都会の夜
初出 2001年
─────かなり昔の作品であり、初期に書いたものなので稚拙さはお恥ずかしいのですが、おかげさまで作品やキャラのファンの方もいらっしゃるのでこのまま掲載させていただきます。
夜も眠らない都会のネオンの下。
華やかな通りと、背中合わせにひとつ路地を入れば、慣れない人間にはとても危険な街がある。 特に、比較的若者が集まる街はその危険度も大きい。
その裏の路地で、不穏な陰が四つ、五つ。 この街では、そんなことも珍しくもない。 一人の人間を、囲んでいる影。 仲間割れなのか、通りすがりのものを脅しているのか、声を荒げている人間は当然だが余り品がいいとは言えないタイプだ。
もっとも昼間はとにかく、こんな夜中に近い時間にこんな所にいるのはどうせろくな人間ではない。 羽目を外した酔っぱらいか、社会からはずれた人間と相場は決まっている。
そして珍しくもないそんな光景に引き寄せられたことを、冬耶はあとになって考える。
あの時、あれは彼が呼んだのだと。 皮肉な顔で「違う」と言われたが、冬耶は間違いなく引き寄せられるようにそこへ近付いたのだから。
雨が降り出していた。
雨と暗がりのせいでよくは見えなかったが、一人を四人の男が囲んでいる。 関わり合うのが面倒なのがわかっているのに、声をかけた
「なにやってる!?」
凶暴な顔をした男達が振り向く、どうせ酔っぱらいに違いない。 だが、クスリとかやってるんだったら、ちょっと危険だ。 さすがに、声をかけたことを後悔する。
「なんだ、テメーは!」
やはり余り品のいい言葉ではない言葉が返る。まぁ冬耶自身も別に品のいい人間ではないが。
暗がりでよくは見えないが囲まれていた人間は一応女ではないようだ。 すると単なる喧嘩か?
その時、絡まれていたらしい人影が声を出す。
「こいつらは、俺とヤリたいんだってよ、四人でなら何とかなるから俺を引きずってでも連れていこうとしてる。あっちの通りにこいつらの車があるから、そこまで連れて行けば何とかなると思ってる」
少し掠れた低い声は間違いなく男の声だった。 落ち着いた……と言うよりも何だか地を這うようなその声は、妙に今ここにある空気とは不似合いで他人事のように聞こえる。 冬耶は声の主をもっとよく見たいと思ったが、明かりが遠くてよくは見えない。
だがそんなことを思う間に、周りの男達の空気が一変した。
「何でそんなこと、知ってるんだっ!!」
「だから言ったろっ、コイツは気持ち悪いヤツだって」
「そんなもん、テキトーに言ったに決まってるだろっ!」
その時、わけのわからないことを喚いている男達の一人の首を、絡まれていた男が抱き寄せた。相手の耳元に口を寄せて何か呟いたそのとたん、急に何か訳の分からないヒィーというような悲鳴を残して男は逃げ出してしまった。
その叫び声に不安になったのか他の男達も逃げた男の後を追い、急に走り去る。 冬耶には何だかよくわからない。
「なんだ?あいつら」
冬耶は振り返り呟いた。とにかく、何事もなかったらしい。残された冬耶は、もう一人残された男に向き直った。 男が少し前に歩み寄ると、表通りから差すネオンの明かりが顔に届いた。
お、とこ、だよなぁ……思わず心の中で呟いた。
さっき、声を聞いている。 間違いなく男だった、だが……まてよ。 ヤリたい……とか言ってなかったか? 一瞬混乱して、冬耶の動きも止まった。
すかさず不機嫌な声が飛んできた。
「なに見てやがる、オメーもあいつらと同じか?」
酷く不機嫌な声。
何のことだかわからない。
だいたい助けてやろうと思ったのになぜそんな態度をされるのかもわからない。
そのとき、いきなりその男の顔が近づいた。そのあまりに整っている顔に驚いて思わずじっと見てしまった。そしていきなり答えが見つかる。
そういうことか……だが冬耶にはそんな趣味はない。だからピンと来なかったが、世の中にはいろんな趣味の人間が居る。特にこの辺にいる奴らなら不思議はないかも知れない。
「悪いけど俺、そんな趣味はないぜ?」
冬耶はそうは言ったものの、狙われるのはわかる気がした。男にしては少し線が細い。冬耶よりもひとまわり小さいその男は、とても綺麗な顔をしていてその声を聞いてなければ、女だと思っただろう。
彼はいきなり冬耶に近づき冬耶の言葉を聞いて「フン!」と鼻で笑ったが、その次の瞬間、表情を変えた。冬耶の目の前に挑発するように付きだした顔には、薄い色をして吸い込まれそうなほど大きな瞳があった。綺麗で大きな瞳、吸い込まれそうだと思った。
「なに?」
冬耶の声には答えずに彼は急に離れ、そのまま何事もなかったように通りに向かって歩き出す。冬耶は呆気にとられたが、すぐにあとを追った。だが路地を出てみたらもう彼の姿はなかった。
事情はともかく、名前も聞かなかったことに冬耶は少し後悔した。 なぜ?と聞かれればわからないが、もう少し話してみたかった。そんな気がしたのである。
何の予定もない夜の時間を、冬耶はその店で潰していた。
大きくも小さくもない店、そのクラブの中はそれでも混んでいた。 こんなに人が集まっているのに、誰もが他人というのも何だか可笑しい気がする。
都会というのは面白い。
人が溢れていても一人になりたい人間には都合がいい街だ。ぶつかりそうなほど近くにいても誰も自分のことを知らない。それはかえって楽なことだった。
もちろん冬耶に声をかけてくるヤツもいる、男も女もだ。冬耶は人目を引く容姿をしていた、よく芸能人と間違われる。派手なように見えるらしく、そっち系の仕事をしているのかと……だがそうではない。
冬耶は一流の会社に勤めている。そこそこの一流大学を出て一流企業に就職した。友人に羨ましがられる暮らしだ。
だが自分にとってそれは余り意味がない。大学に入れたから入った。無理に勉強した覚えもないし、会社もそこに入れたから入った。どうしてもそこがよかったわけではない。
容姿も学歴も完璧。人からエリートと呼ばれるレールにいれば、周りからの羨望も感じた。だが冬耶自身にはそれらに対して全く価値が見いだせないだけだ。
自分にその気があれば、当然女にも不自由はしなかった。 ただそれも余り興味がないだけだ。友人になりたがる男、恋人になりたがる女。
だが何に対しても、自分が引かれるものはない。出来れば自分を放っておいて欲しかった。
なのになぜこんな所にいるのか?真っ直ぐ帰るつもりだったのになぜか足が勝手にここへ向いていた。
何気なく目を彷徨わせた冬耶は、その答えを見つけて近寄った。 やっと見つけた……
「ねぇ……俺のこと呼んだでしょう?」
カウンターで声をかけたとたんに、振り向いたその目は相変わらずキツイ表情をしていた。
「おまえっ!」
「やっぱりそうだ」
とても嬉しくて、人懐っこい笑みを浮かべて話しかけてしまう。
「何しに来た?」
「べつに? 何となく来たらあんたが居た」
それは本当だ。
一週間前に会ったときから気になっていた。でも夜の街を歩いても出会うこともなく、もう二度と会うこともないのかと思った矢先だったのだ。
「アンタが俺を呼ぶんだよ」
綺麗な彼の顔がちょっと歪んだ、そしてすぐに能面のような顔になりすかさず答える。
「バカじゃねーの?おまえなんか呼ぶわけねーだろ」
「そう? でもこの間も今日も俺、自然とアンタのとこへ来ちゃったんだよ」
なんでだろう?不思議だった。少なくとも冬耶は本気でそう思っていた。
「オマエ、もしかして……」
「え、なに?」
「いや……なんでもない」
言いかけた言葉を、まさか?と言う表情をして引っ込めた彼に冬耶は聞いた。
「ね、名前は? 俺は冬耶……」
何で?と言う顔をされたが冬耶の邪気のない顔を見て諦めたように相手は答えた。
「レ、ン」
正面を向いたまま冬耶の顔も見ずに彼は答えた。
「ふーん、ねぇ」
そこから先は冬耶が一人で話し続けた。
この間、名前も聞かずに別れてしまってかなり後悔したこと。出来ればもう一度会いたいと思っていたこと。
「なんでだよ?」
そう彼が言い返したとたんにその顔をしかめる。どうしたんだろう?と思っていると、
「お……れ、帰るから」
急にそう言って立ち上がった彼のあとを冬耶は追う。
「ちょっと待てよ」
あと少しで出口という狭い通路に来たとき、急に彼の身体が崩れた。
「れ……ん?どうした!?」
冬耶が支えたが驚くくらい顔色が悪く、身体が震えていた。
「大丈夫か?」
「あ……たま……痛い……」
「医者、救急車がいいか?待ってろ!」
そう言った冬耶の腕をもの凄い力でレンが掴んで答えが返った。
「だめ……医者はだめなんだ」
「だって」
「医者は……嫌だ……」
そう言ったきりもうその身体は意識を失ったのかその口からは言葉も出なかった。