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MIND GAME -心の扉-  作者: 紫逢瑠依
番外編
18/18

番外編 再会

この話はちょうど一部と二部の間の話になります。

 夏廉はまだ薄暗い中を歩いた。

 朝靄が出ている。視界が余り良くなかった。だがそんな事はあんまり関係ない。それよりも夜の人間が引き上げて、昼間の人間が活動する前のこの時間が夏廉にとってはいちばん心休まる時間だった。

 以前はそうだったが、最近はこの時間はほとんどが冬耶の腕の中だった。彼の腕の中は気持ちがいい。なにも煩わされずに眠ることができる。静かに眠るなんてことはほとんど経験したことのなかった夏廉だが、冬耶に抱かれていると何も考えずにゆっくり休めた。


「それももうおしまいだな」

 始発を待つ、駅のホームの椅子でそう思う。なにも言わずに出てきたことが胸に痛い。だが暇がなかったのだ。書き置きくらいしたかったが、そんな事をしている暇に冬耶が起きてしまったら出てこられなくなる。

 夏廉には早くここから出なければならない理由がある。自分の事が街の中でばれかかっていること。そしてなにより、自分が冬耶に依存しすぎていること。

 誰かに寄りかかるのは心地いい。まして夏廉は子供の時ですらそんな事を経験していなかった。自分一人の力で生きてきた。誰にも頼らず。辛いとか淋しいなんて思う暇もなかった。

 食べることと、眠る場所を捜すこと、自分のことを隠すこと。そのことだけで毎日が精いっぱい。死んでしまえばどんなに楽かとずっと思ってきた。

「俺、なんで生きてきたんだろう?」

 考えてみれば不思議だった。死んだ方が楽だろうと思ってきたのに、死ぬことはなかった。もっとも死んでも構わないと思っているから、かなり無茶なこともしてきたのだが。

 今になってもう少し綺麗で居たかったと思うのは贅沢だろうか?冬耶の綺麗な心に触れていると、どうにも自分が汚いと思えてしまうことがある。自分が今までやってきたことを思い出して。自分を養っていくには誰かに自分を与えるのが一番楽だったのだ。

 施設を飛び出したのは子供の時。当然、まともなことでは独りで生きることなどできなかった。人より綺麗な容姿が幸いだったのか災いだったのか、夏廉を欲しいと思う人間は跡を絶たなかった。選り好みしなければ生きてくるのは簡単だった。

 自分はそういう人間だ。感情や快感をうまくコントロールすれば苦痛もなかった。こういう時は便利なもので、自分が苦痛なら相手の快感を利用すればいいだけで。

 だがそれは冬耶には通じない。むしろ冬耶に抱かれると心が痛み出す。体の快感とは別の場所に苦痛を感じる場所があることを夏廉は初めて知った。こんな汚れた自分を欲しがる冬耶が哀しかった。それを見ているのが辛かったという現実もある。

「頭イテ-」

 耶の側では感じない別の苦痛は彼から離れるとどんどん酷くなる。静かな街がせめてもの救いだったが、どうやら徐々に街も起きだしてきたらしい。酷くなる頭痛に思考も止まった頃、今日最初の電車がホームへと入ってきた。

 行き場所は決めていないが、もう少し西に昔住んでいた場所がある。別に思い出も何もないが、知らない場所をまた捜すのは今の自分にはかなり辛かった。体もそう自由になるとは思えない。冬耶のそばに居て薄れていたようだが、自分の状態はあんまり良くないようだった。

「ほんとはこのまま死んでもいいんだけどな」

 どう考えてもその方が簡単そうで、魅力的に思えた。だがこの街で死ぬわけにはいかない。もしも冬耶に知れたら悲しませる。死んでもいいが、死ぬ場所は選ばないと駄目だった。

 ここから遠い方がいい。入ってきた電車に乗り込んで空いた席に座りながら夏廉は思った。この電車が行き着いたら死ぬ場所を探してもいいな。少し楽になった頭痛に眠気を誘われながら、

(どうでもいいや)と夏廉は思った。


 冬耶は夏廉の姿を探した。やっと太陽が昇る。まだ朝の街は霞んでいた。着替えしかない鞄は軽くて、それでも焦る気持ちにはそれすら邪魔だった。

「落ち着け」

 冬耶は考えた。夏廉の体力では歩いて遠くになど行けない。やっぱり電車かな?

 それでもこの街の駅は巨大なターミナルだ。電車もバスも数え切れない。車も同じだ。だが冬耶に味方したのはまだそれらがほとんど動き出していないことだった。自分の足が向くままに歩き回り探す。以前、夏廉に初めて出会った翌日からこうやって普段ほとんど足を踏み入れない街の店を探した。

 どうしてそういうところに夏廉が居ると思ったのか自分でも分からない。でもそうやって探せば会えると思ったのだ。会えないなんて思いもしなかった。

 今もそうだ。これきりになんか絶対にならない。あの時のように夏廉のことだけ考えて歩いた。

 幸いなことに歩くことに集中しなくても空いている今は人にもぶつからない。ふと何かの予感に顔を上げると向かいのホームのベンチに夏廉が居た。思わず笑顔が零れる。

「やっぱりいた」

 叫びだしそうな気持ちを押さえて、反対のホームへ向かう。近くへよろうとして、冬耶は足を止めた。いま声をかけたら、また夏廉は逃げ出すかもしれない。

 慌てることはない。もう見つけたんだから。絶対に離れない。そう決めて夏廉に隠れるように遠い柱の影に立った。幸い、考え事でもしているのか気配に敏感な夏廉がこちらに気づいた様子はなかった。

「俺って天才?」

 あの夏廉を出し抜ける才能があったことを、子供のように喜びながら思う。

「おまえがどんなに嫌がっても、俺は絶対に離れない。おまえを一人になんかできないし、俺ももう一人は嫌なんだよ」

 人の気持ちを読める夏廉がどうして自分の孤独な気持ちは分かってくれないのか。その方が冬耶には不思議でならなかった。

 『恋は盲目』なのかもしれない。見えている目を見えなくするのが『恋』なのだ。だから本来見えるべき相手の気持ちが見えなくなっていることに夏廉は気づかない。冬耶は来た電車に乗り込む夏廉の姿を確認しながら隣の車両に乗った。

 当然空いている車内で遠くに夏廉の姿を認めるのはたやすかった。その疲れた姿を支えたい衝動を我慢して見守る。通勤範囲を超えて郊外に向かってかなりの距離を走る電車を夏廉は降りようとしなかった。

 やがて。

 地方都市の大きくも小さくもない駅で夏廉は降りた。そこは乗換駅でもあった。なにかあてでもあるのか夏廉は歩く。だがあたりを伺うような素振りに、この辺では土地勘がないのが分かる。

 このまま後をつけようかとも思ったが、冬耶も知らない土地のうえにそういつまでも夏廉に気づかれずに後をつけるのは無理だろう。撒かれてしまったりしても困る。だから決心して近づいた。

「かれん」

 驚いた顔で振り返った顔に、冬耶も驚くくらいに夏廉が本当に何も気づいてなかったことを知る。

「おまえ……なん……で」

 こんなに表情を変える夏廉を見るのも初めてなら、絶句して言葉も出せない彼を見るのも初めてだった。

「いったろ?絶対について行くって。おまえが黙って出て行くから俺も黙ってついてきた」

 当然のことのように言う冬耶に夏廉は混乱する。ぜんぜんわからなかった。そんな事あるはずがないのに。

「わからなかった」

「隠れてたもん」

「そうじゃない、隠れてたのがわからないなんて……そんなはず……」

 混乱したままの夏廉に

「神様のプレゼント」

 冬耶が言った。

「俺も気づかれると思ってた。だから逃げられるのが恐かったんだけど、おまえは気づかなかった。神様がきっと一緒に居るようにって言ってくれてるんだよ」

「呆れた」

 夏廉は冬耶の軽そうな鞄を見て呟いた。これではどう見ても本当に以前の生活を捨ててきてしまったようだ。

「なにを言ってもだめなんだろうな」

 もう分かっている答えをそれでも夏廉は尋ねる。

「無理だな、もう全部捨てちゃったし」

 せいせいしたように冬耶が答える。

「なんでお前はそうなんだよ、俺なんかといたっていいことなんかないのに」

「それは間違ってるな、お前と居ないといいことなんかひとつもないんだよ。俺に死ねっていうのか?」

 冗談めかしたその言葉に夏廉は固まった。

「ぁ、ごめん。無神経なこと言っちまった」

 冬耶は夏廉が話していた彼の体調のことを思い出して詫びた。

「そうじゃないんだ。俺、死ぬ場所探して……た」

 夏廉は冬耶の顔が見れなかった。きっと傷つけた。冬耶の心を読み取る勇気もない。固く心を閉ざした時、ふわっと暖かいものに包まれた。それは腕を伸ばして抱きしめてくれたからなのか、それとも冬耶の気持ちなのか。

「じゃ、予定変更だな。俺はもう少し生きて夏廉と一緒に居たいから」

 少しだけ高い位置から優しい声がした。冬耶は夏廉を抱きしめて安堵した。言葉にはしなかったが、神に感謝した。間に合ったことを。

「からだ、辛いのか?」

 心配そうに聞く冬耶に

「大丈夫だよ、お前がいてくれるなら大丈夫」

 そう言って夏廉は微笑んだ。

 (笑ってくれた)それだけで冬耶はすごく幸せな気持ちになる。

「どこへ行こうか?」

 だが二人の気持ちは同じだった。

「どこでもいい」

 二人でいられるなら、どんなところでも。今日から二人で生きていくのだから




  - 完 -

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