ダークプリンセス、魔王に喧嘩を売る――その3
――その3
いきなり態度変わって、大いにびびった。
「もはやおまえは奴隷ではない、このマヤの直臣なのだぞっ。いわば、マヤ個人の臣下であり、マヤと運命を共にする立場なのだ。それを自覚せよっ。よいか、わかったか!?」
「はいはいっ」
一も二もなく、俺はガクガク頷いた。
なんて気分の変わりやすい人だと思ったが、ここで下手なことを言うと、十倍返しが来そうだ。
「こ、今後は自重します!」
「……わかればよろしい」
ようやく落ち着いたのか、マヤ様は鷹揚に頷く。
一転して、元の穏やかな眼差しに変わった……瞳の色に濃淡が出るので、一発でわかる。
「罪は罪だが、功績の巨大さがその罪をあがなうだろう。この後のことはマヤに任せておくといい」
「……はい」
ていうか、俺は少なくとも我が身のことについちゃ、まるで心配してなかったんだが。
ギリアムやダヤンが「命令無視は死罪」と教えてくれた気がするけど、あの時の俺の至上目標はマヤ様の救出だったからな……その目的は遂げたんだし、死罪になるなら仕方ないという覚悟だった。
今、もしも心配ごとがあるとすれば、俺に釣られてついてきた、ギリアム達の処遇くらいだ。
「俺の部下というか、臣下についちゃ、さすがにおとがめなしですよね? 全て俺の命令ですし」
「こらこら。平然と、さっきの話と矛盾する嘘をつくでない」
マヤ様は苦笑した。
「そもそも彼らは皆、『ナオヤ様に黙って勝手についてきた』と明言しているぞ」
「ええっ!?」
あいつらは~……この醒めた時代に、そういう熱血展開はやめてくれ。
特に俺の心臓に悪い。
「いやいやっ。ヤツらは全部俺の命令で」
「いいから、丸ごとマヤに任せておくのだ」
マヤ様は途中で口を挟み、また軽く俺の頬をつねった。
「ててっ」
どうも、俺が痛がる様子が気に入ったらしい。
なんとドSな。
「査問会は明日だが、それまでは休んでおくがよいぞ」
「は、はあ」
査問会! そんなのがあるのか。げんなりしたが、まあ何事もなかったように復帰はできないんだろうな。まあいいか……一度は死を覚悟したんだし。
それに過去が過去だけに、俺の叩かれ耐性はちょっとしたもんだ……自慢にもならんが。
矢でも鉄砲でも持ってきてくれ。
「それにしても」
とまたマヤ様が俺をじっと眺めた。
「ナオヤは、あのリグルスを倒したそうだな」
「らしいですね……どうも、相打ちに近いですが」
「それでも大したものだ。相手は名だたる剣士だからな。あのレイバーグの仲間なのだし。できればマヤ自身の手であの男のそっ首を刎ねたかったが、卑怯にも敵は魔法でマヤを眠らせた……まあ、おまえが仇を取ってくれたなら、よしとしよう」
今度はなんだか、俺を見る瞳が妙に輝いていた。
この方は本当に、くるくる表情が変わる。
「おまえには勇者の資質があるかもしれぬ。だとすれば、マヤの予知夢も当然だったな!」
ないない、そんなのないっすよと――そう即答しかけたが、さすがの俺も学習したので、笑顔を見せるに止めた。
ここでそんなこと言うと、この人は絶対「マヤに人を見る目がないと言うのかっ」などと怒り出すに決まっとるのだ。
怒られるくらいなら、機嫌よく笑うマヤ様を眺めて幸せな気分でいる方がずっといいさ。
◆
翌日になり、俺は上等な仕立てのスーツに、エプロンかけみたいな白い飾り(クラバットというそうな)を胸につけ、見かけだけはパリッとした格好で王宮の奥に出向いた。
そこは、普段は軍議のために使うそうだが、今日だけは、査問のために四名の引退戦士が俺を待ち受けているらしい。
神将とか魔神将とか、元は魔族軍の中で神扱いされてたような、いわゆる「偉いさん」である。ただ、ギリアムが教えてくれたことだが、こういう査問会のために選抜された引退戦士は、魔族の貴族達から選抜された、実は「階級もらっただけ」の人が多いらしい。
本当に幾多の戦場をくぐり抜けた歴戦の将軍クラスは、たいがい引退前に戦死してしまうのだと……特に今の世は。
それ聞いて、ますます俺のテンションは下がったね。
まあ……人の粗探しするような役、誰だって嫌うだろうけどな。
そして軍議の間とやらは、中央の壇上を囲むように、半円形にたくさんの椅子が並んでいる。どれも、飴色をした妙に年季の入った椅子ばかりだった。
今回の関係者人数からして、部屋が巨大過ぎる気もする。
呼ばれたのは俺だけだが、なぜかマヤ様が弁護のためについてきてくれた。なんだか申し訳ない気がしたが、俺が遠慮したところでこの人は来るんだろうな……。
退役戦士四名は壇上に供えた長机の向こうに座していて、俺達二人は半円形に並んだ椅子の方である。もう最初からプレッシャーかかる配置だった。
既にメンツは揃っていたが、不思議なことが一つ――。
少し遅れて、やたらと存在感のある男性がぶらりと入ってきて、軍議の間の隅っこに座ったのである。
これがまた、絵画に描かれた麗人みたいな美青年で、線の細い顔立ちであり、豪勢な長い金髪を背中に伸ばしていた。とてもリアルの人間とは思えん。
れっきとした男なんだが、下手すると女性に見えそうだった……しかも、どっかで見たような。
「あれ、誰です?」
こそっと訊くと、マヤ様は呆れたような目で俺を見た。
「知らぬとはよい度胸だな……誰あろう、マヤの父上だぞ。つまり、この魔界を統べる魔王だ」
な、なんですとぉーーーっ。




