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その7話 蛇の胤と女の胤

 可南子は家に入ると迷うことなく、「子供部屋」に向かった。ドアを開けると初老の男性が幼児を抱いて座っていた。端正な顔立ちで黒いスーツに白いシャツ、リボンタイをしめたまさにナイスミドルな白人の男性であった。可南子は彼と面識はなかったが、見知った顔である。可南子は自分の記憶を手繰り寄せ、思い出そうとしていた。


「…ジム。ジム・ハリス。なんでやつがこんなところに?」

同じ映像を見ていたジョージ・ハミルトン博士がつぶやく。ジェームズ(ジム)・ハリス博士はハミルトン博士の同僚で、彼の国の惑星移民プロジェクトではソフト面(ようするに宇宙船以外の部門)の統括責任者であった。


 有能ではあるが極度の自己顕示欲と自己認証欲求が強く、いびつな性癖を持っていた。とりわけ、その加虐趣味的嗜好者サディストである、という性向のため、プロジェクトを外されたのだ。病死したと聞いていたが、あろうことか、ラストピースとして自分の脳を送り込んでいたのだ。もちろん、ハリスの脳だとわかっていたら責任者として、当然外していただろう。おそらくはだれかに金を握らせたか、あるいは自分の息のかかったものに脳をすり替えさせたのだろう。


「モリアーティ教授?」

宇宙船科学者業界ではこちらの通り名のほうが有名だった。「イギリス+悪者+教授」で検索するときっとこの名が出そうだからだ。


「ここは私たち家族の家です。出てお行きなさい。」

可南子が厳然と命じる。


「おやおやもう見つかってしまいましたか。」

とても渋くていい声である。ひと悶着あるという見る者たちの予想に反して、ハリスはジャスティンを離すと2階の窓から出て行った。


 解放されたジャスティンが可南子に駆け寄った。その顔だちは幼いころの光平によく似ていた。ジャスティンがは可南子に抱き上げられると大泣きする。よほど怖かったのだろう。可南子はジャスティンをあやしながら頭をなでると光があふれてきた。ワクチンがきいたのだろうか。ジャスティンはそのまますやすやと寝息をたてて眠りについた。


「第一種戦闘状態が解除されました。」

惑星砲の照準が解除され、エネルギーの充填は終了したのだ。全移民船のクルーやスタッフから歓声が上がる。危機は去ったのだ…と思った瞬間だった。


突然、移民船の生命維持装置をはじめ、ライフラインが停止したのである。

「なぜだ?」

再び非常事態モードに陥った船内でクルーたちもパニックになる。


「脱出ポット。ロックされています!」

退路も断たれている。

「ゲイブ、これはいったい?」

少々パニック気味の哲平がゲイブに詰め寄った。

「分かりませんか?」

ゲイブはやれやれといった表情を浮かべた。


「ジャスティンは眠っているのです。『寝る子は育つ』というでしょう。彼は大人になるまで眠ったままです。つまりあなた方の面倒を見てくれるものはいなくなったのです。それを知っていたからこそ、先ほどの男はあっさりと身をひいたのです。」


哲平はそれどころではない。

「じゃあ、その成長は一体いつまでかかるんだ?」

「さあ。それは彼次第です。100年でも1000年でも。」

ゲイブの答えは飄々としている。


哲平は深呼吸してから言った。

「それは困る。」

「それはそうでしょう。すぐに手を打たねばあなた方は死に絶えます。確実にね。」

ゲイブの平然とした顔に、一発殴ってやりたいという気持ちを一回飲み込んでから哲平は尋ねた。

「俺はどうすればいい?」


ゲイブは我が意を得たりという顔をする。

「簡単なことです。それまであなたがジャスティンの代わりをすればいいのです。さあ、あなたもリンカーをおつなぎなさい。」

哲平がリンカーをつなげると、豪華な古城のような場所にいた。大広間のよな広大な空間であった。

「ここは?」


哲平が傍らにいるゲイブに尋ねる。

「 ここがあなたの城ですよ。あの鏡をごらんなさい。」

ゲイブは柱をさし示す。柱は鏡張りになっていた。哲平は鏡に映りこむ自分の姿を見て驚いた。黄金の西洋鎧に赤紫クリムゾンカラーのマント。頭には黄金の月桂冠が乗っていた。


「どうです?」

ゲイブの語調にはさあ喜べ、という気持ちが入っていた。しかし、哲平から返ってきた答えは期待外れだったに違いない。

「コスプレですか?かなり痛い部類に入りますね。忘年会でこれをやったらさぞかし皆の酔いが醒めるでしょうね。」


 断わっておくが、哲平は決して不細工顔ではない。大和人は混血が進み、全体的にハーフ顔ばかりなのだ。名前こそ純和風だが、彼を流れる大和人の血は1/3程度でしかない。


「いえいえご立派ですよ。」


ゲイブはお世辞を言った。

「妻は…可南子はどうなるんだ?」

それが哲平の最大の懸案だった。


「こちらにおいでなさい。」

ゲイブが手招きをする。そこはプライベートルームのようだった。奥に女性用の姿見があり、そこから覗くと可南子が幼いジャスティンを抱いていた。

「こちらからいつでもご覧になることができますよ。」


「見るだけなのか?コンタクトはとれないのか?」

哲平の問いにゲイブは言い放つ。

「できません。あなたがここを離れることはシステムの休止を意味しますから。年に1度にとどめてくださいね。もちろん、あなたの仲間を育てればあなたの代行もできるようになるでしょう。」


「仲間?」

哲平は訝しげに尋ねる。

「そうそう。すっかり忘れていました。あなたは一人ではないのです。あなたを支える10人の仲間をご紹介しましょう。」


 ゲイブは城を案内しながら進んでいく。やがて「円卓の間」と記された大きな扉に行き当たる。扉が開くと大広間になっており、大きな丸いテーブルが置かれていた。王の座る玉座を含め13の座席があり、すでに哲平と同様に西洋甲冑の『コスプレ』をした人物によって、いくつか席がうまっていた。


「陛下、どうぞ玉座へ」

促されるまま玉座に腰をかけた哲平はあまりの座り心地の良さに、ふう、と息をついた。

「叔父さん、元気?」

聞き覚えのある声にはっと我に返る。右隣に座っていたのはなんと光平だった。

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