後が怖い出世
当然、俺はすぐに窓に飛びついて下を見たが……既に華麗に地上に着地して、どこかへ遁走していく最中だった。
しかも、その速いこと速いこと! 100メートルを3秒くらいで走ってないか、あの女。
「リベレーターか……嫌なヤツを逃がしたなぁ」
「ナオヤっ」
感慨に耽っている俺の腕を取り、マヤ様が珍しくそっとこちらへ向ける。
「怪我をしているではないか、大丈夫なのかっ」
やたらと不満そうに畳みかける。
いや、これはもしかして……不満じゃなくて不安かな……まさかと思うけど。
「あ、いえ……こんなの後でエルザかネージュに治してもらえば」
「それより、カシムの配下にも魔法使いくらいいるであろう。カシムっ」
マヤ様が呼ばわると、全身に返り血を浴びたカシムが飛んで来た。
「ははっ。すぐにナオヤ殿の治療を命じまする!」
言うなり、配下に「魔法使いを連れてくるのだっ」と命じていた。
……おっさん、すっかりマヤ様を主君扱いだなぁ。
まあ俺としてはほっとするけど……て、あれ……あれれ。
俺はなぜか頭がくらくらして、そのままずるずると壁にもたれ、床に座り込んだ。
慌てたマヤ様が、さっと同じくしゃがみ込む。俺の顔を覗き込み、うるさく騒ぎ立てた。
「どうした、怪我は大したことないと言ったではないか! まさか、急所を掠りでもしたか」
大慌てで俺のシャツを豪快に破こうとする。
「いやいや、大丈夫、大丈夫ですからっ。つか、脱がさないでくださいよ!」
て、貞操の危機みたいじゃないですかっ。
「姫様、これは違いますぞ。わしにも覚えがありますわい」
カシムも俺に口添えして、マヤ様に申し出てくれた。
「生死の境を越えた時、よくこうなるのですよ。臨戦状態を抜けて安堵したせいで、身体がいきなり休息を求めているのでしょう」
いや、この人も気を遣うことがあるんだなぁ。
腰を抜かしたと言った方が早いのに、そんな言い方するし。
「そ、そうか、ではマヤが寝室まで運んでやろう。ちょうど、奥に父上の寝室もある」
「いえいえ、とんでもないっ」
俺は焦って、無理して立ち上がる。マヤ様にお姫様だっこされるのとか、勘弁な。
つか、足がふらついた。出血のせいもあるな、これは。
「ベッドくらい、その辺の控えの間にあるようなヤツで十分ですし」
一般兵士の目もあるんで、気を遣ってそう断言しておく。今後、マヤ様は下手したら魔界の王者になっちまうかもしれないしな……皆に妙な噂でも立てられたら申し訳ない。
「カシムさん達はこのまま制圧を続け、魔王城を我々の手に取り戻してください」
というわけで、断固として自分から部屋を出ようと歩き出した――が。
たちまちカシムやマヤ様が追い縋り、俺を左右から引きずるようにして部屋から連れ出した。
……なんかもう、FBIが捕まえた宇宙人写真みたいな構図だな、これ。
どうやら俺は、翌日の昼過ぎまで眠っていたらしい。
というのも、次に目が覚めた時は、カーテン越しに外がすっかり明るくなっているのがわかっあからだ。
城内のサロンに付属した寝室で休んでいたんだが、広すぎるベッドに起き上がった途端、ミュウが手で支えてくれた。
「まだご無理をなさっては」
そういやベッドに倒れ込む前に、出荷場に潜入したはずの、ギリアムやミュウ達を出してくれるように頼んでおいたのだった。
……それはいいけど、なぜかミュウはいつものプラグスーツみたいな格好じゃなくて、ちゃんとコルセットドレスなど着ていた。
「ミュウがこっちの服を着ているのを見るの、初めてかもなぁ」
「彼女――いえ、ダークプリンセスが、普通の服装をせよと言われるので」
どことなく不満そうにミュウが言う。
いつも穏やかなこの子が、こんな顔をするのは珍しい。
「……てことは、もう魔王城はこっちの手に戻った?」
「はい」
ありがたいことに、ミュウはしっかり頷いてくれた。
「わたしも後から伺っただけですけど、カシム戦士長がダークプリンセスについたことで、ファルシオン伯の部下達は全員が、逃げるか降伏したそうです」
「そうか……ちょっと安心したかな……て」
それはともかく――ミュウが座る後ろの方に、メイドさんの格好をした誰かが跪いているのに気付いて、俺はぎょっとした。
「な、なにかな、あの人」
「それが……先程来たのですが、『ナオヤ様がお目覚めになるまで、お待ちします』と言って、動かないんです」
「ええと、なにか俺に用でも」
謎のメイドさんに声をかけてみる。
「はい……伝言がございます、ナオヤ様。お目覚めしたら、すぐに伝えるようにとの、ダークプリンセスよりのお言葉です」
やたらと恭しい態度で、彼女は言う。
なぜか、顔すら上げなかった。
「マヤ様の……? 俺、また何かやらかしましたかね」
恐る恐る訊くと、静かに首を振られた。
「おそらく、逆ですわ。ダークプリンセスがつい先程、臨時の軍議を開き、今回の帝都での戦いにおける論功行賞を発表なさいました。その結果、ナオヤ様は今後、戦士将に昇格となった由にございます」
「へー……そりゃまた……急な出世……て」
待て、ちょっと待て!
「戦士将! 戦士将って言いました!?」
メイドさんが一層頭を下げて頷くのを見て、俺は肝が冷えた。
戦士将ってあんた……確か俺の乏しい知識からすると、魔界の序列でも上から四番目くらいだぞ。その上と言ったらもう、大師と神将と魔神将しかいないし!
もちろん、支配者である魔王陛下とマヤ様を除いて。
(マヤ様は次期魔王なのに加え、陛下ご本人の思し召しで、日頃から魔王とほぼ同格扱いである)
途中の階級を……え~と……うわ、七階級くらい飛ばしてるよっ。
軍曹がいきなり中将になったようなもんだっ。
声もなくあわあわしている俺は、なぜか喜ぶ前に冷や汗がどっと背筋を伝った。
ミュウなどは輝くような笑顔で、「ナオヤさんの立場が強化されて、嬉しいですっ」と子供のように喜んでくれたが。
俺はひたすら焦っていた。
いやだって……これは、各方面からガンガン苦情と嫉妬が寄せられそうやん?




