叱責
「ふん……面白くなってきたな」
マヤ様は全然余裕の表情だったが、言うまでもなく俺はガクブルものだった。この上、人数が増えたらたまらない。
しかし、「ひょっとして、アレは俺達の後から来た奴隷達とかぁあああ?」と淡い期待を込めて駆け寄る集団を眺めてみた……のだが。
そんな美味しい話があるはずもなく、装備からして全然格が違う、魔界の正規兵士ばかりだった。
「ちくしょう、血も涙もないなっ」
俺は神を呪いつつ、それでもまずは自分が盾になろうと、エレベーターの方へしっかり向き直った。
だいたい、この期に及んで全然私室から出てこないファルシオン伯とやらも、どうなってんだ。 普通、様子くらい見るために廊下へ出てこないもんかねっ。
そっちも嫌な予感がするし、この状況は言うまでもなくヤバいし、もう何もかも不吉な予感しかしない。
そんな風にあわあわしているうちに、増援共は怒濤の勢いで突っ込んで来て、警護兵達の中に飛び込んでくる。
勢いに驚き、周囲の兵士がわっとばかりに道を空けようとする。
――だがしかし。
「死ねっ」
「――なっ」
いきなり、新手の先頭にいたヤツが、元からいた警護兵に斬りかかった。
「ば、馬鹿っ。敵は向こうで――ぐあっ」
泡を食って注意したヤツまであっさり斬られ、たちまち周りは目も当てられないような混乱状態となった。
呆れて見ていた指揮官の髭ダルマがようやく我に返り、「おいっ、どこの所属だ貴様達っ」と唾を飛ばしたが――
俺の脇を駆け抜けたごっつい戦士が、そいつを一刀のもとに斬り下げ、永遠に黙らせてしまった。うわ、こいついい腕してんなっ。
斬ったヤツは、既に頭から血を浴びたような有様のたくましい男だったが……振り向いた傷だらけの顔と押し出しのいい強面に、俺は見覚えがあった。
「か、カシム!」
……さん? と最後に気弱に付け加える。
途端に、敵の血を浴びまくったおっさんがニカッと破顔した。
「ご無事でなによりっ。まさかそちらから来てくれるとは思いませなんだ。戦士長カシム、マヤ様とナオヤ様の元へ馳せ参じましたぞっ」
「マジっすか!」
元敵兵の声をよそに、俺は大喜びで叫んだ。
疑う必要もない証拠に、今も周りでカシムの部下によって、じゃんじゃん警護兵達が斬られている。
「ははっ。……あれからわしも独自に調べ上げ、真実を知ったんですわい」
カシムは一転して情けない表情を見せ、巨眼を瞬く。
「そこで、今更ですが正道に戻りたいと思いましてな……お許し頂けましょうや?」
俺とマヤ様を交互に見て、柄にもなくもじもじと訊く。
血塗れのおっさんにはにかまれても全然嬉しくないんだが、さすがにこの時だけは例外だった。なにせ、一分前まで悲壮な決意してたほどで。
「やだなぁ、そりゃもちろん」
「――この、愚か者めっ」
いきなり横で大喝されて、俺は仰け反りそうになった。
見ればマヤ様が腰に片手を当て、傲然と顎を上げてカシムを見据えていた。
「まさに今更だ! 自分の勘違いに気付くのが遅いのも呆れた話だが、このギリギリの状況で飛び込んでくるタイミングも、おまえの不心得を証明している」
「ち、ちょっとちょっと」
俺が焦ってゴスロリ衣装の袖を引いたが、無情に無視された。
王者の威厳そのままに胸を張り、ぎらりとカシムを睨む。
「ナオヤがおまえを庇う故、今回だけは帰参を許すが――騒動が済んだあかつきには、それなりの罰を与えるつもりだ。それまで、心しておくがよい!!」
駄目押しに、さらに斬り裂くような声を叩き付けた。
「わかったのか、カシム!」
……場が静まりかえった。
一つには、遅れて来たカシム達の増援が、警護兵達をあらたか片付けてしまったのもあるが――静寂が訪れた大半の理由は、このマヤ様の態度だろう。
ついさっきまで、猫の手どころかハムスターの助太刀すら欲していた(少なくとも俺はっ)状態だったのに、まるで変わらぬこの傲慢な態度に、鬼も失禁しそうな真紅の眼力。
……大昔の頼朝だって青ざめるぞ。
まあ、一番たまげて顔面蒼白になっているのは俺だが。
いやだって、これでカシムが気を悪くしたら、今度はもっとピンチだしな!
だが幸いにも、このマヤ様の態度はかえってカシムを感嘆させたらしい。
驚いたことに、この屈強な男がその場で土下座し、石廊下に額を擦りつけたのだ。
「ははぁああっ。姫様にはおわびのしようもありませぬっ。このカシム、以後は心よりお二人に忠誠を誓いまするっ」
「……その言葉、忘れるな」
マヤ様の声音からやっと険が取れ、穏やかになった。
当然、俺を含めて全員がほおっと安堵する。
場が弛緩している今のうちに、俺はファルシオン伯の私室のドアに歩み寄り、様子を窺おうとした――が。
「おろ」
なんと、特に鍵とかかかってないでやんの。押したら動いたし。
……これは?
途端に、俺は閃いたね。どうもさっきから嫌な予感が継続中だったんだが、もしかすると先に試すことができるかも。
罠なら、俺がまず飛び込んでみりゃ、明らかになるだろうしな。後のマヤ様がそれだけ安全になるってもんだ。
そう決めた瞬間、俺は迷わず私室の中に飛び込んだ。
「あ、これっ」
慌てたマヤ様の声がしたが、無論、無視である。
もちろん部屋に入った瞬間、後ろ手にガチャリと鍵を閉めておく。
やっと部屋の中を見渡したんだが――。
次の瞬間、俺は悪い意味で驚いた。
……んな、馬鹿な。




