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「いってぇ」

 肘から手首までの間の部分に、ぶっすりと貫き通ったダガーを見て、俺は顔をしかめる。


「大丈夫ですか、マヤさ――」


 そちらを見て、俺は言葉を失った。

 というよりも、全員がそうだったみたいだ。

 偽使者を押さえ込んだギリアム達や、当の偽使者でさえも、皆びっくりしたようにマヤ様を眺めている。


 それはまあ……あの颯爽さっそうたるダークプリンセスが、真っ青な顔でぶるぶる震えていたら、驚くだろうな。俺だってたまげたし。

 茫洋ぼうようと開かれた視線は、俺の腕に固定されたままだ。


「あの……マヤ様? 聞いてます? どこか怪我でも」

 再び声をかけた途端、ようやくマヤ様が息を吹き返した。

 ただし、それは休眠中だったエンジンがいきなり全開になったようなもので、薄赤い瞳が瞬時に真紅に染まった。

「貴様っ!!」


 ――この時のマヤ様は、明らかに本気だった。


 かつて見たことがないほど本物の怒りが籠もっていて、その怒りの波動は手で触れられるのではないかと思うほどだった。

 瞬時に例の大剣を虚空から掴みだし、マヤ様はギリアム達の方へ飛びかかる。


「ナオヤになにをするかあっ」


 肝が冷えたのか、わっとばかりにギリアム達が散った。

 お陰で、縛られたままの偽使者が、ポツンと取り残されてしまう。でもまあ、責められないだろう。なにせ、この俺だって驚いてすぐには動けなかったのだ。


「駄目ですっ」


 叫んだ時にはもう遅かった。

「ま、待ってくれ!」

 制止はまったく間に合わず、突風のごとく躍り込んだマヤ様は、震え上がって声を洩らした相手に向かい、全力で漆黒の剣を振り下ろしていた。


 ドガッと壮絶な音がして、鮮血が四方に散った。






「……あっちゃあ」


 別に自分が斬られたわけでもないのに(いや斬られてるが)、俺は額に手を当てて呻く。

 真っ二つって言葉があるが、残された死体は本気でそんな感じだった。もはや、助かる助からない以前の問題である。

 猫が見ても首を振るわ。


「審問しようと思ったのになぁ」

「大丈夫、まだこいつの副使としてくっついてきた、二人組がいるわよ」

 ネージュが夢から覚めたように囁き、俺に近付いた。

「あ、連れがいるんだ?」

「そう。それより今は、ナオヤの怪我を治さないと」

「有り難いけど、まずその前に」 

 俺は忘れないうちに、ギリアム達に頼んだ。

「悪いけど、その副使とやらを押さえちゃってくれ。もう問答無用で拘束していいから」


 わざと平静な声音で頼むと、みんな心配そうにこちらを見た後、それでも命令通りに軍議の間を出て行った。まあ、急がなきゃいけないのも確かだしな。

 ネージュは既に小声で治癒魔法の詠唱を始めていて、それに伴い、片手でダガーの柄を持っている。

「抜く瞬間だけ、痛いわよ」


「いや、既に十分いた――いてえっ」


 一瞬で抜かれた! 加減してくれよっ。

 しかし……魔法の手腕はさすがである。すぐに血が噴き出した傷口の上に手をかざし、瞬く間に出血を止めてしまう。そのまま詠唱を続けると、どんどん痛みが引いて行くのがわかった。

「あ、包帯も頼めばよかったかな」

 マヤ様の方を見やり、俺は心ここにあらずといった調子で呟く。


「いいぇえ、それはあたしへの侮辱だわ~」

 ネージュは詠唱が終わると、顔を上げて笑みを洩らす。

 頭の片側に寄せた髪の房が、得意げに揺れた。

「傷口なんか残らないわよ、これくらいなら。……どう?」

 見れば、本当に何も残ってなかった。

 痺れてはいるが、それは魔力で急速に治癒を加速させた反動だと、俺ももう知っている。


「ありがとう、助かった。お礼は改めてするとして――」

「わかってるわ……後はナオヤの仕事ね」

 ネージュは微かに頷き、自らその場を立ち去った。


 ただ、去り際に俺の耳元に唇を寄せ、「ダークプリンセスから目を離さないで。おそらく、これからはあのお方の命運が、あたし達の命運も左右するわ」と早口で言い残した。


 鋭いな、この人。もちろん、言わんとすることはわかる。

 まさか、既にネージュがそこまで読んでいるとは思わなかったけど、彼女は元々、それなりに高い階級だったからな……それくらいの読みは当然か。

 俺は咳払いなどして、棒立ちのマヤ様に近付く。


 自分が殺しちまった相手の前に立ち、このお方は未だに呆然と立ったままだった。漆黒の大剣も、まだ床に半ば食い込んだままである……床は石なのにな。

 さすがにもう震えてはいなかったが、俺の咳払いを聞くと、またびくっと震えてやっとこっちを見た。

 う……まだ瞳が元に戻ってないぞ。ヤバそうな感じが――


「――ナオヤあっ」


「ちょっ」

 いきなり胸ぐらを締め上げられ、俺は一気にむせた。

 なんだなんだなんだっ。この人、まさか見境がつかなくなって――。

「どうして避けなかった! ナオヤは強くなったのだろうっ」

 間近で見る瞳は、明らかに我を忘れていた……というか、我を失ってるような。


「と、とにかく少し緩めてっ。チョーク、チョーク!!」

 身体が浮きそうになってるしっ。

 俺が必死で訴えると、ようやく力を緩めてもらえた。し、死ぬかと思ったぞ。

「ゲホゲホッ……又聞きで知ったんでしょうが、例の超スピードの件なら……はあはあ……そんなことが日常的にできるなら……俺はとっくに女の子のスカートとか覗きまくってますよっ」

 あ、ヤバい……思わず本音が出た。

 ここはささっと誤魔化す手だな。


「なんでかは俺が聞きたいくらいですが、とにかく……いつもいつも使えるわけじゃないようですね。あと、今回はそもそも……自分への攻撃じゃなかったし」

 はあはあ……あ~、やっと回復してきた。

 喜んで喉をさすり、顔を上げる。



 ――そこでマヤ様の瞳に涙が滲んでいるのを見て、俺は言葉を失っちまった。




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