ダークプリンセス、魔王に喧嘩を売る――その8
――その8
紅茶と、クリームたっぷりのケーキなどがテーブルの上に並び、俺の口の中は涎で溢れてきた。なにせこっち来てから、甘い物ってほとんど食べた記憶がないからなー。
メイドさん達も低頭した後に素早く撤収し、後は食べるだけだと思うが、お二人共なかなか手を出さない。
それでも、誰かが先に食べ始めるまで我慢して待とうと思っていたところ――いきなりマヤ様が話した。
「父上、しかしなぜあのようなもったいをつけたのです? さっさと四名を片付ければよかったのでは。いえ、放っておいてもどうせマヤがそうしていましたが」
正直過ぎる意見を聞いて、俺と陛下は奇しくも同じタイミングで苦笑した。
慌てて表情を引き締める俺をちらっと見やり、陛下は楽しそうに告げる。
「ナオヤがあの四名の詰問にどう答えるか興味があったし、それに、予が四名に肩入れするような素振りを見せた時、おまえがどう反応するかも知りたかったのだ」
「……ほう? それで、ご満足頂けましたか?」
マヤ様の問いかけに、陛下は魅力度千パーセントの笑顔で頷いた。
この方、凄みのある顔と笑顔の差が激しいな!
「満足したとも、愛する娘よ。主君のために命を賭け、最後まで後悔の念を見せないナオヤの態度、あっぱれであった。そして、そんなナオヤをあくまでも庇うマヤの態度も大いによし。我慢して芝居を続けた甲斐があったというものだ」
――そうそう、危うく礼を失するところだったぞ。
陛下は最後にそう付け加えると、なんと正面の俺の方を向いて、深々と頭を下げた。
「娘の誘拐を阻止してくれたことに礼を言おう、ナオヤ・マツウラ。予は、おまえに大きな借りができたようだ。万が一、誘拐が成功していれば、娘は拷問の末に殺されていたであろう……重ね重ね礼を言う。此度の働き、余すところなく見事だった!」
いきなりのことに焦った俺は、それはもう馬鹿みたいに両手を振り回した。
脳裏にちらっと疑問の欠片みたいなものも浮かんだのだが、その時は本当に意識すらできなかった。
「いぇええええ、とんでもない。元々、臣下が主君のために命を賭けるのは当たり前のことでありあり……え~、ありましてその」
最後に舌を噛みそうになり、俺は頬が熱くなってとにかくぺこぺこ頭を下げた。
「と、とにかく過分なことです、はい」
「ナオヤに余り難しい言葉遣いをさせてはいけませんぞ、父上」
横目で俺を見やり、マヤ様が悪戯っぽく笑う。
「長いセリフを言わせると、すぐにトチります故」
「こら……おまえも礼を言うのだ、マヤ」
陛下はわざとらしく難しい表情を見せ、マヤ様を睨んだ。
「おまえのことだ、どうせきちんと礼は言っておらぬであろう。今ここで、ちゃんと礼を言いなさい。相手が臣下であろうと、命を助けてもらった者に対する、それが礼儀というものだ」
ま、魔界を治める魔王陛下が、娘に礼儀を説くかーーーー!
今この瞬間、俺のRPG的魔王に関する概念が吹っ飛んだねっ。驚きのあまり、遠慮するのも忘れちまった。
そしてさすがのマヤ様も、陛下に対しては素直だった。可愛らしく唇を尖らせながらも、一応、俺の方を向き肩に手を置いた。
……つか、肩に手?
そのまま、そわそわと薄赤い視線がさまよい、何か言いかけて結局また唇を閉ざし――最後にやっと、やや赤い顔で声に出した。
「よ、よくやったぞ、ナオヤ。マヤは今回のおまえの働きに満足している……今後も励むがよい」
「あ、はい。それはもう」
ていうか、なんで俺が頭下げてんだ、おい。
我ながら首を傾げつつ正面に目を戻すと、陛下は端整な顔に何と言えない表情を浮かべていた。叱りたいのだが、どうもタイミングを逸したような、そんな顔つきである。
「すまぬな、ナオヤ。マヤは性根は優しい娘なのだが、昔からどうも素直になれない子でな。大目に見てやってくれ」
「いきなり何を言われます、父上!?」
わ、マヤ様が照れてるよ……すげー。
ていうか、初めてみるな、こんな姿。
「あー、いえ。俺は元々、そう大したことやったつもりもないですし」
ふと疑問が湧いて、俺は勇気を出して陛下に尋ねてみた。
これだけフレンドリーなら、多少の質問はアリだよな、うん。
「あのー、ちなみに俺がもし命令遵守で、あくまで砦の攻略に向かっていた場合、陛下はどうなさいましたでしょう?」
「ふむ、その時は――」
陛下の微笑がぶっつりと消え、ふいに研ぎすまされた刃のような目で俺を見た。
な、なぜか目が真紅に染まってんですが!?
「その時はナオヤ、この王宮に戻った時点で、予が直々におまえの首をもぎ取っていたであろうな」
――あ、腕に鳥肌立った。
「娘の命を軽視し、あくまで命令を遵守するような不埒者は、予がただではすまさぬ」
「な、なるほど!」
なるほどじゃないっ、ぶるった、そりゃもう俺は死ぬほどぶるっちまった。
なんか実際に圧力を感じるような目つきで、テーブルの下に隠れたくなったほどだ。やはり、魔王陛下は魔王なのだなぁ……と。
「しかし、こうしておまえの本性を知った今、予はおろか、マヤもおまえに対して大いなる信頼を抱いたことであろう。後で個人的な頼みもあるが……ひとまず、皆で語り合おうではないか」
待望の、ケーキ馬鹿食いの時間がきました!
と思ったが……個人的な頼み? 魔王陛下が俺みたいな下っ端にぃ? なんか、すげー嫌な予感がするんだが。




