動けない車
ユーリは静かに、カレンを助手席に座らせておいた。服はボロボロ、身体中アザだらけ、見るからに痛々しい。
「しかし、動機はともあれ結果は上々だ。良くやった。頑張ったなカレン」
先ほどの衝撃で転げ落ちた音楽プレーヤーも見つかったので、拾ってポケットに入れる。
振り向いて見ると、坂田も力尽きたのか、その場で大の字になっていた。
その様子を眺めやり、ユーリはその近くへと歩み寄る。
……どうやら憑きモノは落ちたと言った所か。静かに笑みを浮かべる。眠気で、あくびがついつい出てしまっていたが、睡魔などは吹き飛んだ。
ユーリは夜空の月を仰ぎながら、口を開いた。
「お前さんも、お疲れさんだなぁ。どんなもんだ坂田、今すっげえ生きてるって感じだろう。良いんじゃねっかな、それで。――すっきりしたろう?」
坂田は、深呼吸の後に口元に微かな笑みを浮かべたが、すぐに表情を固く結び直し、上半身だけ起き上がる。
「……本当に……どういうつもりなの? あんたたちは、一体……何者なの?」
「ふむ。何者なのか、と来たか。……いや、どうもこうもないね。俺たちの正体? うぅん、まあ俺個人について言わせてもらえば、昔はしょうもないことばっかりしてたチンピラなんだけれどね。今は、表向きは旅行代理店の専属ボディガード。解りやすく言えば、用心棒って所だな。実は意外と表向いた仕事してるんだ。第一印象はひどいだろうけどね」
「…………そんなまともな仕事をしているようには、見えないわね、あんたたち」
そう言われたユーリは改めて自分の姿を見なおしてみる。
「まあ、だからそりゃそうさ、これはアイアトンのクソッたれサークルに潜入するための変装だもの。今回の事は、あくまで俺たち個人の仇討ち、報復に限った私用だったんでね。普段からこんなゴキゲンなスタイルなわけないでしょう、ちゃんと仕事しているのに」
「…………。仲間が殺されたって、言っていたけど……」
「うん、クソッたれのクズ野郎だった」
「え?」
「野郎、アイアトン程ではないにせよな、けれど、そんな奴でもやっぱり居なくなると寂しいものでね。仲間を殺されて頭に来ない奴はいない。だから復讐には割と肯定派なんだ。……あぁ、その、君には悪かったと思ってる、復讐の邪魔したり、色々言って。後であいつにも、ちゃんと謝らせる」
「……いや……今回の事で、自分の身の程が良く解った。あの小さいのは、ムカついたけど、すっきりしたのは本当だし、――気にしないで、いい。……改めてお礼を言わせてもらうわ、助けてくれてありがとう」
その時、不意に月明かりに照らされた坂田の表情は、とても優しい笑顔だった。
「…………あぁ」
なんだ、綺麗な娘さんじゃないか。と、ユーリは思った。
まったく、人殺しには見えない。確かに殴り合った後でひどい状態なのは変わりないが、それを抜きにしても。
「ところで、君はこれからどうするんだね? ――姉さんの墓参りでもするのかな」
「……あ。そう、――そうね。やっぱり…………会いに行かなくちゃ」
「なに、会いに行く?」
「あ、いや、違うの、そう言う意味じゃなくって! その。お墓参りに行くってこと。会いに行くって言うのは」
何か勘違いをさせたと思ったのか、慌ててそれを否定する坂田。根は素直で良い奴なのだ、と言っていたカレンの見る目は正しかったと言う事かもしれない。
「ああ、なるほど」
「そしたら、また、……やり直そうと思う。もう、殺し屋なんてやめてやるんだ。姉さんが死んだ時から、そう思ってたんだけど……やっぱり、抜けられないものね……」
「――――そっか。ところで、提案がある。こいつがお前に言いたいのはこう言う事だったんだよ、一緒にこの地獄を生きないか? ってさ」
「…………っ」
「念のため言っておくが、俺たちは一応、これでも普段は人のためになる事をしているんだ。これはさっきも言ったが、ボディガードだったり、傭兵だったり。基本的には誰かを守るために戦ってる。まあそれで対価を得ている訳で、攻撃してくればやり返すし、出来ればやられる前にやっちまうのが手っ取り早いから、殺すって点では違いは無い。ボディガード、SPは肉壁――誰かの盾になって傷付く、時には命を落とす、そのためのお役目ではあるんだが、詭弁だけどな、死ぬ時は死ぬし。もし罪を償って生きようと思っているなら、君も、そう言う生き方をしてみるのも有りじゃないかと思うんだな。その為に手助けできる事があるなら、俺たちは何でもするし、協力は惜しまない積りだ。まあ、足を洗うってのもありだろうし、坂田が良ければな」そう言って、腰かけた坂田にユーリは手を差し伸べる。
その手を握り、助け起こされながら、坂田が静かに呟く。
「――露子」
「ん?」
「私の事は、露子で良いよ、ユーリ。それが本名なのか私は知らないけれど」
「……あぁ、一応本名だよ。それじゃあ――」
しかし、一瞬の沈黙。
坂田――露子の優しい声に、ユーリが答えようとした瞬間だった。
不審な音に二人が何事かと思いそちらに睨みを利かせると、けたたましい爆音を上げネイキッドの右後輪が破裂し、勢い外れて転がり唖然とする二人の目の前でそのまま川に落ちていった。
「……えぇ? ……うそぉん」
これでは、ここから徒歩で帰るしかない。
二人とも暫くその場で立ち尽していた。