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意外な司令官


「あ、あれっ」


 正直俺は、意外なものを見て、唖然とした。

 いや、中へ滑り込んだところまではよかったのだ……しかし、目の前で棒立ちして、俺を見ているこの人は、とても剣呑な軍隊の総指揮官には見えない。


 だいたい、どう見たってセーターにジーパンという姿だし、黒髪だし黒い瞳だし……見た目は俺とほとんど違わない。

 やや長髪で、のほほんとした平和な顔立ちをしている。正味、戦士にも見えない。

 誰かに、「こいつ日本人だから」と言われても、俺は普通に信じるね。


 一応、ローズは厳重に縛られたまま、ベッドに座ってはいるのだが……彼女もまた、眉をひそめて俺達と彼――レージ? を見比べているほどだ。




 ただ、俺がボケッと突っ立っている間に、背後では次々と仲間が部屋に飛び込み、そして俺が動かないものだから、困惑したように同じく立ち止まっている。


 最後に、ついに追いついてきたマヤ様が飛び込んできて、俺を見るなり怒鳴った。





「追いついたぞおっ、ナオヤ!」


「わあっ」

「ひえっ!!」


 俺と――謎の青年の声がきっちり重なった。

 ていうか、仮にも軍団の指揮官が「ひえっ」というのはどうなんだ、おい。


 いや、俺もたいがい情けない悲鳴だったとは思うけど。

 ……ともあれ、怒りで真紅の瞳を見開いたマヤ様は、しかし広い部屋の隅でポツンと件の青年が立っているのを見て、眉根を寄せた。


「なんだ? まだ敵が健在ではないか」


 言うなり、ブォンッと威勢のよい音をさせ、漆黒の大剣を構え直した。

「ナオヤ、おまえらしくもないぞ! なぜ、さっさと殺さない」


「いや、ちょっとちょっと、ちょっと待って!」


 殺戮の天使のごとく剣を振り上げたマヤ様を見て、青年が慌てて叫んだ。そう、俺じゃなくて、この人が叫んだのだっ。


 ていうか、実は俺が驚いたのは、そんなことではなく……長めのセリフをしゃべったこの時、その言葉のトーンがモロに日本人そのものだったことだ!


 言語変換の魔法を介すると、微妙に堅苦しい発音で聞こえるのに、この人にはそれが全くない。俺はこの時点で、どうも最初の印象が正しいような気がしていた。




「覚悟ぉおおおおっ」

「ぎゃあああっ」


「だ、駄目駄目、ちょっと待って!」

 俺が考えている間に、マヤ様が猛然とダッシュして、風切り音とともに大剣を振り下ろした。もちろん、例によって縦割りにする気満々である。


 焦った俺は、自分でも予想外の行動を取った。

 つまり、その場で両者の間に飛び込み、刀でマヤ様の剣撃をガードしたのだ。


 ギリギリで間に合ったのはいいが、その瞬間に感じた剛力というか馬鹿力に、膝が砕けそうになっちまった!

 な、なんというパワー……いつもチーズを切るみたいに簡単に二つ割りにすると思っていたけど、そりゃこんだけのパワーがありゃ、余裕だろっ。

 俺の持つ刀が、魔力付与のものじゃなかったら、俺も一緒くたに割られてたぞ。




「なぜ止める、ナオヤ!」


 受けた途端、マヤ様は至近から俺の目を覗き込んできた。

 眩しいほど輝く真紅の瞳が、訝しそうに細められている。

「ちょ、ちょっと時間をください。なんか変なんですよっ」


「どこが変だ? 最上階の部屋に入ったら、予想通りに敵がいた……そのまんまではないか!」


「ふ、普通はそうなんですが、でもおかしいですって! だってこの人、レージ軍の総指揮官という話だけど、俺に言わせりゃ、俺と同胞の日本人にしか見えないですよっ」

「な、なにっ。というと、じゃあ君もそうなのかっ」

 俺とマヤ様の剣が激突した下で、へたり込んで震えていた男が、ぱっとこっちを見た。やや生気を取り戻した顔で、まじまじと俺を見つめている。


「に、日本人? 君もっ」

「じゃあ、やっぱりあんたは?」


「あ、ああっ。そう、俺も日本人だよ。元々は、異世界なんかとは無縁な、バリバリの日本人さっ。間宮玲次、それが俺の名前だ」

「間宮玲次……て」

 俺は隙あらば彼を斬ろうとするマヤ様の剣をギリギリと押し返しつつ、顔をしかめた。


「もしかして、レージ軍のレージって、その間宮玲次の名前から取ってる?」


「そう、その通り!」

 大きく頷く男――間宮玲次ことレージを見て、ようやくマヤ様は剣を引いた。さすがに、これは妙だと思ったのだろう。

 俺達は自然と座り込んだ彼を囲み、唖然としてこの得体の知れない日本人を見つめる。


 締め切ったドアの向こうでは、性懲りもなく増援のホムンクルスが押し寄せ来て、ドアをバンバン叩いたり斬ったりする音がしているが……そんなの構ってる場合じゃない。


 サクラは、レージ軍の関係者の多くが日本に来ていたと言ってたけど、まさかレージ軍の総指揮官まで日本人だったとは思わなかったぞ!?


 俺達の視線があまりにも痛かったのか、きょろきょろした挙げ句、玲次――いや、レージは困惑したように笑った。


「は、はははっ。いや、参ったな」


 じゃなくておい……それはこっちのセリフだ!


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