運命の分かれ道――その1
――その1
途端に、エルザが大きく息を吸い込んだ。
完全に図星を衝かれた顔で俺を見返す。て……おいおいっ、マジで狙いはあのお方かよっ。
「この通り、頼むよ! 教えてくれっ」
この世界では通じないかもしれないが、俺は立ったまま両手を合わせてエルザを拝む。
……多少なりとも効果はあったらしい。というのも、悩ましそうに考えた後、エルザはためらいを捨てたような顔で俺を見たからだ。
「いいわ! ナオヤには借りもあるし、話してあげる……でも、今からじゃどうにもならないかもしれないわよ?」
「それでもいい! 教えてくれっ」
「あたしも、死ぬ直前にギルから聞いただけなんだけど――」
断りを入れた後、エルザは(俺にとっての)聞き捨てならない話を教えてくれた。
「殺されたギルって、帝国ではたまにちょっと顔を合わせる程度の仲間なの。二人とも間諜の任務が多かったし、当然、お互いが今どんな任務に就いてるのかは、全然知らなかったわ。でも、こうして二人とも捕虜――あたしは奴隷にされたけど――として捕まったせいかしら? さっきはあいつ、思わず口が滑ったらしいわね。彼が同行していた部隊は、魔王の一人娘……つまり、ダークプリンセスの暗殺が任務だって言ってた」
悪い意味で予感が当たり、俺は愕然とした。
そうでないといいと思ってたのに、モロに予想通りだったとは!?
ギリアムにダヤン、それにヨルンなどは予想すらもしてなかったらしく、三名揃ってぶったまげた様子で口を開けていた。
「ダークプリンセスが狙いだと!? 我々が狙いではなかったのか!」
真っ先に我に返ったのはギリアムで、それこそ口角泡を飛ばす勢いでエルザに突っかかったほどだ。
「しかしっ、あのお方の部隊は魔王陛下の部隊から目を逸らす囮だと聞くぞ。当然、前線付近までは移動しても、基本的に魔界領内を出ることはない。数も我らの五倍近いそうだ。小規模な軍勢で襲っても、返り討ちに遭うだけのはずではないか!」
「し、知らないわよぅ、あたし。魔界内に侵入した部隊が、あんた達の予想より多かったんじゃないの?」
エルザは目の色が変わったギリアム達に、たじたじとなっていた。
「詳しく訊こうかなと思ったところへ、貴方が見回りに来ちゃったし」
――全くだぜ!
とエルザに賛成したいところだが、さすがの俺にもそんな余裕はなかった。
「それじゃ、どうやってマヤ様を暗殺するかとか、そこまでは聞いてないわけ? 他に、具体的な襲撃日時とかその辺りの情報は?」
「ごめん……あたしが聞いたのは、本当に『襲撃する計画がある』ってトコだけ。なんだか、『かなり時間をかけた計画なんだ』とも言ってたけど」
「そうか」
俺は嘆息し、故郷と違って星がやたら多い夜空を眺めた。
こりゃ……早速、決断する必要があるみたいだな。
十分に予想できたことだが、俺が「今から俺だけでも救援に行く」と告げた時、皆の反応はよろしくなかった。
エルザを抜いたメンツが陣地の外れに集まり、臨時の作戦会議を持ったわけだが、もうギリアムもヨルンもダヤンも、見事なまでにきっぱり反対してくれた。
まずギリアムが「お一人で、今から救援に向かうですと!?」と素っ頓狂な声を上げれば、ヨルンも「もう間に合わないだろう?」と疑わしそうに告げるし、トドメにダヤンが「命令違反は重罪ですぞ」とやたらと心配そうに言った。
「そう、一番の問題はそこだ」
ギリアムが得たりとばかりにダヤンを指差す。
「ナオヤ様は、既にダークプリンセスより砦攻略の任務を受けている、今ここでその任務を投げ出すのは、重大な命令違反となってしまう」
「えー……それなりに理由があっても?」
立ったまま不景気な面を付き合わせる彼らに、俺がおそるおそる尋ねる。
皆、悲壮な顔で首を振ってくれた。
「ナオヤは出自が異世界だから、まだ魔界の掟がよくわかってないみたいだな」
ヨルンが、逆立った黄色い頭をかきかき、補足説明してくれた。
「魔界じゃ、上の言うことは絶対なんだ。自儘に動くとか有り得ないし、命令違反なんぞしようもんなら、コレもんだぜぇ?」
自分の首を縄でキュッと締める真似をする。
……笑えないんで、その白目剥いてる死んだ真似、やめてくれ。