28話:偶然、あるいは、必然
学校をサボった俺は、ふと、こないだの手紙を思い出した。そういえば、どこかの地図だった。どこの地図なんだろうか。今更になって気になってきた。
どうせあの人からの地図だからろくなことじゃないと思うが……。
「わりと近いけど、どこの地図だよ。普通に住宅街っぽいし」
どこなんだよ……。マジで。
俺は、住宅街のど真ん中にある一軒の家の前に来ていた。
それなりに大きいので裕福なのだろう。だけど、誰の家だ?
「表札は……、ないな」
どこにも表札が見当たらない。
誰の家だよ……。まあ、あの人のことだから、無駄なことはしないと思……いや、性格悪いから手の込んだ悪戯かもしれないな。
それにしても疲れた。
俺は、地面にしゃがみこんだ。
「どなた、ですか?」
不意に声がかけられる。その声を聞いた時、俺は、迦陵頻伽かと思った。それほどの美しい声。
振り返った時に見たのは、鮮やかな銀。それも、純銀ではなく紫みがかった銀。それは、どこと無く【氷の女王】を髣髴とさせる。そんな銀髪。そして、眩い太陽のような黄金の瞳と深い紫の瞳。オッドアイと言うやつだろうか。本物は初めて見る。
そして、その少女の姿は、妖艶。魔性の美しさは、誰をも虜にする。それも、本人の自覚など無しに。流れるように風になびく髪。すらりと伸びる四肢は、バランスがいい。そこまで大きくないがそれでも確かに分かる乳房。開いた胸元から強調される谷間と見える鎖骨。細くくびれた腰。白雪のような肌。
流麗な少女は、俺に手を差し出す。
「どうかされましたか?」
伸ばされた手に深く見入る。細い指先。綺麗な手だ。
「あっ、いや、大丈夫」
俺は、差し出された手を握り、立ち上がる。温かくも冷たい【氷の女王】と同じ手。
「どうかされました?わたくしの顔をジッと見つめられておられるので」
首を傾げ聞いてくる。
「い、いや、なんでもない」
その美しさに、見惚れていた、とは言えなかった。
「貴方、魔法使いですのね。手を見ればわかりますわ」
彼女はそう言った。
「申し遅れました。わたくし、ウィンディア・シルバーと申します」
ウィンディア・シルバー……。【雷帝】のウィンディアか?
「俺は篠宮翔希。お察しの通り、俺も魔法使いだ」
俺の発言に、彼女は、少々驚いたような顔をした。
「まあ、わたくしのこと、ご存知で?『俺も』とおっしゃったということは、わたくしが魔法使いなのはご存知なのですよね?」
「間違っていたらすまないが、【雷帝】のウィンディアであっているか?」
彼女は微笑む。
「ええ、あっていますよ。その名は、少し恥ずかしいですけれどね。父が【雷帝】で母が【氷華】ですわ」
【雷帝】と【氷華】の……?それはまた、なんとも豪華な。
【氷華】と言うのは、【帝華】、【氷の女王】の異名を持つあの人の呪印の名称である。無論【雷帝】も呪印の名称だ。
「木也」、「土御門」、「水素」、「風塵」、「雷帝」、「炎魔」、「黒減」などとある師匠の名であり呪印の名は、血筋でもある。
大抵、自身の子に才があれば、世襲させるのが一般的な師弟だ。俺の場合は、おそらく、ウィンディアが氷を色濃く継いでいなかったのと、【雷帝】が弟子にしたのとで、あの人が開いていたから、俺が弟子になったわけである。もし、ウィンディアが氷を色濃く継いでいたなら【氷華】は彼女のものになっていて、俺は、ただの【夜】の魔法使いだっただろう。
そんな血筋でもある呪印。両親が、両方とも呪印持ちで、それも最強候補とされる二つの混血ならば、彼女の実力は相当なものだろう。
しかし、彼女が戦ったという話は聞いたことが無いな。
「貴方は、どのような魔法を使われるのですか?失礼でなければ教えて下りませんか?」
聞かれて困ることはあるのだが、彼女のことは一方的に聞いといて、こちらが答えないは失礼だろう。
「俺は、【夜】の魔法使いだ。師匠は、」
そう言って、左腕に九つの華を咲かせる。
「君のお母さんかな」
彼女の眼は大きく見開かれていた。
「まあ、お母様のお弟子さんですか……」
唖然と、いや、呆然とする彼女。
「そうですか、お母様の。ほっとしました。性格までは教わっていないようです」
まあ、教わりたくは無い。あんな理不尽な性格。
「反面教師かな」
「ええ、そのようで、一安心しましたわ。それでは、改めまして、ようこそ【氷夢】の魔法使い様」
家の門が開かれる。
俺は、彼女に連れられ、彼女の家に足を踏み入れた。




