表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

已まれぬ酒

「なぁ~に素っ頓狂な顔してんですかぁ坂田ちゃぁん?」

「なんだカレン、起きたのか……ちっ」

「お前ぇその舌打ちはなんだそれ、ええ~?」そう言ってカレンは、おぶさったまま両脚でユーリの腰部を締め上げた。

「あっやめろお前それ内臓捩じれる、ばか、いい加減にしろ、落とすぞこのっ」

「じゃあ、こっちはぁ? カレンちゃんのあんよですりすり~」カレンがユーリの股間部にブーツの踵を這わせた瞬間、ユーリは両手を離して背中のカレンを放りだしたが、カレンは何の苦も無くハンドスプリングを決めた挙げ句、背後から跳躍して軽々ユーリの肩に腰を落ち着けた。

「おい、ほんとに落としたな?」更に太股でユーリの頭を締め上げる。

「くそ、カレン、めんどくさいから寝ていてくれないかな? これから歩いて帰らなくちゃいけないんだから」

「そうだよ、あんたら何で連れ立ってこんな暗い道歩いているのさ! あ、あ、あたしのネイキッドちゃんはどこいっちゃったのォ!」途端にカレンは悲鳴を上げた。既に涙目になっている。

 その様子を眺めていた露子は、呆気にとられながらも、カレンの質問に答えようとする。

「えっと、車なんだけど……タイヤが、外れて……」

「あぁ! なんで? 違う、そうだった、タイヤが外れた? あぁんもう、やだぁ、それってつまりあたしのせいだな!」

「うん、そうだと思うよ、僕は」

「きっと、……当たり所が悪かったんだと思う」

「いや見事、大当たり。サッカーボールみたいだったな」

「なぁユーリ、百歩譲ってネイキッドが使えなくなったとして、置き去りにする事ないでしょうがよ。何でこんな、お徒歩で! あたし歩いて帰りたくなんてないよぅ」

「なあお前、まだ一歩も歩いて無いよね?」

「うん、歩きたくないからな!」

 肩車されていたカレンはずり落ちて、また負ぶさる姿勢に戻った。

「あぁわかった。よし良い子だ、じゃあ寝ててくれ、ここにかっぱらってきたウォッカがあるぞ」そう言ってユーリはポケットから出した小さな瓶を手渡した。

「うむ、良い心がけじゃ。くそ~、やってらんねぇやい。ぐび、ぐび、ぐび、かぁ~、あったまるね!」

「奥様、良い飲みっぷりです事」ユーリはカレンの手から酒瓶をひったくった。

「ふ、ふひひひ、きもひ~よぉ、ひひひひ」

「よーしよし、寝てろ寝てろ」再びカレンは大人しくなった。

 ぼちぼち歩き出す。

「…………それ、盗んできてたの?」

「せっかく酒場に寄ったんだから、飲まなきゃやってられない」

「そう。飲酒運転だなんて最低……、私にもくれる?」

「うん、同感だね。実はまだ一口も飲んでないんだ、生憎ドライバーなもんで。珈琲好きなんだ、お陰で眠くならずに済んでるよ」

「なんだ、そうだったの。今は飲めるでしょ?」

「ああ、まあ確かに」

 露子は手渡された瓶の残りの酒を軽く口に含むと、蓋を開けたままユーリに返した。残った酒をユーリは飲みほした。空の瓶を尻のポケットに突っ込んだ。

「こうなる事がわかってたら、もっとかっぱらってきてたんだけどなぁ」

「残念ね。それにしても、……ご夫婦だったのね。仲が良いわけね」

「――夫婦円満の秘訣が聞きたい?」

「ちょっと興味あるかな」

 ユーリは少し考えてから答えた。

「お互いの悪い所を隠さない事」

「……意外とまともな答え」

「そして認め合う」

「うん」

「時には喧嘩もする」

「そうね」

「だから、ベッドでは好きにさせてやる事」

「……良く解った」

「いや、こいつ、寝相が悪いんだ。――こういう冗談は嫌い?」

「……んん、笑いどころかは、微妙なとこね」

「ふぅん。――お姉さんとは、喧嘩はした?」

「たまに。でも大体、悪いのは私だから。いつも優しかった。そしていつも」

「正しかった?」

「……そうかもね。そうかもしれない。でも、大好きだった」

「墓参りに行く積りって言っていたな」

「ええ」

「もし迷惑でなければ、俺たちも付き合う。というか、旅費はこっちがもつから、俺たちが露子を連れて行くよ」

「え? でも、そこまでお世話になるわけには……」

「いや、これもうちの福利厚生なんだ。〈厚かましい〉のがポイントね。ちなみに糞アイアトンに殺されちまったうちの仲間な、あいつの葬式もうちでやってやるし、――あいつの別れた元奥さん――と娘さん、聞いたところによるとねぇ、……どうやら日本にいるらしいんだなこれが、だからまあね、とことん余計なお世話かもしれないけれど」

「……そうなんだ。それを伝えに……。辛い仕事ね」

「いや、カレンが秋葉原に行きたいだろうから、連れて行ってやろうと思ってさ」

「……あぁ、それも夫婦円満の秘訣ね?」

「うちは新婚旅行ハネムーンにも連れて行ってやってないからなぁ」

「で、それも冗談なんでしょう? なんとなく解ってきたわ」

 露子の言葉に、ユーリは、少しだけ笑った。

「日本まで、行かなきゃならないのは本当だけどな。はぁ、それにしても、歩くのがしんどい」

「よければその袋、持ちましょうか? 銃ばっかり入ってて重いでしょ」

「ああ、そうだね、頼むよ」

 その時、遥か後方からエンジン音が響き、遠巻きにヘッドライトがちらつくのが二人に見えた。

「おっと、こんな夜中に車が通るとは丁度いいな。ヒッチハイクでもしようか?」

「……乗せてくれると思う?」露子が袋を持っていない方の手を挙げながら聞く。鏡を見るまでも無く、自分がぼろぼろな姿なのを言っているのだろう。

 ユーリは背中で寝息を立てているカレンの位置を正して少し考えた。

「いやぁ、それは、頼み方次第でしょうよ」

 やがて道なりに進んできた車は二人を追い抜き、前方5メートル程で停車した。

「停まってくれたけれど」

「ああ、停まってくれたみたいだな」

 車からは、男が二人下りて来た。車のテールランプで照らされた道端の連中の様子を見ても、特に眉一つ動かさなかった。

「あのぉ、すいません、車がエンコしちゃいまして……」ユーリが声をかけると、二人の男はなにやら目配せをしたあと、いきなり銃を突き付けて言った。

「動くな、大人しくしてろ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ