出世を目指す――その6
「どうなのです? この世界の人ではないのですね!」
「そりゃまあ、確かに俺は異世界人だけど」
「ではっ」
と女の子は、じゃらじゃらと鎖を引きずり、身を寄せてきた。
「元の世界へ戻る方法などをご存じですか」
「いや、知ってたら、普通はもう戻ってんじゃない?」
実は俺の場合はそうとも言い切れないが、とにかくそう言ってやると、女の子は急速に表情を失った。
一方の俺は、だんだんこの子に興味が出て、その場にしゃがみ込む。
透き通るような碧眼と目を合わせ、改めて尋ねた。
「で、君はホントにロボットとかサイボーグなのか? あと、名前は? 俺はナオヤっていうんだけど」
「名前はミュウ……正確には、人工細胞とマシンで合成されたヒューマノイドです。完全な人工物ではありますが、人間が備える機能はほぼ備えています」
淡々と教えてくれた。
すげーな、あの召喚術。ホントに見境ナシに人材を集めてくるらしい。しまいには、どっかの文明世界のヒューマノイドときた!
「用途は? 戦闘用じゃない?」
「……確かに戦闘用ですが、それが?」
微かに警戒するような表情だった。
多少、表情のぎこちなさはあるものの、驚くほど人間臭い……どこの世界から強制召喚されたのか知らないが、相当に高い文明世界から来たと見た。
そして、戦闘用と聞いて、俺はだいぶわくわくした。
「なあ、ミュウ。ミュウは元の世界へ戻りたいわけだな? なら、どうして脱出しようとしなかったのさ。戦闘用ヒューマノイドとかなら、そんな鎖くらい、ぶち切れるだろう?」
「私は、まだ来たばかりなのです……現在、情報収集中です」
「つまり、いきなり異世界に飛ばされて情報不足だから、目下判断材料を集めてるトコだと? ということは、逃げても大丈夫だと思ったら、とっとと逃げる気かな」
答えなかったが、少なくとも否定はしなかった。じっと見つめ返すのみである。
高機能を備えたヒューマノイドらしいが、少なくとも腹芸を使うほどではないようだ。
「逃げても、どうせ戻れないなら、殺されるかまた捕まるかの二択が待ってるだけだろ。早まらない方がいい。――そこでだ!」
俺は熱心にミュウを見やる。
ともすれば、形のいい胸の膨らみに目が行きそうになるが我慢して、切れ長の瞳をした、綺麗な逆三角形のモデル顔に注目した。
「どうかな、俺と一緒に来るってのは?」
「なぜ?」
「よし、まずは俺の事情を説明しようじゃないか」
俺は簡単に自分がここにいる理由を説明した後、ミュウに提案してやった。
「俺に協力してくれたら、もしも戻る方法が見つかったら、その時はミュウを帰してあげる。少なくとも帰せるように努力する……約束するよ!」
ミュウは座り込んだまま微動だにしなかった。
瞳すら動かさず、静止状態である。実はこれ、考えている(分析している)時のミュウの癖らしいと後でわかったが、この時は少しドキドキした。
俺が「機能停止か、おい。ちょっと胸とかつつくか?」と思い始めた頃、ミュウはいきなり、息を吹き返したように動いた。
具体的には、首の鎖をか細い手で無造作に引き千切り(あれ、鋼鉄製に見えるのに!)、その場であっさりと立ち上がった。
全然、力を入れた風に見えなかった。
「わっ」
やっぱり、わけわからんから様子窺ってただけで、いつでも逃げられたのかっ。
「その提案を了承します。今から貴方が私のマスターです、ナオヤ様」
「様はいらない、ナオヤでいいよ……つか、すげーパワーだな、やっぱり」
ターミネーターもびっくりのパワーに頼もしくなり、俺はニヤニヤと笑った。よく考えたら、それだけのパワーがあればこっちの首をねじ切るのも容易なわけだが、女の子に甘い俺は、そんな心配は全くしなかった。
それより、気をつけ状態の彼女の周囲をなんとなく一周したら、いよいよこの子の凄さがわかった。なんというか……すらりとした背中からお尻に至るまでの線もモロわかりだ。ぴっちりと張り付くようなプラグスーツモドキのせいだろう。
この戦闘スーツ? 設計したヤツ、俺と気が合いそう。
い、いや、そんなことでにやけてる場合じゃないな。
「ミュウは、歳いくつ?」
「肉体年齢は十六歳に設定されています」
「……実際に生まれたというか、製造されたのは?」
「24時間換算で、221日前です」
おいおい、下手したら規制対象かいっ。
俺がちょっと仰け反りかけたその瞬間、あらぬ方向から声がした。
「そこのあなた、あたしも逃がして!」
「……?」
「おっ」
ミュウが先に振り向き、俺もやや遅れて真向かいの仕切りを見た。
元の世界でいうボブカットの髪型した女性が、鎖が届く限界まで身を乗り出し、ミュウを眺めていた。
きっつい顔つきだが、こちらはアダルトな雰囲気漂う、大人の女性だった。