カマかけ(られた)
なんというか……有り得ないことの連続に、俺の頭はだいぶ痺れていたが、それでも、この際はできる限りの情報を得なければと――そう考えていた。
自分じゃなく、マヤ様のために策を練るのが俺の仕事だしな。
今の返事より情報収集が先だろう。
「あんたが、ファルシオン伯を殺したんだな?」
さりげなく距離を置き、まず女から離れる。
頬に手を触れられていると、腰砕けになるからいかん。
一瞬、女は眉をひそめたが、機嫌を直したように今度は室内のソファーに座り、ゆったりと楽な姿勢を取った。
教師に呼びつけられた生徒みたいな立ち位置になってしまったが、俺は油断なく相手の動きを見張っている。また消えられたら、たまらんので。
ちなみにその間にも外から呼ぶ声がしてるし、ガンガンと剣でドアを破壊しようとする音も聞こえている。マヤ様の怪力ならすぐに破壊できそうなものなのに、女が予言した通り、今のところはそんな兆候はない。
「だから、大丈夫ですって! ちょっと時間をくださいっ」
廊下に向かってもう一度声を放ち、俺は相手に向き直る。
「――どうなんだよ、ファルシオン伯を殺したんだろう?」
「君、意外とタヌキね? 私から情報を引き出すつもり? そこまで主人に忠義を尽くすの」
「……それが俺の仕事だし。ちなみに俺は、ナオヤ・マツウラ。あんたは?」
「エスメラルダ……そのうち、エスメラルダ様と呼ばせてあげましょう」
「じゃなくて、質問に」
「――ええ、殺したわよ」
いきなり、楽しそうに言われた。
まだテーブルに乗ったままの首に形のよい顎をしゃくり、当然のように続ける。
「どうもこいつ、勘違いしてたみたいなの。この私のことを、『自分の召喚に応じたんだから、当然、自分の命令をきくだろう』とでも思ってたみたいなのね。たまたま、門の封印の解き方を知ってただけなのにねぇ」
くっくっと喉の奥で笑う。
「まあ、面白いから思い込みに合わせてあげたし、魔界を掌握するまでは付き合ってあげた。でも、そろそろ飽きたから、さくっと殺したわけ。正解だったじゃない? 現に無能なこいつは、君とあの子の侵入を許しているものね」
「……魔王陛下はどうなった?」
「ああ、あいつならもう亡くなってるわよ。この私が自ら倒したもの」
あっさり言われ、俺は絶句した。
そうかもしれないとは思ったが、まさかそんな簡単に言われるとは!?
もうヤバいほど巨大な絶望が押し寄せて来たけど、ぎりぎりでなんとか踏みとどまった。ちくしょう、死体を見るまでは信じないからな、俺はっ。
あの方がそう簡単に殺られるわけないんだしっ。
「なに考えてるかわかるけど、諦め悪いわね、君も」
「褒め言葉だと思っておくよ……エスメラルダの目的はなんだ」
「リベレーターと君達が呼ぶ我々の本拠は、違う世界にある。君なら理解できるでしょうけど、全く他の世界って意味よ」
俺の出自を知ってるような言い方だった。
「そして、リベレーターは異なる世界を次々に支配していくことが目的なの。魔王は以前の侵攻は阻止したみたいだけど、今度はその邪魔な魔王もいない……後は、時を待って門を開けば大挙して仲間が来るわ。その時こそ、この世界は我々、リベレーターのものになる」
「どうすれば、その門とやらが開く!?」
勢いこんで聞いたが、エスメラルダは美貌に小狡い笑みを浮かべた。
「ああ、カマかけて正解ってヤツ? やはり君は、まだそこまでのことは聞いてなかったのね? それなら、肝心なことは知らないのと同じだわね。なら、私の訊きたいことはもう済んだわ」
「うえぇえ」
なんてこったい!
情報を得るつもりが、俺の方が吐かされていたのかよっ。
内心で地団駄踏んだ俺を眺めつつ、エスメラルダは身軽にソファーから立ち、腕を一振りさせる。途端に……また不釣り合いなほどでっかい白く輝く剣が握られた。
こいつも重量級の大剣持ちかい! 近頃の美人は、油断ならないなっ。
「さて、改めて質問を繰り返しましょう、坊や」
むしろ優しい微笑を広げ、冷え切った声音で問う。
「私の奴隷になるか、あるいは死ぬか? 選びなさい」
「……もしも」
「もしも、なに?」
「俺が奴隷になると言ったら、マヤ様はどうなる? 確か生かすとは聞いたけど、その処遇は聞いてないぞ」
俺は念のため、尋ねておいた。肝心な部分は一応、訊いておかねば。
「ああ、処遇ね?」
少し考え、彼女は悪戯っぽい顔になった。
「君の奴隷なんかどう? 奴隷の奴隷ってことだけど、まあそれもいいでしょう。それなら、君も満足じゃない?」
「はははっ」
心のもやもやが消え去り、俺は破顔した。
いやぁ、それだけ聞けば、さすがに迷わないなー。うんうん、質問して正解だった。
「いや、訊いておいてよかったよ」
穏やかに言うと、いきなり相手の間合いに踏み込んだ。
「お陰で、迷いが無くなった!」
腕が霞むような速さで、エスメラルダの頭に斬撃を浴びせる。
俺には珍しく、タイミングといいスピードといい、会心の一撃だった。
おそらく、すかっと迷いが消えたお陰だろうな。
これはもらった! と半分くらいは確信したほどだ。
事実、俺の放った剣撃で、エスメラルダの頭が二つに――
……割れたように見えたのは、単なる残像のせいだった!
眼前にいたはずの妖艶な女性の姿は消え、代わりに俺の右手至近から殺気が吹き付けた。
「そう、それが返事?」
おまけに殺気に気付くと同時に、耳元で声が聞こえた。
や、ヤバいっ。こいつ、むちゃくちゃ速い。回避したはずの今の動き、ぜんっぜんっ、見えんかった!
あの、勇者レイバーグ以上かもしれないっ。
既に意表を突かれていた俺は、背筋に冷たいものが走った。




