帰らない夜
前回までのるなれが。
仕事の仲間が殺された。
彼らにとって許しがたい事態である。
理由を考えるまでも無く、報復に打って出る。
行動あるのみ。
絶好の機会に乗り込んだユーリ&カレンは、いくらか不快な思いをしながらも結果この敵を撃滅するに至った。
そこで出会った坂田と言う少女を持って帰ることにしたのだったが。
さて、二人の長かった一日は確かに終わった。
なぜなら日付が変わったからである。まあそんな冗談は抜きにしてもだ、しかし実際、この夜が終わる事は無い。そう、日が昇るまでは。
「……さて、カレン。どうしようかね、そいつは。こうなった以上は後始末を君に託したいのだけど」
ユーリは、ネイキッドを走らせながら、ミラー越しに後部座席に横たえられた坂田に視線を向けた。
打撃による失神状態だったはずだが、今はすやすやと寝息を立てている。――復讐に駆られていた少女。その表情とは全く違う穏やかな寝顔がそこにあった。
「いやー、やっぱりあたし的には、坂田はいいやつだからなー。日本人だしさー。かわいいじゃん」
「またそんな事を言って。まあ俺はね、お前がどんなつもりだったかその一言で解るけれども。俺の心情から察せないか?」
「ユーリの? ……復讐?」
「そ、復讐。俺的にはあれは、アイアトンにはふさわしい死に様だったと思うが、坂田はそうは思わないだろうって事だよ。そして坂田の復讐劇を直接妨害したのは俺ではなくカレン、お前だろ」
「……そうなのねー。いやぁ、確かにね、お姉ちゃんを殺されたって言うなら、あたしらが仲間を殺されて仇討ちがしたいって思う感情と並べて考えるのは感情的に違うものかなって感覚はもちろんあるんだよー。でもさ、それだからこそ、ゼッタイ違う事があるわけじゃんかぁ」
「――違う事。まあ、あるだろうなぁ。仲間を家族と考えるのは、俺たちにとっては不思議な事でも無いが、しかし、実際の血の繋がりというものは御せないものだ」
ユーリは真っ暗な車道を転がし、とりあえず報告のために事務所へと進路を取った。あまり整備されていない車道は、時折思いっ切り車体を跳ね上げさせる。
カレンとユーリの間に、揺れるネイキッドが沈黙をもたらした。ハンドルを握る手に力が込められる。
「うぅ、……ぅん……?」
後部座席の坂田が目を開けた。これだけ揺れれば起きるだろうなと思っていたユーリは、少し眉をひそませながら、前方に注意を向けながら安全運転。意外としんどい。
坂田はちゃんと縛られているが、全く動けないほどではない。もし後で暴れられたらちゃんと運転できるか自身が無いユーリだった。
「目が覚めたー?」助手席から身を乗り出して、薄眼を開けて状況を整理しているらしい坂田へ顔を近付けた。
「――ッ! お前ら、何だこれは? 私をどうする積りだ! アイアトンはどうなった?」
「質問は一つにしようぜお譲ちゃん。一つ安心してほしい事が一つ。俺たちは別に、君に危害を加える積りは無い。ただ自分の身は守りたいから、君には動けない状態になってもらっているけれど」運転しながらユーリは答える。
「私は、アイアトンを殺さなきゃ――お姉ちゃんが……あいつにッ」
「あー、はいはいはいはいはいはいはいはい。詳しい事は聞かないけれどさ、もう一つ教えておかなきゃならないな。アイアトンは死んだよ」
「――は? 何を言ってるんだあんたは? お前たちはアイアトンの仲間じゃ……死んだ? アイアトンが? どうして?」
「カレン、ちゃんと説明してやれ。俺は――――もう知らん。運転に集中したいので」
それきりユーリはだんまりを決め込んでしまった。カレンは気にも留めずに、託された仕事に取り掛かる。
「うーん何て言うかね、坂田がね、アイアトンに銃を向けた時にね、殺されたっていうお姉ちゃんの事を、坂田がどれだけ好きだったのか、そんでお姉ちゃんかどんな素敵なお姉ちゃんだったのか、何となくね、わかったの。だからあたしは、復讐ってきっと、坂田のお姉ちゃんは望んでないって思ったんだ。だから止めたの。ごめんよ、坂田はきっと良い奴だから、そんな事はさせちゃいけないって思ったんだよね」
「…………どうして……うっ、うぅ……ッ」恐らく頭が混乱しているのだろうが、カレンが言っている事は解るらしい、坂田は涙ぐみながら、虚ろな視線をカレンに向けた。
「…………カレン、やっぱりやめようぜ、そういう説得は、――――俺たちの出る幕じゃねえよ。気持ちはわかるが、日本の刑事ドラマみたいにはいかねえって」
「……でもさ、トレーシーは多分アイアトンをぶっ殺せぶっ殺せってあたしらに伝えたかったんだと思うよ、自分で……ダイビング? ダイニング?」
「ダイイング」
「ダイイング・メッセージ?」
「そう」
「そのメッセージを遺してくれてたんだからさー。それでユーリもノリノリだっただろ」
「そうそう、ぶっ殺された本人が間違いなく復讐を望んでる俺たちの場合と、坂田の姉ちゃんの場合は、絶対に違うだろうなぁぁぁって話。まあ死人に口無しだ、だからあまり余計な事をする事も無いし――」
「ユーリ結局めっちゃ喋ってんじゃねえか。ちゃんと運転してろよ」
「……はい」
「私だって解ってる! お姉ちゃんは、こんなあたしを見ても絶対喜ばない。きっと悲しむ。……だけど復讐は理屈じゃないんだよ! 殺さなきゃいけなかったんだ、私がこの手で。あのアイアトンを! でなきゃ、もう戻れない所まで来たんだ。……それが、死んだって。……誰が殺したんだッ? お前たちか?」
「いや、ちゃう、あの女の子。アイアトンに連れられて酷い目に遭ってた、あの娘よ」
「――えっ?」その事実に、坂田も素っ頓狂な声で返事をした。
「あたしらも殺したかったけど、あのアイアトンのくそったれがさ、君らに殺されるのなら本望だぁぁぁみたいな顔してて、嬉しそうによだれズビッて、めっちゃキモかったの。で、そんなクズの望み通りにしてやるのって、超癪にさわるじゃん、だからユーリはやる気をなくして、アイアトンを殺すのはあの子に任せちゃったの。嫌な性格してるでしょ、うちのユーリったら」
「……でも、私はこの手で殺したかったんだ、あいつがお姉ちゃんをッ」
「なあ坂田よ、死んだ人間を思うのは別に勝手だが、死んだ人間を恨み続けるのは空虚だ。もっとも、お前さんが今までアイアトンを殺すためだけにその手を血に染め続けて来たってのなら、今どんな気持ちでいるかは想像だけはできる。それも空虚なものだろう。復讐が達成されたとして、それからの事なんて一つも考えて無かった、そんな所だろう。だから俺から提案が――」ユーリの太股に、カレンが爪を立てた。
「ユーリ、お願いだから黙っててくれないかな、あたしが坂田とお話してるんだけどな」
カレンのその声は笑っていたが、しかし目は笑っていなかった。
ユーリは再三前方に向き直り、改めてアクセルを踏みしめた。
「――indeed, oh dear.」