今度こそ、砦攻略(の予定)――その4
――その4
「そう、小さくならずともよい……おまえは正しいのだ、ナオヤ」
俺のびびりっぷりに、陛下は目を細めて笑った。跪こうとするのを制し、俺を手招きする。
「慌ただしい中すまぬが、少しだけ時間をくれぬか」
「そ、それはもちろんっ」
もちろん、俺は慌ててこっちから飛んでいった。
「――皆の者は休んでおれ」
という陛下の寛大なお言葉に、俺以外の兵士はあのかっこわるい拝礼をやめて、ほっと息を吐いていた。
そして……陛下は近寄った俺を手招きし、以前のマヤ様のように、隅っこの方へ連れていった。
「ナオヤ、覚えているか? あのレイバーグとの一騎打ちの時、おまえは確か、途中で予を止めようとしたと思うが」
意外なことを言われ、俺は首を傾げた。
陛下の実力を知る俺が、あの時にそんなことを――いや、言ったな。
少し考えて思い出し、俺は一人で頷く。うん……確かに言ったぞ。俺は途中で嫌な予感がして、陛下とあいつが二度目に剣を交えるのを止めようとした。
レイバーグの野郎が頬に掠り傷を負い、陛下の上衣が少し裂けた時だったな。
とは言うものの、「陛下っ」と呼んだだけだが、まさかあれだけで察しておられたとは。
つか、実際にはあの後で別に陛下に何かあったわけじゃなし、本当に余計な心配だったわけで。
「確かに……止めようと致しました。分をわきまえずに、申し訳なく――」
「いや、責める気などない」
平身低頭で謝ろうとした俺を、陛下は首を振って止める。
「逆だ、ナオヤ。他の者はいざ知らず、おまえの場合は、ちょっとした予感でも無視せずに動いた方がよい――そう告げるつもりであった」
「いやぁ、俺には未来を予知するような力は」
「無いとは断言できぬ。なぜならおまえは、この世界に望まれた戦士だからだ……おそらく、あのレイバーグとやらもな」
「うっ」
ここで俺が、すぐにもう一度否定しなかったのは、確か剣を交えたレイバーグも似たようなことを言ってたのと……俺が陛下からある秘密を聞いているからだ。
その秘密は俺のことではないが、ひょっとして関係はあるのかもしれない。
しかし、陛下のお顔は明らかにこれ以上の質問を拒否していた。まだ話す時期ではない、ということかもしれない。
俺はやむなく、恭しく低頭して言った。
「わかりました。……何か奇妙な予感を抱いた時は、注意することにします」
「うむ、そうしてもらいたい。特に、これから先はな」
陛下の声は一層小さくなり、離れた場所からこちらを窺うギリアム達ですら意識しているように見える。
「おまえの臣下には貴族戦士もいるようだ。我が娘を預けた理由も、そろそろ耳に入っていることであろう?」
「ご明察です……もっとも、俺のそばにいても、マヤ様が安全だとは言えないと思いますが」
情けないとは思ったが、正直に話す。
いざとなれば全力でお守りするつもりではあるが、だからと言っていつも以前のように何とかなるとは限らない。
驚いたのは、陛下の反応である。
このお方はじっと俺の目を覗き込むと、きっぱりと断言したのだ。
「いや、おまえと一緒にいるのが、一番安全だ。少なくとも、おまえが守りきれないような事態が起きれば、もはや娘の命運は尽きたと見てよいだろう」
「いや、それはあまりに――」
「信じられずともよいから、予の言葉を覚えておいてほしい、ナオヤ。今後何があろうと、マヤの味方でいてやってくれ。予は、娘の命をおまえに預ける」
あまりにも真剣な声音に、俺は絶句してしまった。
無論、ここまで言われたら、否やはない。
「わかりました……いえ、俺は自分の実力を知ってますから、どんな時でも安請け合いはしませんが、とにかくマヤ様のために全力を尽くすと約束しますよ」
「それでよいとも! 感謝するぞ、ナオヤ」
陛下の手が俺の肩をぐっと握る。
何かこう、触れられただけで巨大なエネルギーが流れ込んできたような気分で、俺は震えるのを堪えるだけで精一杯だった。
つか、俺を見る目が真紅に染まってるんですけど! こえーよっ。
「父上! ナオヤっ」
呼ばれた途端、苦笑して陛下が手を放し、ようやく俺は息を吐いた。
……すげー。なんか、セフィ○スに間近でガン見されたような気分だ。いや、外見はともかく、雰囲気は似てらっしゃるのだな、このお方。
「二人で何を話してらっしゃいます?」
漆黒のコルセットドレス姿のマヤ様が来て、不思議そうに首を傾げた。
「おまえのことを頼んでおいたのだよ、マヤ。ナオヤに預けるわけだからな。父親としては、きちんと頼んでおかねばなるまい」
言われたマヤ様は、不服そうに唇を尖らせた。
「父上はいつまでも経ってもマヤを子供扱いなさいます。もう十三歳ですのに」
「そうだな……いつの間にか、大きくなった」
しみじみとそう言われると、陛下は軽くマヤ様を抱き締め、額にキスなどした。
「我が身をいたわり、無茶をしないようにな。ナオヤの進言には、いつも謙虚に耳を傾けるのだぞ」
「今日の父上は、本当に心配が過ぎますぞ」
くすぐったそうな笑顔で答え、マヤ様は陛下の頬にそっと触れた。
しばらくして、少し上気したお顔で俺を振り向く。
「さて、そろそろ行こうではないか、ナオヤ」
……半時間後、今回はなんと魔王陛下に見送られ、俺達は帝都マヤから出陣した。
驚いたことに、陛下は門の外まで見送りに来られ、姿が見えなくなるまで、ずっとそこに立っておられた。
朝霧に霞むように消えていく黒衣の陛下を、俺は何度も振り返って確かめてしまった。




