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届かせる拳

「ほぅ……」

 ユーリは一人嘆息する。坂田の表情は明らかに変わった。

 プライドをズタズタにする目的で放たれた坂田の言葉は確実に傷を残したはずだ。

 立ち上がる気力も、生きる気力も無くした少女、その覚悟すら甘いと。

 叩きつけられた心は、それでも、折れる事は無く。

「良い感じに鍛えられたってところか。大したもんだ」

 ユーリは静かに微笑む。

「ふふっふぅん、良い目をするようになったじゃんねー。――死んで償うなんてこれ以上無いってくらい都合のいい話だけどさ、だからってやっぱ死ぬのやめますーってのもさぁぁ、これまた都合が良過ぎるんだよねぇ。……ほら、どっちにしろアウトレイジ。でも、ここで迷ってたらお話にならないんだぜ? ほら、どうしたらいいと思う? 坂田ちゃぁーん?」

 立ち上がった坂田の鋭い眼光を見て、嬉しそうにけらけらと笑うカレン。

 ついでに手を叩いて。ぱちぱちぱちぱち。

 ユーリはもうどうなろうと見届けるつもりで、しかしあくびをしながらその様子を眺めていた。

 まったく退屈しない。そんなに坂田をいじめてどうしようと言うのだろう、とは思っていたが、そうじゃなかった。

 ぼこぼこにされても立ち上がれるか否か――その気力を試したのだ。

 こんなの、説得にもなりゃしない。一言だけ言えば済むんじゃないのか。

 ――一緒に来ないかって。

「でもでもォ、生への執着ってそんなに醜い事じゃぁないと思うの、あたし。カッコつけた奴って、死ぬために生きるんだって言うけどさ、地獄も極楽もさ、皆の心の中にあるんだよ。アニソンの歌詞にあったもん。この娑婆も地獄みたいなものってねぇ。それにユーリも言ってたじゃん、坂田は死んで償える程度の罪しか背負って無いのかなぁ? お前の罪を数えてみろよぉ」

 まあ、言いましたけど。

 仰る通りですわ。ユーリは坂田のグロック拳銃を掌で玩びながら、ぼんやりとしていた。

 坂田は一言も発しない。ただ鋭くカレンを睨みつけているだけだった。放っているのは殺気ではない。怒気である。

 度重なる挑発で、堪忍袋も辛抱堪らんってか。

「――ぶっ飛ばしてやる!」

 気合を込めて叫んだ坂田は素早く踏み込んでカレンの懐に入り込み、その腹に思い切り拳をねじ込んだ。

 カレンは反吐を吐きながらも、力強く大地を踏み締め坂田の顔面に頭突きを浴びせる。

 坂田は鼻血を噴き、そのままカレンと取っ組み合いを始めた。

 その光景を黙って見ていたユーリの足元に、カレンのナイフが三本、突き刺さった。

「おや」

 カレンが投げて寄越したのだろう。こうなったら、ただの喧嘩だが、ユーリは呆れて何も言えなかった。そのナイフを拾い上げた瞬間、ユーリはカレンの考えている事について、一つ浮かんだのだった。

「まさかあいつ……」

 ――もしかしてカレンは、これがやりたかっただけなんじゃないだろうか? 拳で語り合うとか何とか。こないだ見たアニメでやってた様な気がする。この馬鹿げた想像もカレンの事だから、と言うと俄然真実味が増す。

 十中八九それだ。……冗談じゃない。さすがに筋金入りなだけある。

 人生は喜劇、だからこそ真剣に役になりきる。カレンにはそれが出来るし、それこそが真骨頂である。

 自分が思い描いたシナリオ通りに事が運ぶように、坂田を煽り、焚き付けたのだ。

「やってらんねー……」

 ユーリは男だったが、そう言うのには全く興味が無かった。車も好きではないし、ロボットにも関心が湧かない。ただ銃にはそれなりに思う所がある。だが痛いのは嫌いだし、喧嘩も好きではない。あわよくばロマンスを求めたい、そういう男である。たとえ妻がいたとしても。

 橋前の空気は夜風に湿っているが、向こう側の森の香りが微かに鼻腔を擽る。血の臭いばかり嗅いでいた今日だが、カフェの店内とこの森が唯一の清涼剤だろうか。静寂の中に、木々のざわめき、川のせせらぎ、飛び散る血液の粘着質な音、そして鈍い打撃音が響く。

 ……聞くに堪えん。

 ユーリは車内に置きっぱなしになっていたカレンの音楽プレーヤーから音楽を流した。

 カーステレオが爆音で歌う。

「ヒャッフフーーーッ! 思わず踊りたくなるこのリズム! へい! へい!」

 カレンは御機嫌に妖艶に腰でビートを刻みながら、つま先立ってファイティングポーズ。とてもさっきから喧嘩してますって雰囲気じゃないが、その顔は血反吐で見る影も無い。せっかくおめかししてきたのにひどい有様だ。服も、掴みかかったり引っ張り合ったりで滅茶苦茶である。坂田と合わせても、どっちもぼろ雑巾に見える。

 このピリピリした空気を和らげようとユーリが利かせた機転は功を奏したようだ。

 微塵も闘志が揺るがない坂田は、なおもカレンに挑みかかる。

「ふざけやがってッッ! このクソチビッッ!」

「ノンノンノンノンノンノンノンノン、そんなへなちょこパンチじゃあ、このカレンちゃんはぶっ飛ばせませんよぉ! にしししし!」

 そう笑うカレンは次の瞬間、坂田の渾身のソバットで吹っ飛ばされて、ユーリが腰掛けるネイキッドのボンネットに激突した。カレンの身体は跳ね上ったが、それをユーリは何の苦も無く抱き止めた。

 車体が大きく傾いたが、ネイキッドにダメージは無い。

 はずみで携帯音楽プレーヤーも転げ落ち無線接続が途切れたらしく、カーステレオも声を失った。

「どうやらお前の負けみたいだな、馬鹿たれ」

「おぇゥ……」

「それとも負けを認めない? まだ続けるかい?」

「いや、もお、だめ、ぎゃふんっ」

 ふざけた口調は相変わらずだったが、カレンは泡を吹いてすっかりグロッキー状態だった。

 仮にも嫁がそんな目に遭っているのに、ユーリは相変わらず呆れ顔でその顔をハンカチで乱暴に拭った。

「はぁっ……はぁっ……どうだッ! お望み通り吹っ飛ばしてやったぞクソチビッ! 満足か!」

「――――いやいや、もう聞こえてねーよ」

 坂田の顔は寝息を立てているカレン同様血反吐塗れだったが、その表情は実に晴れ晴れとしていた。

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