命がけのプランB
俺はもはや呆然として立ち尽くしていたが、しかしすぐに我に返った……というより、我に返らざるを得なかった。
マヤ様の豪快なぶち切れ方のお陰で、周囲の視線がいきなり集まっている。しかも、最初に俺達を止めようとしていた二等戦士などは、早くも首から下げた吹き笛を吹こうとしていた。
こいつも説得できたら一番いいのだが、この素早い対応からして、ファルシオン伯の配下の可能性が高い。
腕のリングもなんか見慣れない感じのヤツだしな。
この瞬間、俺は覚悟を決めた。
つまり、大喝しながら不運な二等戦士に飛びかかった。
「バレたぞおっ。周囲の兵士を倒せーーっ」
「――! 貴様っ」
先の二等戦士はさすがに反応がよく、ささっと腰の剣を抜こうとした――が。
悪いが、この場は戦慣れしている俺の方に分があった。背中に隠していたマヤ様拝領の刀を抜き放ち、既に思い切りよく斬りかかっている。
倒すと決めたら迷わない! それが俺の信条である。でないと、次の瞬間には自分が死ぬ。
「ぐあっ」
繰り出した必殺の一太刀を額に浴び、門番の二等戦士は無念の表情で仰け反った。
そしてもちろん、俺のやりようを見た他の仲間も、慌てて周囲の門番達に襲いかかっていく。この場ではさすがに人数はこちらが勝るので、たちまちにして敵兵達は屠られてしまった。
南無……恨むなら、ファルシオン伯を恨んでくれよな。
俺は内心でせっせと拝んでおく。
「――倒してくれた?」
周囲の仲間を見やると、全員、剣を手に頷いた。それぞれ、足下に兵士達が転がっている。皆、素早く対処してくれたようだ。
「よしっ。これでしばらくは時間が稼げる」
俺は大きく頷き――やっと、暇そうに立つマヤ様を振り返った。
「マヤ様っ、お話があります!」
俺のでっかい声に、さすがのマヤ様もバツが悪い顔になった。
「……そう怒るな、ナオヤ。前にジャスミンから『ああいう風に迫ってくる男は、必ず後で押し倒してきます』と聞いていたのでな。貞操の危機ならやむを得まい? ナオヤだって、マヤがあの男にいいようにされるのは嫌であろう?」
さりげなくジャスミンと俺のせいにするマヤ様である……ていうか、もうそんな済んだことはどうでもいいんですよ!
いや、ホントはよくないが、今はごちゃごちゃ言ってる暇がない。
兵士達は片付けたが、周囲にたまたまいる魔界の市民達はどうしようもない。みんな野次馬全開の目つきでこっちを眺めているしな。
こりゃ、早いトコなんとかしないと、俺達のことがファルシオン伯に知れるのも早いだろう。
『そうではなく、もはやプランBに移行する他はありません……そこで、お願いがあります』
ひそひそと(今思いついたばかりの)プランBを、マヤ様の耳に囁く。
思った通り、マヤ様はよい顔をしなかった。
「……しかし、この場の奴隷には獣人も多い。彼らもそうするなら、魔界の歴史初のこととなる。今は人間のみに限定して、獣人に関しては父上が帰還した後では駄目か?」
「駄目です」
俺はきっぱりと首を振る。
「それでは、本来の力が発揮できません。俺達の運命は、おそらくあと僅かの時間をどう使うかで決まります。幸い、城はここから近い。まだ可能性はあります」
「しかし――」
「マヤ様」
俺は改まって尋ねた。
「な、なんだ」
少し驚いたような顔で、マヤ様が俺を眺めた。
「ここで主従揃って討ち死にするか、それとも歴史に名を刻むか……今この場で、決断してください」
似合わぬ大仰なことを言ってしまったが、気持ちとしては本気である。
赤い目を大きく見開いたマヤ様が、痛いほど真剣な目つきでじっと見る。
さらにそこで、「今は、何より時間勝負なんですよっ」と畳みかけると、ようやく了承してくれた。
「わかった! 今回はマヤの責任もほんのすこぉーしはある。ナオヤの策に従うとしようぞっ」
皆まで聞かず、俺はその場で近くの馬に乗り、ぐるりと周囲を見渡す。
ポカンと俺を見る奴隷達(要するに、この場のほとんど)に、ガツンと活を入れてやった。
「マヤ様のお許しが出た! 今後、俺の命令に従って、魔王城の攻城戦に従う者は、全員奴隷の身分から引き上げ、二等戦士か魔界の正規市民としてくださるそうだ。もちろん、他に恩賞も出るぞっ。みんな、今こそ手柄を立てる時だっ」
――奴隷が一番望むことは何か?
もちろん、自由を得ることだ。中には安穏たる奴隷の身分に甘んじる方がよい者もいるが、やはりそれは少数なのである。
奴隷と言えば、嘘みたいにやっすい俸給と残飯みたいなメシでこき使われるのが、この魔界ってトコだからな。いや、ここじゃ人間界の方も大差ないけど。
そこで俺は、マヤ様にお願いして、この場で奴隷達の士気を一気に沸騰させることを試みたわけだ。別に、ただノタノタ行軍して攻めるだけなら、そこまでする必要はないが、この場に限ってはそれでは困る。
正規戦士だけじゃなく、奴隷達全員が、命を捨てる覚悟で戦ってもらう必要があるのだ。
さもないと、この致命的な失敗は取り戻せない。
……そう思っていた俺は、内心でハラハラして奴隷達を眺めていたが……そう心配はいらなかったらしい。
俺の叫んだことが頭に染み渡るや否や、どいつもこいつもギラギラした目で俺を見た、見まくった!
「そ、それは本当ですかいっ」
ボロを纏った、人間の奴隷が声を張り上げる。
「じ、獣人の俺も!?」
額にツノのある獣人も、重ねて問う。
途端に、そばにいた獣人のボンゴがさらにでっかい声で応じた。
「なに言うだっ。あにぎは、嘘なんかつかねぇーぞっ」
喧嘩越しで、自分の胸をどんっと叩く。
どん底の奴隷である獣人が保証するのだから、この上ない説得力がある。ナイス、ボンゴ! 今度こそ、おまえを奴隷から引き上げてやるからっ。
……ええと、この後で俺達が生きてたらだけどな。
最後の弱気は押さえ込み、俺はこの機を捉えて、赤く輝く刀をびしっと魔王城へ向ける。
「命をかけるのは今しかないぞっ! 全員、このナオヤに続けぇえええっ」
「おぉーーーーーっ」
天を突くような歓声が木霊し、五百名近い軍勢が声を合わせた。




