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MIND GAME -心の扉-  作者: 紫逢瑠依
[第三部]黎明編
11/18

星空の章

僕たちはどこまで行くのだろうか


どこから来たのかすら定かでなく


時間ですら意識の底で


それでも僕は君と居るだろう


時間も場所も


この世の全てが君だから


君の横顔を見つめる為だけに僕はいる――――







 海からの強い風が吹いている。よく晴れて暖かい日だが、それでも冬の海は寒い。そして波は高く、その音は周りのすべての音を消してゆく……

 そっと目を閉じる。

 このまますべてが「無」に帰ったら……そんな思いがふとよぎった。足下の砂をさらってゆく波が自分までさらっていけば、此処にはもう何も残らないのだろうか?それはいっそのこと潔いような気がした。

 ひょっとして後何歩か前に出れば、その望みは簡単に叶えられる気がして今の彼には魅力的な誘惑のような気がした。動こうか、動くまいか、もう一度瞳を閉じたとき、力強い腕が後ろから引き寄せた。

「何やってんの?寒いよ、ジャケットも着ないで。体が冷えてる。早く帰ろう?」

 引き寄せられて胸に抱き込まれたスピードよりも遅く夏廉かれんは現実に帰った。ゆっくりと開いた目に映るのは見慣れた、誰よりも愛しい横顔。

「あぁ」

 それだけを呟いて促されるまま肩を抱かれ、少し小高くなっている砂浜をのぼった。自分たちが安らぐ場所が、その登り切った場所に建っていた。

 冬耶が作った夕食を終える頃、外は星空になっていた。

「さっきはあそこで何考えてたの?」

 声の調子に気を付けながら冬耶とうやはそっと尋ねたけれど、ソファーに座ったまま外に気を取られている相手には聞こえないらしい。何が見えているのか、外は綺麗な星空でも、明かりのついた部屋からでは窓には何も映らない。

 それなのに、窓から目を離さない瞳。小さなため息を付いて、冬耶は部屋の明かりを消した。とたんに窓の向こうに広がる星空。都会とは違う、『降るような』星空だった。

「きれいだな」

 そう言って、冬耶は夏廉が座っている一人掛けのソファーの足元に座った。 低い位置から夏廉の顔を見上げると、彼は動かないガラス玉のような瞳を外に向けていた。いったい何を考えているのか?

 ここに来てからの彼は、初めてあった頃のようにまた無口な彼に戻っていた。前に暮らしたときは、皮肉を言ったり、たまには喧嘩腰に冬耶を責めたり、そんな風に少しずつ二人の距離が近くなっていた、そんな気がしていたのに。

 あの日から、夏廉はまた自分の中に閉じこもってしまった。思ったことを口に出してくれることも、ほんの少し微笑んでくれることも滅多にない。今日の昼間のように、冬耶の存在すら忘れてしまったかのように。

 夏廉の心は─────。

 時々冬耶は置き去りにされたような寂しさを感じる。

 冬耶は夏廉の膝に頭をのせた。同じように顔は外の星空を見上げて、しばしその美しさに見入った。寂しいけれど、大事な人を責めるようなことは言いたくない、追いつめるようなことはしたくなかった。

「寒くない?」

 顔を伏せたまま問いかけると、返事の代わりに愛しい人の長い指が冬耶の髪を梳いた。夏廉が好きな冬耶の真っ直ぐな長い髪は、前よりも少し短くカットされていた。黙って切ってしまったとき、

「切ったの?」

 いつも伸びすぎたね、と言っていたくせに短い問いかけはその時、残念そうな意外そうな声を出していた。

「髪なんてすぐ伸びるよ」

 冬耶の言い訳に夏廉は黙って頷いていた。

 潮騒の音が耳に届く。どこまでも続く綺麗な星空の下には、見えないけれど同じ夜に溶けた荒々しい冬の海が同じくどこまでも続いているはずだった。

「連れていかないでくれ……」

 誰にともなく冬耶は呟いた。


 二人が此処へやってきたのはひと月前だった。南へ向かう列車に乗ったときには行く当てもなかった。

 あの街であの男に出会ったこと、あの男にしてしまったこと。何も確かめずにあの街を飛び出した。だからその後どうだったのか、実は二人とも知らない。

 何でもなくあの男は生きているのか?大怪我だったのか?それとも?……新聞に載ったのだろうか?二人は調べようともしなかった。現実を知るのが怖いような気がした。

 都会以外に住んだことのない二人だったが、南へ行こうと冬耶が誘ったら、海の近くがいいと夏廉が言い出した。そのまま陸路で行けるだけ南を目指してこの町に着いた。この土地を何も知らないはずの夏廉はこの海岸を目指してどんどん歩いてきて、そしてこの家を見つけた。

 空き家らしかった。そんなに新しくはなかったが、それなりの広さがあった。広いテラスもあって、何よりすぐ目の前が海岸だった。誰かの別荘だったのか、それとも今は留守なのか?ひと気がないことは確かだった。

「ここがいい」

「ここがいいって……」

 夏廉の言葉に冬耶はとまどう。

「ここに住む」

 どんどん敷地に入っていく夏廉を追って 冬耶も付いていく。

「どうするつもりだよ、誰か居たらどーすんだよ」

 冬耶の言葉に

「誰もいねーよ」

 そう言った夏廉は鍵のかかっていたドアをいじり始めた。そんなはずはないと思ったのだが、鍵は開いた。物言いたげな冬耶の顔を見て、

「俺、いろんなことしたからさ、こういういけないことも出来ちゃうの」

 あっさりとそう言われた。泥棒までしたことあんのかよ、夏廉の過去を知らない冬耶はため息で答えた。

「それにしても、持ち主が来たらどうすんだよ」

 部屋を見回して冬耶が言うと、

「居ないんだよ」

「へっ?」

「いないの、もう居なくなってる。死んだらしい」

「なんでそんなこと」

 そう言いかけて思い出した。ここへ来る途中に地元の人間らしき人にあった。その時夏廉にしては珍しく笑顔で見知らぬ人に挨拶をしたのだ。冬耶が呆気にとられるほど、愛想のいい笑顔だった。その時にこの家の事を夏廉は確かに口にした。

『この家に用があると』

「もしかして!?」

「そう、俺がこの家に来るって言うと浮かんだんだよ、『この家の主は死んでしまったのに親戚の人かしら?』ってね、つまりこの家はずっと空き家なのさ。俺たちが使って何が悪い」

「何が悪いって、悪いんじゃないの?」

 犯罪だろう、と言いかけてやめた。夏廉が今までやってきた中では、このくらいは何でもないのかも知れない。つまり自分の能力を使って、この家のことを探ったわけだ。

 そしてもう何年もこの家に関わる人間が居ないことを確かめたってわけだ。 たったそれだけで、この家は結局夏廉と冬耶の住まいになった。

 夏廉がここを気に入ったわけはもう一つ。隣家が近くになかったことだった。隣の家……そう呼ぶとしたら、まではかなりの距離があった。海のそばにぽつんと、このけして小さくはない家は建っていた。

 まぁいいか、どうせ行くところはないのだし、慣れない冬耶が思い悩むよりも、こういうことは夏廉に任せるに限った。

 二人はせっせと、この家を二人の住みやすいようにかえていった。住むところさえあれば、後はどうにかなる。とりあえず、息を付ける場所にたどり着いたのだから。

 最初の一週間は住まいを整えるのに費やした。長いこと空き家だったので、それなりに大変だった。

 だから冬耶が気づいたのはその後だった。気が付けば、夏廉は笑わなくなっていた。会話も初めてあったときのように、冬耶の言葉に否定か肯定を返すだけ。

 理由を問いたかったが、何となく解る気がした。あの街のあの男の事を気にしているのだ。冬耶の心は夏廉には解るはずだから、それでも何も言ってくれないのは言いたくないからだろう。そう思うと、冬耶は自分からは何も聞けなかった。

 夏廉が自分の心をいつでも覗けると思うと、自分の気持ちなんてお見通しなんだろうと思ってしまう。そうするとわざわざ言葉に出して問いかけるのもためらわれる。何も嫌な思いをさせなくても……そう思うと何も聞けない、でも夏廉は冬耶に何も言ってはくれなかった。

 冬耶の心の中に重い物がどんどん溜まっていった。それを吐き出したくてもどうすればいいのかわからなかった。夏廉はますます無口になって、今の冬耶には夏廉の気持ちが分からない。

 あのことがあって、二人の関係も微妙に変化してしまった。傷ついているなら、癒してあげたい。その思いを半分引き取って苦しんでやりたかった。

 なのに、夏廉は最近前のように自分の気持ちを冬耶に見せなくなってしまった。自分の気持ちにはしっかり鍵をかけたままだった。夏廉の気持ちは果てしなく遠いような気が冬耶にはしていた。

「何処かへ行ってしまう」

 夏廉が冬耶をおいて何処かに行ってしまう気がして、どうしても落ち着けなかった。体がここにいても、気持ちがここにいない。初めて会ったときから、どれくらいの時間がたっただろう。ずいぶん長い時間が過ぎた気がするのに、自分と夏廉の距離はけっきょく何も変わっていない気がした。

 自分は彼のことを、相変わらず何も知らなかった。それが不満なのではない、目の前の彼だけでいいと思う。ただ、不安なのだ。相手が何を考えているか解らないのはたまらなく不安だった。

 そして寂しかった。夏廉が海岸に出ている間、冬耶は膝を抱えていることが多くなった。独りで考えていると、なぜだか涙が止まらなくなってしまう。これでは守ってやることなんて出来ない。今は自分の気持ちさえ持て余しているのに。

 自分は何のためにここに居るんだろう?夏廉にはいつか自分なんて要らない日が来るんだろうか?

 今だって─────明かりを落とした部屋で冬耶の頭を膝に抱えたまま夏廉は身動き一つしなかった。何を考えているのか?

 星空を見つめて冬耶は思った。自分に何が出来るのだろう?何度となく考えても答えは見つからない。

 そのたびに不安ばかりが大きく、心に暗く大きな穴を開けてゆく。夏廉には話せなかった、こんなに弱い自分なんて知られるのも嫌だった。でもきっと、わかってしまっている。それがまた冬耶を傷つけた。夏廉には何でもわかるのに、自分は何もわからない。冬耶は二人で居ることの意味さえ見失い始めていた。

「わからない」

 夏廉の膝にもたれて冬耶は、でも夏廉の前でだけは泣くまいと思った。




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