ギリアム氏の妹
戦は時間勝負!
……前にそう言ったのは、マヤ様である。
そこで俺もなるべく急いで戦準備をしたんだが、いかんせん、これまでの下っ端生活が祟って、そうそう要領よくはできない。
ただ、俺にはギリアム・クラインという二枚目の貴族部下がいて、彼はなかなかこの手の準備に経験値が高いのだな。
自分の経験というよりは、家門であるクライン家が代々魔族軍の重鎮を務めていたから、父祖の代からの知恵だろうけど。
あと、こいつは元々俺の下に来るまでは、いわば奴隷の元締めみたいな立場だった。従って、奴隷戦士を集めるにはこの上ないほど顔が利くわけだ。
ちなみに魔界でもルクレシオン帝国でも、兵力の根幹を成すのは奴隷なんで、その数と指揮官の質が勝敗を分けると言っていい。
そこで、俺はギリアムに兵卒をかき集める方を全て任せ、自分は将帥というか指揮官クラスを集める方をがんばることにした。急ぐので半日くらいしか時間かけられないけど、それだけありゃ、会って判断くらいはできるだろうと思ったので。
幸い、俺には「現魔王陛下」という、最強の後ろ盾がある。
だから人集めに苦労はないはずだが……実は、一つ大きな問題がある。
魔界の諸将はカシムなどのごく少ない例外を除き、だいたいは粛清されるか僻地に飛ばされちまってるってことだ!
それはつまり、先帝のナダル様に反逆したファルシオン伯についたクソッタレ貴族が、それだけ多かった証拠なんだけどな。
余談だが、ギリアムの家であるクライン家は、幸か不幸か反逆当時は長男のギリアムが俺の部隊に同行していたためもあって、断固として中立を貫いている。お陰で、マヤ様が復帰した後に家ごと潰されることもなかったが……というか、本当はそうしようとしていたマヤ様を、俺が止めた。
ギリアム自身は常に俺に従っていたわけだし、そりゃあんまりだろうと!
その代わり、全てが終わった後で「どっちつかずの態度が気に入らぬ! 卑怯千万ではないかっ」という理由で、クライン家はマヤ様から莫大な罰金の支払いを命じられていたりする。
要はマヤ様にとっては、中立でも立派な敵だってことだ。
……世の中には、つくづく怒らせちゃ駄目な人がいるよな。
それでもクライン家は、他の貴族に比べりゃ天国と地獄ほどの差があるんだけど。
あまりに気の毒なんで、俺はギリアムの身分を自分の権限で戦士長にまで引き上げた。俺の一つ下だが、彼の能力なら余裕でそれくらいの資格はあるしな……二枚目だし。
それもあってか、なぜかクライン家の家中では俺に対してやけに評価が上がったらしい。俺がマヤ様の怒りをなだめ、クライン家の領地没収を寸前で回避したというのもどうしてだか伝わっていて、こっちの知らないところでやたら感謝されていたようだ。
ギリアムが苦笑気味に、「今後はナオヤ様に従い、何事もあの方に相談せよっなどと、両親から口を酸っぱくして言われます」と教えてくれた。
まあ、俺は全然信じてなかったんだが――。
「しかし……目の前にその証拠が現れるとは思わなかった」
俺は、執務机の前に立つ、きりりとした美女(いや少女かもだが)を眺め、呟いてしまう。わざわざ城内の客間を借りて、新たに補充する将帥を面接していたんだが……よりにもよって、ギリアムの身内かー。
俺が座る横に並んで立つミュウも、珍しく目を丸くしている。
「ローズ・クライン二等戦士です、ナオヤ・マツウラ戦士将!」
ヤケに張り切った声で名乗ると、ローズはぴしりと踵を鳴らして気をつけの姿勢を取り、完璧な敬礼をしてみせた。
「部隊の指揮官を募集していると伺い、旗下に加えて頂きたく思い、参上致しましたっ」
な、なんという張りのある声かつ、やる気に溢れた表情……あと、声がでかいっ。リア充かよ、このねーちゃんはよぅううう。
日本じゃ堂々たるボッチの俺には、いきなり敷居が高いんだよっ。
思わず、「実戦は初めてか? 肩の力抜けよ」と言いたくなるな!
見た目も、片目が隠れそうなワンレンの髪型に、ギリアムと同様の金髪碧眼である。だいたい魔界の貴族筋はみんなこの系統だが……いやぁ、ミュウと同じヒューマノイドかってほどの美人だな、しかし。すっげえ、気が強そうだけど……いや、考えてみりゃ、俺の周囲の女性はだいたい全員気が強いけどなっ。
しかし、彼女は気の強さに加え、やたらとお堅そうに見える。マヤ様の代から採用された、裾の長い純白上着に金色のラインの入った軍服も、決まりまくりだ。
「ちなみに、年は幾つ?」
いかん、口を半開きにして顔を見ていたせいか、思わず訊いてしまった。
でも気になるしな。
「十六歳ですっ」
おお、まだそんな年なのか……いや、十五歳になったばかりの俺より上なわけだけど。
しかし、胸を見るともっと年上かと思った。
「……軍務経験どれくらい?」
「二等戦士に任官したのが、十日前です!」
物凄く堂々と胸張って言われた。
ていうか、要はど素人かーい! 頭が痛くなるな、しかしっ。
過去形になりつつあるが、まだ貴族の力が強かった魔界では、血筋が全てといっていい。
つまり、貴族の出であるというだけで魔族軍所属になった瞬間から、いわば自動的に(奴隷兵士の)隊長格である、二等戦士でスタートするのだな。
言うなれば、士官候補生である。
実際は候補もなにも、入隊即士官だけどな……その取り決めもどうかと思うんで、俺はこっそりマヤ様に改善を訴えようと思っているほどだ。
……ふと気付けば、なぜか嫌な沈黙が漂っていた。ローズはもちろん、俺の脇に立つミュウも、二人してじっと俺の反応を窺っている。
しまった、思わずあれこれ考えてしまったな。それでなくても、あまり時間ないのに。
「ええと、俺としちゃ奴隷兵士を指揮する二等戦士は、幾らでも欲しいくらいだけど……さすがに、実戦経験皆無は困るというか。そもそも、兄貴のギリアムは知ってるわけ?」
「兄は関係ありませんっ」
途端に膨れっ面になるローズだった。こりゃ、ギリアムはそもそも知らずにいるな。




