出世を目指す――その2
それでも、もちろん俺みたいな下っ端が、ダークプリンセスことマヤ様の呼び出しをスルーするなんて不可能なわけで。
やむなく、直属の監督官に当たる、件の二等戦士に連れられ、地上の王宮まで、機械式エレベーターを上がっていった。
(魔王とダークプリンセスが住む王宮は地上にあるが、俺達下っ端は、そのずーーっと地下に住んでいるのだ)
呼ばれたのは何とマヤ様の私室であり、俺を引率する二等戦士までびびっていた。
「ヤバいな、俺もここまで上がったのは初めてだ。おまえ、本当になにやったんだ?」
「いや、マジでなんも知りませんって。覚えがないですよ」
「ならいいが……とにかく、お叱りごとだったら、素直に謝るんだぞ。もう這いつくばって額を擦りつけて謝罪しろ」
「はあ」
思わずテンションの低い返事になったが、無理もなかろう。
真面目な話、全く身に覚えがないんだから。
……混乱しているうちに、二等戦士は私室付近を警護する衛兵に俺を引き渡し、最後に俺の耳元で囁いた。
「いかに用事があろうと、俺が行けるのはここまでだ。何事もないことを祈るが……達者でな、ナオヤ」
悲壮な顔つきで肩を叩かれた。
ていうか、その言い方やめて。
そして、後を引き継いだごつい衛兵の背中を追い、俺はさらに廊下を先に進む。大理石張りの廊下の突き当たりに補強の入った巨大な扉があり、そこで衛兵は止まった。
そこにも別な衛兵がいて、またそこで煩雑やりとりがあったが……それが済むと、ようやくマヤ様の私室に入れてもらえた。
……それにしても、今や俺も、心の中ですら「マヤ様」と様付けで呼んでるなぁ。
すっかり魔界の空気に馴染んじまってー。
部屋に入るなり跪いたが、すぐ先にマヤ様が見えた。
どうやらここは、彼女の執務室みたいな部屋らしく、体格に釣り合わない巨大な机と、それに数名ほどの侍女達がいた。
マヤ様自身は奥の壁にある大きな窓から外を眺めていたが、ドアが閉まると同時に振り返り、微笑してくれた。
いやぁ……一年ぶりのせいか、少し成長されたように見える……色んな意味で。
例によって漆黒のゴスロリ風衣装だったが、今回はさらに色っぽい。なにしろ、肩と胸元がだいぶ露わになっている。
そもそも今の俺は、マヤ様の実年齢が十三歳だともう知ってるわけだが、こうして見ると十五歳の俺と比べても、全然向こうの方が年上に見える。多分、背負っているものの違いだろう。
「来たな」
マヤは満足そうに頷くと、手を叩いた。
「皆の者、下がれ。マヤはナオヤと少し話がある」
いえ、それは――などと異論を唱える奴は、相変わらず皆無だった。
侍女も衛兵も、俺とマヤ様を置いてたちどころに姿を消した。
きっちり全員がいなくなるまで、マヤ様は腕組みなどして静かにまっていた。そして全員が消えた瞬間、じんわりと笑みを浮かべて俺を見た。
「……その拝礼(跪く姿勢か?)は、やはり今までのより断然いい。いつかマヤの御代が来た時には、ぜひ採用しよう」
そう述べた後、手招きした。
「跪くのはいいから、マヤのそばへ」
立ち上がり、言われた通りにそばへ寄った。……窓を背に立つ彼女の前に立つ。
「一年間、よく生き残った。やはりマヤの目に狂いはなかったな」
「確かに多少は戦慣れしたけど、さほどのものでは」
謙遜ではなく、100パーセントの本音で述べたが、マヤ様は首を振った。
「ステータス前面表示と、声に出してみるがいい。それで、おまえも自分のステータスを見られる」
「あっ」
もちろん俺は、ステータスを表示する怪しいブレスレットのことを忘れてはいない。しかし、この一年というもの、戦いばかりでそんなのに関心持ってる余裕はなかった。ほとんど、食べるか寝るか戦うかの日々だったわけで。
しかし彼女に言われ、俺はおおよそ一年ぶりに声に出した。
「ステータス……ええと、前面表示?」
途端に、眼前に青い電光表示みたいなのが浮かんだ。
その数字が示す値は、以下のごとく。
「HP1560に、MP800――レベル12ぃい? マジで!?」
「そう、おまえの言い方を借りるなら、マジだ」
悪戯っぽい笑みでマヤが頷く。
以前にも見た、豪勢なペルシャ猫みたいに微笑し、俺の目を見ていた。
「ナオヤの最初のステータスは聞いている。最下層の戦士にもなれない数字だったな。だが、今は見よ!」
マヤ様は顎を上げて赤い瞳を輝かせる。
「おまえは、たった一年でそこまで強くなった。言っておくが、普通は一年で上がるような数字ではないぞ」
目を白黒させている俺を尻目に、マヤ様は規定の事実のように続けた。
「これなら、おまえを奴隷の身分から引き揚げることができる。……ようやく、最初の一歩だな」