出世を目指す――その7
黒髪に黒い瞳で、肌の白さを除けば、俺と同じだ。
「ねえ、聞こえてるんでしょう、あなた! あたしもこの鎖を引き千切って逃がしてっ」
「……ああ言ってますけど、逃がしていいですか?」
ミュウはわかりきったことを、律儀に尋ねてくれた。
もちろん俺は首を振ったさ。
「駄目。俺がどやされるからね」
「その人の言うこと信じちゃ駄目よ! あなた、きっと裏切られるわ」
「いきなりひでー中傷だな、おい」
俺は憤慨したが、幸い、ミュウは静かに首を振った。
「いいえ。私のセンサーによると、マスターは嘘をついてません。ちゃんと、私の帰還のために尽力してくださるでしょう」
センサーぁ? つまり、嘘発見器みたいなモンか。うわぁ、そんなのまで内蔵されてるのか……俺はまあ、別に嘘つくつもりもないからいいけど。
「せんさー? なにをわけのわからないこと言ってるの!?」
文明度の違う件の女性は、俺の密かな予想通り、ミュウの言うことが理解できないらしかった。
苦笑して、俺はその女性の前に立つ。反抗的な目つきの彼女を、とっくりと観察してみた。
大人の年齢はよくわからんが、多分十八~二十くらいだろう。魔法使いらしくローブを羽織っているが、その下はミニスカートとブラウスという軽装だった。ただし、両足はマヤ様と同じく、パンストそっくりの黒いタイツで覆われている。
「……目つきがいやらしいわよ」
いきなり言われて、俺は我に返った。
見れば、女性が警戒顔で睨んでいる。
「あー、ごめん。じろじろ見るもんじゃないな、うん。ところで、君の名前と年齢は?」
俺はナオヤな、と自分が先に名乗ると、渋々教えてくれた。
「エルザ……二十歳」
やっぱり、それくらいか。
「そいつはやめとけ、ナオヤ」
背後から足音がしたかと思うと、黄色い髪のヨルンが戻ってきた。八十名、あっという間に選んだらしい。
「早いな!」
「そらおまえ、戦力だけが基準なら、そんなもんだろ。……おまえこそ、ちょっと目を離すと、問題ありそうなヤツばっか選んでるな」
呆れたような目つきで見てから、まずミュウを指差す。
「その、妙ちきりんな格好の長身は、トンチンカンなセリフばかりしゃべってて、そもそも戦士なのか魔法使いなのか、一般人なのかもわからんヤツだぞ。一応ここに繋がれてたけど、それはあくまで一時的な処置なんだ……ていうか、まさか鎖をぶち切るほど怪力だったとは。むちゃくちゃ細身に見えるのによ」
セリフの最後辺りは愚痴になっていた。
こいつにヒューマノイドやらアンドロイドの話をしてもまず通じないだろうし、俺は一言で「いいんだよ、一人はこの子にする」と適当に言っておく。
「それより、こっちの――え~、エルザさんは能力的にどうなんだ」
自分の名前が出た途端、エルザがさっと俺を見た。
怒ってる様子ではないが、何事か考えているようには見える。全く関係ないけど、この人、胸大きいな。
「エルザは能力は高いが、別の意味でヤバいな……こいつは、ルクレシオン帝国のかんちょーとして潜入してたヤツだぞ」
ルクレシオン帝国とは魔界と争ってる人間側の帝国名だが、かんちょーの方の意味が、すぐには分からなかった。
『え、そんな趣味あるのか、この人っ。上品そうな見た目なのに、ワイルドですげー』
……などと、誤解しかけたくらいで。
さすがにしばらく考えたらわかったけど。
「あ、ああ……間諜、つまりスパイな」
「他にどんな間諜があんだよ。文字通り、魔界に潜入して、偵察しくさっていたんだ。こいつも一応ここに繋がれてはいるが、実は見せしめに縛り首にしようって話が出てる」
「ええっ!?」
それまで普通にしていた俺は、いきなり焦った。それを先に言えと思う。
慌ててエルザに駆け寄り、彼女の前にしゃがみ込む。
「なあ、エルザさん。君、魔法は使えるわけだよな」
首を傾げて俺の顔を見ていたエルザは、すぐにはっとしたように頷いた。
「使えます使えます、あたし、魔法のエキスパートだもの。貴方がここから拾ってくださるなら、精一杯働きますわ」
待て、コラ。いきなり口調まで変わったぞ、おい。
「今のは嘘です、マスター」
忠実なミュウが、横からきっぱりと述べた。
「センサーにネガティブ反応が出ました」
「だから、せんさーってなにっ」
エルザがガミガミと文句をつける。しかし、口ぶりに動揺が滲んでいるのが丸わかりだ。
なかなか食えない人らしい。
「やっぱり、引っ張り出したら即、逃げるつもりか……う~ん……なんか連れ出す名案ないか、ヨルン」
「名案って……だからこいつは間諜だっつーのに、使う気かよ。おまえなに、こいつの足とか胸とか見て、目でも眩んだか」
「ち、違うわっ」
「……どうだかね」
呟いたが、ため息をついた後、一応案は出してくれた。
「反抗的な奴隷のために、拘束リングを着ける手がある。登録したマスターの命令に逆らうと、苦しむ仕組みのヤツだ」
「あ、それでいいや、その手で行こう。それで決まり」
俺が喜んで手を打つと、すかさず当人のエルザが悲鳴を上げた。
「いやですよっ。そんなの見え見えじゃないですか!」
猫のような吊り目に、思いっきり動揺が出ていた。顔も真っ赤である。
しかも、なぜかローブで剥き出しになっていた両足を隠したりした。
「あたしまだ、そんな経験も全然ないのに!」
「なんの話ですか、なんのっ」
俺も絶対に頬が赤くなっていたと思うが、とにかく喚き返した。
「そんなことのためじゃないですよ! だいたい、あんたが逃げる気満々なせいでしょうにっ」
「だ、だって――」
「うるさいぞっ、何の騒ぎだ!!」
また急に新たな声がして、俺達は一斉に振り向いた。
とたんに、ヨルンが「あちゃー」と黄色い頭を抱えた。
「特等戦士のギリアム様だ」
……ちなみに、特等戦士とは俺の階級である上等戦士の一つ上、正規戦士の一つ下だ。多分、この出荷場の総責任者だろうな。
「ヨルン、どういうことだ!?」
魔族の純血の印である金髪を、オールバック風の髪型にしたギリアムは、服装も貫頭衣などではなく、純白のシャツに漆黒の前開き上着を着用していた。中世の貴族みたいな格好である。
いちいちキザっぽい。