序章 いきなり一兵卒①
いきなり一兵卒①
「わっ、ひでー雑魚を召喚しちまったぞ!」
額にツノがある鬼みたいな顔の男が、いきなり言った。
俺は返事する余裕すらなく、そいつの顔をまじまじと眺めている。
なにせ、トランクスみたいな黒いパンツにあとは薄青い肌という、人外要素満載のヤツなのだ……口を利く余裕なんざない。
そんなのが二人もいて、俺にはどちらも同じ顔に見えた。目は真っ黄色な巨眼で、口はだいぶ耳近くまで裂けていて、額にツノ……有り得ん。
つか、俺はついさっきまで、いつもの下校ルートをてれてれと歩いていたはずなんだが。
周囲を見ても、硬い石の床と四方を壁に囲まれた狭い部屋……というくらいしかわからない。これは夢か、夢なのか?
「まあ、しょうがないさ。そういう時もある。この召喚術は、正味、当たり外れが激しいからなぁ」
鬼その2(適当に命名)がため息と共に言って、俺は初めて、自分が禍々しい色をした円形の真ん中に尻餅をついていることに気付いた。
なんか、妙な言語がびっしり書かれた赤い円形の何かで、魔法陣にしか見えない。
い、いつの間にこんなトコに!
人がようやくびびってきて脂汗かいてるのに、鬼その1がまたぶつぶつ吐かす。
「しかしおまえ……それでも限度ってもんがあるだろうよ? 仮にもマヤ様の直属軍になろうかって軍勢の兵士だぞ」
「いいから、とりあえずステータスを見ようぜ。アレを填めろよ」
「まあ……そうだな。数字くらいは見てやるか」
言うなり、鬼その1は俺のそばに近付き、手に持ってた銀色のブレスレットみたいなのを突き出した。
「これを腕に填めろ」
「……え?」
まだ事態についていけない俺は、阿呆のように訊き返す。
「俺のセリフは、ちゃんと魔法でぴったりの現地語に翻訳されてるはずだぞ……聞こえなかったのか、小僧? おまえ、食われたいんか、あっ!!」
ちょっと訊き返しただけなのに、さっそくドスの利いた声音で脅され、俺はさらにびびった。自慢じゃないが、この俺――松浦直也は単なる中二のガキにすぎないわけで……しかも教室内でも孤立してるボッチな男なのだ。
文字通りの鬼(みたいな化け物)を前に、逆らう度胸なんざない。
「は、はいっ。ただちに!」
即答して、そのブレスレットを受けとったさ。
この時点ではまだ、「なんかどっきり系の番組じゃないのか、くそっ」という気がしてるけど、万一、本当に妙な世界に飛ばされてて、いきなり食われたらシャレにならんし。
受け取ったブレスレットは1箇所が外れるようになっていて、腕に填めて装着するタイプらしかった。
で、すぐにそうしたんだが……この謎のブレスレット、どうやら鬼その1とその2も同じのを填めてるみたいだ。
しかも気味の悪いことに、俺がパチンと腕に装着した途端、金属のくせにキュッと締まって、腕をぴっちりと締め付けやがった
「わ、わわっ」
「はいはい、その反応は飽きた」
鬼その1が傲然と吐かす。
「心配すんな、そりゃおめーのステータスを見るアイテムだ」
「す、ステータス?」
訊き返しても返事はなく、鬼は逆に命令しやがった。
「ステータス表示、と声に出せ」
「す、ステータス表示?」
これも問い返しなのに、なぜか二人は即、俺の頭上辺りを見て、顔をしかめた。
「わっ……見たか、このゴミ!」
鬼その1が素っ頓狂な声を上げる。
「レベル2のHPが150だってよ。こんなのどうにもなんねーよ。俺が殴ったら、一発で死んじまうだろうが。姫様の肉の盾にもならんぜ!?」
「うわぁ、ホントだな」
鬼その2が悲壮な顔で首を振った。
「こりゃ慈悲深い俺も庇い切れんわ……なんでこんなよえーんだ、こいつ。どういう生活してたら、こんなゴミが生まれるんかね?」
「だよなぁ……肉の盾にするにしたって、もう少し耐久性がなきゃなー」
二人共、俺の頭上を見ては馬鹿にしたように言う。
つか、肉の盾ってなんだ、肉の盾って! 俺は猛烈に訊きたかったが、嫌な返事が予想されるので控えた。それより、こいつらは何を見て勝手なこと吐かしてんだ。
ひょっとして……俺の頭上に電光表示みたいなのが見えてんのか?
そう思い、俺は慌てて自分の頭を手で触りまくった。失礼なことに、それを見て二匹の鬼共はまた同時にせせら笑うのだ。
「またその反応だよ」
「まあ、大勢繰り返してると、先の反応が読めるわな」
鬼その1は鼻で笑うと、俺に教えてくれた。
「おい、ガキ。もう消えてるから、頭なんか触っても無駄だ。多分、予想はついたかもしれんが、おまえの頭上にHPとMPとレベル表示がされてたんだよ。まあ、投影されて五秒で消えるけどな」
「結論的に、てめーは見かけ通りのゴミだとわかった」
鬼その2の言葉に、俺は「それってRPGのレベル表示みたいなアレか?」と考えていたのに、
すぐに鬼その1が無慈悲な言葉を投げてくる。
どうでもいいが、黄色い目がやたらと冷たくなっていた。
「なあ、相棒。こいつは失敗だ。代わりに他のを召喚することにして、このガキは食っちまおうや。こんなんで姫様の兵士にはなれん」
「……だよなぁ」
ちょっ、ちょっと待って、待ってくれ!
食うって……まさか、人間がフライドポテト食うみたいな意味の、そういう「食う」じゃないだろうなっ。
俺は震撼したが、冗談ごとではないようだった。
なぜなら、2匹の鬼はさっきのセリフを最後に、一斉に裂けた口元から涎を垂らしはじめたからだ。
う、うわああああ……人生の危機か、おいっ。