その5話:小惑星の衝突(メテオ・ストライク)
哲平たちがコールドスリープの眠りから起こされたのは80年後で、大気圏内の酸素量が植物の生育に十分に達したころであった。今度はそれをさらに人類の生育に適するようにするため、地球から持ってきた種をまき、森林の形成を図る。海に受精卵から培養した魚類を放ち、地表には昆虫や鳥類を放つ。こうすれば惑星のすみずみまで植生を広げてくれるだろう。この段取りでまたコールドスリープに入る。
「科学者が創世神話の真似ごとだぜ。笑っちまうな」
こうして、地球のテラフォームをした宇宙人が神と呼ばれたのだろうか、皆面白がって笑った。逆に、哲平が「神」という存在を意識した瞬間でもあった。
次に起こされたのはさらに120年後であった。今度は受精卵から育てた動物たちを放つ。あいにく、恐竜はいなかったが。あと100年もすれば第二の地球が出来上がっているだろう、こうして彼らは三たび、眠りについた。しかし、不慮の事故が生じてしまう。
それは、あとテラフォーミングの完了まで10年をきったというころ、小惑星がスフィアと衝突したのである。直撃地点に近い4基の移民船は大破、墜落してしまった。これはのちに「メテオ・ストライク」と呼ばれた事件であった。残る移民船は14基である。
これまでテラフォーミングに300年近い歳月をかけたのに、このままではこの惑星は人類の生存に適さない氷河期に突入する可能性があった。
「各移民船のホストコンピューターの人格プログラムを統一し、並列化することを提案します。ナノマシンの有効活用のためになんとしてでも実現させなければなりません。」
これまで船ごとにバラバラにやってきたテラフォーミングを一元化すればもっと効率的に速度をあげて、氷河期の突入を阻止できるはずだ。鞍馬夫妻は船長会議で熱心に主張をつづけた。みな迷っていたが、イギリス船「ヴァージニア」の船長、ジョージ・ハミルトン博士の一言で決心がついた。
「300年、そう、300年の時間は一瞬ではすまされません。我々にとってその期間はコールドスリープでは甘いひと時の夢かもしれません。しかし目を覚ましている人間にとっては違います。この期間のずれは、スフィアとガイアとの間に明らかな歴史の差が産み出されることでしょう。もし、そうなれば、将来、我々スフィアはガイアの人々に搾取されるようになるかもしれません。」
皆愕然として顔を見合わせた。哲平はたたみかける。
「博士のおっしゃる通りです。みなさん、我々は「コールドスリープ」を便利で安全な『タイムマシン』のような《揺りかご》だと思うべきではありません。このままでは我々はこの移民船を『タイムカプセル』のような《棺》にしてしまう恐れがあるのです。」
科学者にとって誰かに「出し抜かれる」というのは最も恐ろしいもののひとつであった。この鞍馬博士に出し抜かれるのがみな恐怖だったが、もっと恐ろしいのは「停滞」であった。
こうしてホストコンピュータは一つの人格プログラムによって統一される。そのプログラムはメテオストライクによって命を落とした、スフィアグループのリーダーであったアメリカ二番船船長ジャスティン・カーク博士のファーストネームをとって「JUSTIN」と呼ばれた。中には「Just in time」(直ちに)という意味だ、と皮肉る者もいた。それもあながち誤りでもなかったが。
こうして、テラフォーミングの効率は格段にアップし、氷河期への突入は回避できた。これでもうひと眠りすれば、楽園となった惑星が我々を迎えてくれる。誰もがそう信じてコールドスリープに突入した。
しかし、ことはそううまくは運ばなかったのである。
哲平は久しぶりに光平の夢を見ていた。幼い光平は懸命に哲平と可南子を呼んでいる。そのころ、まだ二人の名字は別々だった。哲平は可南子とこのまま付き合いを続けていてもよいか迷っていたのだ。とある医療機関の検査で自分が不妊症であることを告げられたからである。核汚染の影響であった。
突然船内にアラートがなり響く。緊急事態だ。
「どうした?」
着替えもそこそこにカンファレンスルームに到着した哲平を待っていたのは衝撃的なニュースだった。
「ジャスティンが暴走を起こしました。」
ジャスティンが暴走し、アジア系、アフリカ系の移民船が居住区画をパージしたのだ。40人の人命と貴重な受精卵が永久に失われる。
「ち…貴重な有色人種のサンプルが…」
哲平は舌打ちする。大和人は第三次大戦後、100年以上にわたる移住生活の間に混血が進み、独自の人種的特徴をほぼ失っていた。それゆえ、この2基の持つ受精卵は、新しい世界に人種の多様性を保つためには欠かせない遺伝子群であったのである。あとは残ったアメリカ船たちに期待するしかない。
「原因はなんだ?」
哲平の口調は珍しく荒かった。クルーの答えはいらだっている彼に冷や水を浴びたせるものであった。
「ラストピースの集め方に問題があった模様です。」
ラストピース(最後のひとかけら)とは光平たちのように提供された人間の脳である。どうやら、だましたり、誘拐されたり、ブローカーによって売買されたりして、脳の持ち主たちがひどく扱われたようなのだ。その記憶が、今や「王」となったジャスティンを「暴君」に変えてしまったのだ。
緊急船長会議が行われる。座長は新たにスフィアグループの代表者になった、ジョージ・ハミルトン博士が務めた。
「ジャスティンから暴君に名を改めねばならないですな。」
容赦ない発言は明らかに鞍馬夫妻をつるし上げようという意図がありありとしていた。とはいえ、哲平も可南子も責任を回避する気はさらさらなかった。
「まあ、まずは皆で原因をつきとめよう。かの突然皇帝を名乗って世界を恫喝し、自ら滅びた帝国と同じ人間の脳だ。 戦って負けることもあるまい。」
しかし、そううまくはいかなかった。地上に降りるという選択肢もなくはなかった。しかし、先回のメテオストライクの教訓から各移民船には惑星防衛兵器が構築されており、そのコントロールが奪われている今、船を空けるのは自殺行為であった。
「このままではライフラインを止められるか、惑星砲の餌食になるか。笑えない二者択一ですな。」
皆の笑いは空笑いだった。しかし最悪の現実が待ち構えていた。すべての移民船の惑星砲が起動し、エネルギーが充填され始めたのである。照準はすべて隣接する移民船であった。同時に発射されれば一瞬にしてすべての移民船が墜落することになる。
「ウロボロスの蛇か。」
二匹の蛇が互いを尻尾から喰らい合い最後は二匹とも消滅するというたとえ話だ。事態は「絶体絶命」の様相を呈していた。




