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出世を目指す――その4




その4


 

 その後、少し打ち合わせをした後、マヤ様の私室を辞した俺は、その足で出荷所しゅっかしょへ急いでいた。

 出荷所というのは、ひどいことに、各所から入荷したばかりの奴隷を、それぞれの部隊へ供給する場所である。


 身分のある者は戦闘力が高そうなヤツが入荷(この言い方嫌だよな)した途端、ささっともらい受けていくし、あまり身分が高くないヤツは、盾クラスの最下級の奴隷しか手に入らない。

 俺はこの一年、使われる側の奴隷だったわけだが、今や奴隷を吟味ぎんみして選ぶ側になっている……全然嬉しくないけど、かといって自分だけではどうにもならない。


 今回、マヤ様から与えられた任務は、それほどヤバいものだったからだ。

 戦力は絶対にいる。ああ、いるとも!





「ヤバいヤバい、ヤバいっ」


 地下の出荷所に着いてもまだ独白していたらしく、顔見知りの奴隷長であるヨルンが、不思議そうに俺を見た。

一応、人間型ではあるが、髪の毛も瞳も真っ黄色なんで、あんまり同族という気がしない。


「なにがヤバいんだ、ナオヤ」

 手に持った鞭の握りを、掌にペシペシ叩き付けつつ、呆れ顔である。

 ちょうど出荷場から出てきたばかりで、俺の求める場所はこいつの背後にある扉の向こうである。

 邪魔だよ! 説明する時間が惜しいだろっ。

「つか、なんでおまえがこんな場所に来るんだ? 奴隷長とはいえ、まだおまえは監督官に顎で使われる側だろ」


「ところがぎっちょん、マヤ様のお陰で、奴隷生活は終わったらしい」


 俺は、水戸黄門の印籠よろしく、左腕に嵌まった真紅のブレスレットを見せてやった。

 ヨルンは俺より奴隷期間が遥かに長いし、なんといってもいわゆる「(魔界の)地元出身」である。この方が話が早いんじゃないかと期待したわけだが、期待以上の反応があった。

 近視の人みたいにしげしげとブレスレットに顔を近づけて見た途端、ヨルンは気色悪い声で叫びやがったのだ。



「ぎゃあああっ」

「わ、びっくりするだろ!」

 つか、ぎゃあはないだろ、ぎゃあは。

「それどころじゃねえっ」

 ヨルンは黄色い瞳をまん丸にして、盛大に唾を飛ばしやがった。

「わっ。汚い!」

「おまえ(無視)、い、いや……ナオヤ……これはどういうことだ……なんでいきなりナオヤがダークプリンセスの直臣になってんだよ」

「あー……やっぱ見たらわかるのか、これ」

「わからいでか!」

 自分の銀色のブレスレットを恨めしげに掲げてから、ヨルンは鼻息を荒く即答する。

「おまえ、何年奴隷やってんだ! 真紅のブレスレットはマヤ様の直臣の印ってのは、魔界じゃ誰でも知ってるぞ。おい、どうなってんのか説明しろ」

 ……俺は奴隷経験一年しかないっつーの。

 それより、今は時間ないんだけどなぁ……と思ったが、よくよく考えたらこいつは、奴隷の元締めの一人である。まあ、元の世界でいえば、羊が奴隷として、羊飼いみたいなものってことだが、とにかく戦士に相応しいヤツを紹介してもらうなら、こいつに頼るのが手っ取り早いかもしれない。

 機嫌を損ねていいことはないんで、やむなく説明してやった。

 全部聞いた途端、ヨルンはむちゃくちゃ羨ましそうな顔で俺を見たが……そのうち、鞭を持ったまま、揉み手なんかしやがる。マジでそんなことするヤツ、初めて見たぞ。


「えっへっへ! 俺達、親密な友達だったよなぁ、ナオヤ。いわゆる親友ってヤツ?」

「……そんな親密な仲だったけか?」

 思わず顔をしかめたが、まあこいつはよそ者の俺に対して、比較的優しかった方だろう。他のヤツなんかもっとひでーのがゴロゴロいたからな。

 あくまでも、「他と比べりゃ」というレベルだけど。

「もちろんさ、親友!」

 人の気も知らず、ヨルンは力強く答える。

 早くも親友確定である。

「で、おまえは情に厚いナイスガイ(は?)だし……当然、親友のためにちょびっとだけ力を貸してくれるよなぁ? まあその、具体的には奴隷の立場から抜け出すためによぅううう」

「……俺、まだ上等戦士に上がったばかりなんだけど? 顔見知りとはいえ、奴隷を引っ張り上げる権限なんか、あるかぁ?」

「あるさ!」

 ヨルンは即答した。


「普通の上等戦士にはないが、ダークプリンセスの直臣になら余裕で可能だ。おまえ、自分で思ってるより偉くなってんだよ!」


「へぇえええええ」

 言われて初めて、俺は真紅のブレスレットをとっくりと眺めた。

 まあ、いくら眺めても単なる金属製の赤いブレスレットだけど。

「これ着けてるだけで、そんな権限がねぇ」

「おおよ。ダークプリンセスの直臣になれるなら、腕の二、三本は喜んで差し出すヤツが、ゴロゴロしてっぞ」

「……腕は二本しかねーだろうが」

 言い返したものの、汚い貫頭衣を着たヨルンは本気の表情だった。


「だから、とりあえず俺をおまえの臣下にしてくれ。ダークプリンセスの直臣があるじなら、そりゃ破格ってもんだ」


 驚いたことに、そこまで言ってのけた。本気らしい。

 顔をしかめたが、ここは妥協しとくのが賢いだろう……ていうか、こいつまだ、俺が背負わされた超難儀な任務のことを知らんな? 

 世の中、そうそう甘い話ばかりじゃないっつーんだ。

 しかし時間もないことだし、俺はそっちの説明は後にして、渋々申し出た。

「わかった。今回俺はマヤ様から任務を与えられてるが、おまえが戦力になりそうな奴隷を大勢紹介してくれるなら、望み通り奴隷の身分から引き上げて仲間にする。俺にできるなら、だけど」

「話は決まった! 今日から俺は、おまえの臣下な……よろしく頼むぜぇ」

 ヨルンは明るく答えた。

 臣下という割に、態度がデカいだろうがよ。

 というか、この表情を見る限り、本当に今の俺には、奴隷を戦士に引き上げるくらいの権力はあるらしい。なんか……夢みたいだな。

「で、俺がいいのを選んでやるが……好みはあるか? 即任務にくなら、やっぱ戦力重視かね?」

 早速、訊いてきた元奴隷長に対し、俺は迷わず答えた。


「戦力は重視するが、野郎ばっか大量にいらん。当然、女の子も必要だ……あー、魔法使いとかのタイプがいいかな。す、少しは可愛い子がいいかも」

 最後はさすがに小声になった。


「へっへっへ……おまえも好きだよなぁ? まあ、そっち方面なら任せとけ」


 悪代官に黄金入りの菓子折かしおりを贈る越後屋みたいに笑い、ヨルンは胸を叩いて見せた。

 ……正直、不安である。


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