に集まり、明日からどうするかを全員で話し合うことにした。
予定では明日にはクェレスから一旦出て、数日後に王都へ行き馬を返却。
そしてディウスとグリンさんに会い、例の計画を実行に移す……という流れだったのだが。
「うーん、早く行ってとりあえず馬を回収したいんだけどな……こんなすぐに行ったら探していそうだし……。あぁ、早く王都に行きたい」
「なんだ、平八達は何か問題でも起こしてきたのか?」
「いや、問題を起こした訳じゃなくて、問題を解決しただけなんだけどさ……」
「探されているのだろう? なら同じようなものだ」
どうしたものかと俺が頭を悩ませていると、ルーナがジト目でこっちを見てきた。
今回は俺達が何かした訳じゃなくて、ただ巻き込まれただけなんだけどな……まあどっちにしても探されているのは事実だけど。
「そんなに急いで王都に行く用事なんてありましたっけ?」
「おいおい、忘れたのか? 俺達がBランクになったのは、魔石回収の為にグループを作るのが目的だっただろ!」
「あっ、そうでしたね。すっかり忘れていました」
シスハが首を傾げながら何かあったかと言い出す。
遺跡の調査からここまで、全部魔石回収をする為にやってきたんだろうが!
それを忘れるなんてとんでもない!
「全く、目的を見失ってどうするんだ」
「それを大倉殿が言うのでありますか……。大倉殿、本来の目的を言ってみるのでありますよ」
「えっ……えーと……ガ――じゃなくて、その……あっ、元の世界に帰ることだ!」
ガ、と俺が言いかけた途端、ノールはガタッと音を立てて椅子から立ち上がろうとした。
そこで俺は言うのを一旦止めて、再度考えて言い直す。
いやぁ、忘れていた訳じゃないけど、ちょっと最近そっちのこと考えてなくて思い出すのに手間取ったな、うん。
「どうだ、ちゃんと覚えていただろ?」
「そんな得意げに言われましても……」
「ふふ、ガチャとか回して楽しんでいるんだし、もうこの世界でずっと暮らしたらどうかしら?」
「だ、駄目だ! 一応帰る手段は見つけておきたいんだ!」
エステルが微笑みながら、ずっと居ればいいじゃないかと言い出す。
確かにガチャも回せて、さらに自宅まで手に入れているのだから、この世界でずっと暮らすというのもかなり魅力的だ。
だが、やはり帰る方法を全く探らないというのも、なんだか不安が残る。
どうするかはその時にならないとわからないけど、今後も帰る方法は探していくつもりだ。
「それで、馬を返さないと冒険者協会に顔を出せないから困ってるのであります?」
「うん、そうだけど。グループを作る為に、まずグリンさんとディウス辺りに声をかけようと思ってる」
「そうでありますか。なら協会の外で会うのはどうであります?」
冒険者協会に行かずに、グリンさん達に直接会いに行く、か。
まあその考えは俺もあったんだけど、ちょっと問題がなぁ……。
「ディウス達は護衛依頼によく行ってるから、協会に確認取らないといついるかわからないんだよ。それにグリンさん達も最近は遠出しているみたいでな……」
「ずっと協会の前で見張ってる訳にもいきませんもんね。それに下手に動くと、クリストフさんに情報がいきそうですし……」
「うーん、そうなるとやっぱり馬を回収して帰ってくるのが一番でありますね」
今回の護衛依頼を受ける前に、グリンさんとディウス達に会ってグループを作る話ができないかと探した。
しかし両者共冒険者協会にいなかったので、予定を受付で聞いてみたところ帰ってくるのは4日以上掛かると言われた。
俺達が護衛依頼をしている最中に帰ってくるみたいだったし、こっちの護衛依頼が終わるまで待っててくれなんて頼めるはずもない。
毎日冒険者協会に来ているとも限らないし、来るのを見張りながら待つなんて途方もないことだ。
それに協会に行かなかったとしても、どこかから俺達がブルンネやシュティングにいることがクリストフさんに知られたら、かなり厄介なことになる可能性がある。
どうしてもう帰って来てるとか、馬はどうしたんだって言われるだろうし……。
ただでさえあの人俺達の痛い部分に興味を持っていたから、これ以上疑われることを増やすのは避けたい。
理想は堂々と王都に戻って馬を返すことなんだけど、なんとかならないかなぁー。
……待てよ? すぐにクェレスに行けないと思っているのが間違いなんじゃないのか?
「よし、ここは逆転の発想だ! 明日クェレスに行って馬を回収しちまおう!」
「あら、大丈夫なの? あの女の人が探しているかもしれないって、お兄さん自分で言ったのに」
「ああ、時間が経てば経つほど、あの女の人が周囲の人に話して探す人数が増えるかもしれないからな。むしろ早い方がバレずにいけるはずだ!」
「大丈夫なのでありますか?」
「ふふふ、安心しろ。ちゃんと考えはある。とりあえず明日は早朝に行くから、それだけは承知しておいてくれ」
逃げたのなら、普通はすぐに戻ってくるとは思わないはずだ。
あれが起きたのは日が落ちる寸前だったし、今日だけならそこまで話は広まらないと思う。
ならば話が広がる前に馬を連れてクェレスから逃げ出して、ほとぼりが冷めるまでは近づかない。
まさか次の日の早朝に馬だけ取りに来て逃げるだなんて想像もしないだろう。
アーデルベルさんの依頼に関しては、俺がインビジブルマントで毎日確認しに行けばいい。
か、完璧な計画だ!
ふふふ、これであのフラグから完全なる回避ができるということだな!
「あっ、エステルとルーナは寝てていいからな」
「えっ、どうして?」
「いや、すぐ帰って来るつもりだからさ」
明日の朝は俺とノールとシスハでパパッと終わらせてくるつもりだ。
馬小屋から馬を出して、ノール達に急いで外まで走らせてもらって、その後ビーコンで馬ごと移動。
無理だった場合はディメンションルームに入れて自宅でまた出すことだってできる。
そしてモフットのペット小屋を借りて馬を入れ、不自然にならないように数日後に王都に届ければいい。
ペット小屋は大、中、小と大きさが選べて、中に入る動物に合わせて裏にあるボタンを押せば変形するのだ。
ノールがそれを知らずにモフット用の小の時に無理矢理入ろうとして、尻を引っ掛けてやがった。
俺が発見して救出したけど、マジ泣きしてたからな……ちょっと笑ってしまったのは内緒にしている。
「むぅ……」
「そう拗ねるなって、な?」
「……わかったわ。でも気をつけて行ってきてね?」
「おう、ありがとうな」
明日参加できないのが不満みたいで、エステルは頬を膨らませている。
それでもご理解してくれたのか、眉を寄せてはいるけど渋々納得はしてくれた。
「ルーナもそれでいいよな?」
「私は構わない。むしろその方がいい」
「相変わらずブレがないでありますね……」
「ルーナさんのそういうところも、可愛らしくて好きですからね!」
「むぅ、貴様に好かれても嬉しくないぞ」
「そんなこと言わないでくださいよー!」
●
翌日、星がまだ見えそうな薄暗い空の下、俺達はクェレスの冒険者協会が見える建物の陰に隠れ様子をうかがう。
ふふ、ここまで何の問題もなく来れたぞ!
計画通りだ。
念には念を入れて、地図アプリを開き周囲の人を確認する。
町の住民はまだ寝ているのか、動かない無数の青い点がたくさん表示されていた。
大体は家の中だから、外にいるような人は見当たらないな。
俺達を監視しているなら不自然に動くような人がいるはずだし、建物の陰に隠れて協会を見張っている人もいない。
それから望遠鏡で協会の隣にある馬小屋を見てみる。
扉には南京錠みたいな鍵が付いており、どうやら今は人がいないみたいだ。
うーむ、これは受付嬢に言って鍵を開けてもらわないと駄目か……。
協会内も確認してみると、青い点が7つある。
中で待ち構えているという可能性もあるか……自分の目で確かめに行くしかないな。
「協会の周囲に人がいる様子はないな。でも協会内には数人いるから、一応確認はしないと」
「おお、もしかしてこれは大倉殿の作戦が的中でありますか!」
「流石ですね大倉さん。こういう事に関しては良い勘しているんですね」
「そうだろう、そうだろう。もっと俺を崇め奉ってもいいんだぞ?」
ぐふふ、やったぜ。
物事が想定通りに進むというのはなんとも気分が良い。
たまには俺もこうやって活躍して、賞賛を浴びるというのも悪くない。
さっそくインビジブルマントを装着し、協会に近づいて窓から中の人を確認していく。
えっーと、あの白衣の女の人は……いない。
一応確認を2、3度してから俺はノール達の所へと戻る。
「よし、よしよし! 中にもいなかったぞ! これは賭けに勝ったわ!」
「ならさっそく馬を連れ出して、この町から出るのでありますよ!」
待機していたノール達を連れて冒険者協会へと入る。
中にいた昨日とは違う受付の女性に声を掛け、馬小屋から昨日預けた馬を出していいかを聞く。
俺達のプレートと名前を確認してもらい、馬小屋の鍵を受付嬢から受け取る。
これで後は馬を小屋から連れ出して逃げるだけの簡単なお仕事だ。
いやー、昨日の緊張感はなんだったのか。
面倒なことに巻き込まれそうだと思ったけど、そんなこともなかった。
はは、これぞフラグを折るって奴だな!
「クェレスまでせっかく来れるようになったのに、町を見られないのは少し残念ですね」
「確かにちょっと町は見てみたかったけど、仕方ないだろう」
協会から出る途中、シスハが少し残念そうに顔をしかめていた。
これでしばらくはこの町の散策ができなくなるけど仕方ない。
たぶん数十日もすればあの女の人も諦めるだろうし、散策はその後にすればいいだろう。
その際は満足するまで皆でクェレスを回りたいものだ。
協会から出て隣にある馬小屋へと向かう。
そして勝利を確信して、鍵に手をかけた瞬間――。
「……たぁ……」
何やら叫ぶような、悲鳴のような声が聞こえた。
「ん? なんだ?」
「お、大倉殿! あ、あれは!?」
「そ、そんなぁ!? どうしているのですか!?」
ノール達が驚いて声を上げたので俺もその方向を向いてみると、そこには昨日の白衣の女性が全速前進で向かってきているのが見えた。
叫びながら走っているみたいで、その姿は尋常じゃない。
魔物を狩っている時のシスハ並の迫力がある。
「見つけたぁぁ! 見つけたぁぁぁぁ!」
「うおぉぉ!?」
驚きで硬直している間に、走る勢いを落とさず女性はそのまま俺の肩に掴み掛かってきた。
目は血走り、その下には酷いくまが現れ、呪詛のように見つけたと叫んで半狂乱になっているようだ。
やべぇ……回避したと思ったフラグが追いかけてきやがった……というかなんでバレたんだ?
地図アプリには表示されてなかったし、走ってきているってことは遠くから見ていたってことか?
「さ、さっそく……ハァ……は、話を聞かせて……ハァ……」
「わ、わかりましたから、一旦落ち着きましょう、ね?」
走ってきたせいか呼吸が荒く、死にそうな形相で俺を見つめながら口を開く。
と、とりあえず逃げられそうにないから、落ち着かせるところから始めよう……。
それからしばらく女性は俺の肩を掴んだまま呼吸を整えた。
どうあっても逃がす気はないという強い意志を感じるぞ……。
「えっと、それで……私達に何の用でしょうか?」
「聞かなくてもわかりますよね? って、あれ……昨日の魔導師の子はどこに?」
「あー、ちょっと今はいないんですよ」
聞かなくてもわかる、そして探しているのはエステル。
間違いなく昨日の人形の件ですよねー。
いやぁー、エステル連れてこなくてよかったわ。
「あっ、話があるんでしたら後で連れてきますので、それまで協会内で待っててください」
嘘をつきました。
この場から逃げる為、エステルを連れて来ると言った。当然嘘だ。
こんな危ない人とエステルを会わせる訳にはいかないからな。
「嫌です」
「えっ?」
「その様子だと、逃げるつもりですよね?」
な、なんだと……何故バレた。
想像以上にめんどくさいぞこの人。
「あの子のいるところまで、私も行きます。一晩中ずーっと、この大通りが見える場所から見張っていたんです! 逃がす訳には行きません!」
「わ、わかりましたから、ちょっと落ち着いてくださいって!」
「お願いしますよ! どうか、話だけでも、話だけでもあの子とさせてください! 勧誘とかそういうのじゃありませんから、どうかお願いしますぅぅ!」
おいおい、まさかあれからずっとここが見える場所を見張っていたっていうのか!?
やべぇ……この人やべぇよ!
ノール達もドン引きした様子で女性を見ている。
どうしてもエステルと話がしたいのか、俺の肩をさらにギュッと掴んで涙ながらに訴えかけてきた。
何が何なんでも、俺達を逃がすつもりはないらしい。
くっ……どうすりゃいいんだ……。




