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眠らない娘

 その頃のWNT事務所では、ユーリとカレンの上司であるブローディアが、相変わらずの雑務、仕事に追われていた。

 日付は既に変わっている。

 基本的に仕事中に音楽は聞かない主義だが、今晩はどうにも落ち着かない。

 少しは気が紛れるだろうかと思い、カレンがダウンロードしたアニソンを聞いてみるのだったが。

「~~♪ ~~~♪」

 気付いた時には既に何度かループしており、リズムを刻みながらハミングなど合わせられるようになっていた。

「………………くそったれ」

 曲が終わり僅かの余韻、何とも言えない喪失感が彼女を襲った。

 ――連中に聞かれたら笑われるな。

 音楽再生ソフトを静かに閉じる。ほんの少しだけ名残惜しそうに。

 それにしても。

「…………誰も帰って来ないじゃないの」

 無論、鉄砲玉となって敵地へ赴いた二人の事は、心配はしていないが、それにしても帰りが遅い。さっさと片付けてくればあっという間に終わるだろうに。

 それとも何かあったのだろうか。

 他にも、帰って来ない連中がいる。

 何日も音沙汰ないボスに、他のメンバーも、仕事をしている訳ではないはずだが、戻ってくる気配が無い。

 特別雑務係というわけではないが、留守番を任せられると必然そう言う事にもなる。デスクワークを続けていた程度ですぐナマるようなヤワな鍛え方はしていないが、それでも。面倒くさい事をやらされている事には変わりない。

「くそトレーシーめ、あっさり死にやがって……」

 気軽に殴れる相手が居なくなるのも困りものである。ブローディアにとってのトレーシーはそれであった。これから誰を殴れば良いのだろう。キーボードの打鍵が次第に高圧になっていく。

 そして、エンターキーに拳を叩き付ける寸前で、その手が停まった。

「Oooooops! …………いけない、いけない。キーボードクラッシャーになるところだったわ」

 ――表向き旅行代理店WNT、実際は傭兵の仕事の斡旋などを取り仕切っている小さな団体であるが。

 さらにその実際の所、土地柄、彼らはこの近くの別荘地に居を構えるさる御方の〈私兵〉でもあるのである。その傍らで喫茶店なども提供しているのは完全に道楽と言うほかない。この喫茶店に足しげく通うのは別荘地に住んでいる人たち――富豪ども――や警備員など、もっと大きな所から派遣された兵たちだったりして、意外と客層は幅広い。

 ブローディアは、以前勤めていた民間軍事会社から引き抜かれたメンバーである。その理由は――人員の補充に他ならない。

 引き抜きを断りフリーに転身した者たちや足を洗った者たちもいる中で、ユーリとカレンは昔の裏の筋の経験を生かした出色の有望株として企業内でも名の知れた傭兵だった。しかし軌道に乗ってチームを一つ任されるようになった辺りで、彼らは惜しまれつつ退職する事になった。

 ブローディアは彼らとは別の会社に勤めていたが、噂に聞きつつ傍目でそれを眺めていて、彼らも自分と同じ場所に連れて行く事に決めたのだった。

 その後の話し合いは簡単だった。この高級住宅地での安穏剣呑混交の自由な生活に釣られて彼らはあっさり転身を決めてしまった訳である。それから今に至るが、ブローディアにもあの夫婦の考え方はさっぱり理解しかねていた。そもそも会社を辞めた理由すら知らないのである。

 そんなWNTの業務は基本的には偉い人のボディガード。それはユーリが坂田に述べたとおりである。表向きは。


「お姉ちゃん、――まだお仕事してる? お店も閉めちゃったしそろそろ帰ろうかと思うんだけど……」

 事務所に入ってきた少女はブルーベル。階下のカフェの看板娘であり、ブローディアの実妹である。既に制服では無く、私服の白いワンピース姿になっていた。

 その横には、同じ背恰好をしたもう一人の少女が連れ立っていた。彼女も看板娘としてカフェで働いている。

 名前はアリアンロッド・オールディン。胸の高さまで揃えられたストレートのブロンドと、大きく丸い碧眼に合わせ鼻梁は通っているが、太めの眉などの特徴によって決して棘の無い柔和な面立ちが醸し出す美しさは際立っている。何より隙の無い佇まいが常人離れの感を抱かせる印象を誇っており、カフェの従業員としても如才なく、しかし彼女の事は誰しも気軽にアリアと呼んでいる。

「なんだ、あんたたちか。――いや、別に今日……じゃなくて今終わらせなくても良い仕事ではあるんだけども、ほら、あいつら帰ってくるの待たなきゃいけないし。全然帰って来ないんだけど」

 ブルーベルは少し思案して答える。

「そう……だね。確かにちょっと遅いかも。でも二人とも、潜入捜査してるんでしょう? じゃあ少しくらい時間掛かっても不思議じゃないんじゃないかな?」

 その隣ではアリアが、給湯室から持って来た電気ポットでお湯を沸かし始めていた。動きに無駄は無く、いつの間にか応接用のテーブルにはティーセットが揃っていた。

「潜入捜査――ねぇ。解ってると思うけど、アイアトンの野郎を殺して来るだけの簡単な話なんだなぁ。確かに探すのにも情報も無くて困ってた所だったんだけどさ、潜入出来るから任せろってあいつら言うんだもん。でも帰りが遅いとやっぱり心配になるんだよ、そもそもトレーシーが殺られっちまったのが悪いんだけどさ。――ああもう! ボス帰ってきたら滅茶苦茶怒鳴ってやるんだわ――ちょっと、何ニヤついてんのベル。こっちが気を揉んでるってのに」

「うふふふ、やっぱりお姉ちゃんも、ユーリくんが好きなんでしょう?」

「…………あんた、お仕置きされたいわけ?」

「えー、だってトレーシーさん言ってたよ、ユーリがブローディアにも手を出した、って」

「あ、あのタコ――いや、その、あれは、たまたま二人きりになってっ……もう、お前ら先に上の階行ってろ!」

「えー、だってアリアがお湯沸かしてるもん。二人とも帰ってくるかもしれないし、もう少しここにいるよ。仕事の邪魔はしないから」

「ったく。……良いよ、今やらなきゃいけない仕事じゃないもん。どうせ仕事には毎日追われてるし、忙しいフリでもしてないと落ち着かないだけだもん!」

「あらら、本音が出ましたね、ブローディア」ここに来て初めてアリアが口を開いたが、お茶の用意をしながら優雅に微笑んで見せた。

「何よアリア。あんたもはっ倒されたいの?」

「いえ、遠慮しておきます」

「……それにしてもさすがだなぁ、ユーリくん」

 そう言って微笑むと、ソファに腰掛けるブルーベル。

 ――これから何か面白い事が起こりそうな予感がする。夜更かしをするのも悪くない、と彼女は思った。

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