砦攻略(の予定)――その5
――その5
「いやぁ、斥候なんてどの部隊も出さないし、特にいらんよなーと思ってたけど、俺ゃ考えを改めたね!」
戻ってきたヨルンは、開口一番そう吐かした。
つか、おまえは送り出す時、「任せてくれ! 隠密行動は得意なんだっ」とかフカしてただろうが。
人の気も知らず、ヨルンは上機嫌で、縛り上げた男を鞍から落とす。
落とされた相手が呻くほど乱暴なやり方だったが……まあ、帝国側の捕虜の扱いは魔族以上にひどいしな。
俺は一時行軍を止めて軍勢を休ませ、早速、ギリアムらと共にそいつの元へ駆けつけた。
見たところ、麻のシャツとツギハギだらけのズボン姿の野郎で、何気なく見る限りは魔界辺境に住むふつーの農夫っぽいが。
「こいつが敵だって?」
ギリアムが疑わしそうにヨルンを見る。
ヨルンはあっさり言ってくれた。
「俺の姿見て、大慌てで茂みに隠れようとしたんだぜ? そりゃ敵に決まってら」
「……それだけではな」
かつての部下からぞんざいな口の利き方をされたせいか、ギリアムはすこぶる不機嫌に言った。
二階級降格されたギリアムは、逆に一階級昇進した(俺がさせた)ヨルンと同格になっているわけで、さすがに話のわかる彼も、思うところがあるらしい。
「違うぞっ」
いきなり敵――とされている農夫っぽい男が喚いた。
「私はただの農夫だっ。たまたま散歩していたら、そこの黄色い頭の人が無理に引っ立てたんだ」
後ろ手に縛られて座り込んだまま、懸命に訴える。
「嘘つけ、ありゃ散歩の足取りじゃなかったぜぇ」
ヨルンが足下に唾を吐く。
「んなことないっ。あんたこそ、いきなり決めつけてどういう了見なんだ!」
「んだとおっ、ふてぶてしい間諜風情があ!」」
「まあまあ、喧嘩はやめよう」
ミュウが耳元で囁いてくれたのに頷いた後、俺は険悪なムードを払拭するように前に出ると、男の背後へ回った。
「な、なんですか」
「別に……ちょっと掌を見るだけ」
宣言通り、俺は男の掌を開いて点検する……ああ、やっぱりな。ミュウの「この人、嘘ついてます」っての、実に正確だ。
男の前へ回ると、俺はにこやかに言ってやった。
「一つ訊いていいか?」
「そりゃいいですけど」
男は警戒心丸出しの顔で言った。
「いや……すげー簡単な疑問なんだけどな」
俺はさりげなく続けた。
「単なる農夫のくせに、なんであんた、指に剣ダコが幾つもあるんだ? 手の荒れ具合からしてどう見ても、日頃から剣ばかり握ってる奴の手だと思うんだが」
愕然とした顔の彼を見て、さらに少し離れた場所にいるエルザを指差す。
「あと、あんたと彼女の目が合った時、二人揃って慌ててお互いに目を逸らしたよな? つまり、エルザとあんたは顔見知り臭い……ルクレシオン帝国の間諜であるエルザとさ」
そこまで言った途端、今までどっちかというとオドオドしているように見えた男が、急に跳ね起きた。
どうやら密かに緩めてあったらしく、縛られた両手を簡単にほどくと、シャツの隙間に手を突っ込んで素早くダガー《短剣》を取り出した。
「あーっ。てめぇ、いつの間にっ」
「ナオヤ様!」
「死ねええーーーっ!!」
焦ったヨルンとギリアムが叫んだ途端、そいつがよりにもよって俺に飛びかかってきやがった。
まっすぐ俺に来るか!
もちろん、俺もぼんやり刺されるのを待っていたわけではなく、すかさずマヤ様から拝領した刀を抜いた。
踏み込みと下方から繰り出した斬撃はほぼ同時であり、弧を描く赤い刀身が、きっちり奴のダガーを下から叩き上げる。
「うわっ」
狼狽の声を最後に、ダガーは宙に飛ばされ、くるくると舞って明後日の方角へ消えた。
「はい、無駄な抵抗はやめとこうな」
俺は呆然とする男の喉元に、即座に赤い刀身を突きつけてやった。
(つか、この刀って赤く光っててかっこいいんだ、これが!)
「さすがです!」
遅ればせながら、男に斬りかかろうとしていた元監督官のダヤンが、ほっとしたように言ってくれた。
「地獄を生き延びたのは、伊達ではありませんな」
絶賛しつつ、男の手をねじり上げ、今度はがんじがらめに縛ってくれた。
「はっは。いや、ダヤンの指導がよかったからだよ」
俺は大声で自慢したくなるところを、辛うじて控えめに言っておいた。
「あにぎは、百人のうち九十九人が戦死する肉の盾から生き残って、奴隷長まで上がった人だもんさーー」
遠くの方でボンゴが代わりに自慢そうに喚く。
……いや、今は上等戦士だっつーの。




