第9話
窓一つない部屋。ここでは当たり前の白を基調として、トイレと簡素なシャワーのみが取り付けられている。
ここに閉じ込められてからどのくらい経ったのだろう。子供たちみんないなくなって、ひとりぼっち。何をすることもなく、膝を抱えてただ宙を見つめてここにいるだけだ。食事は毎回運ばれてくる。私がここから出るのは実験の時だけ。
最近は実験のせいか、痛いという感覚がわからなくなった。痛いとは辛い事なのか、悲しい事なのかわからない。どうせ、怪我したところですぐに治る。危機感なんて感じない。だから、涙なんてものは出なくなった。
死ねない体。死ぬことを許されない体。
お腹を潰す実験。腕を取る実験。足を取る実験。首を取る実験。燃やす実験。凍らせる実験。毒を食べる実験。水に沈む実験。数々の実験を行ってわかった。
私にはもうどうする事もできない。ずっとこの場所で私は生き続ける。生きる気力も無いままに。
部屋に一つしかないドアが開いた。食事の時間でもないから実験なのだろう。
「ィイイッヤホオゥ!! 元気にしているかな! 1328番君!」
場違いなほどに大きな声を上げて誰かが入ってきた。
無気力な目を向けると、そこにはいつもの白い服を着た大人ではなく、ぼさぼさの髪の毛が普通ならありえない緑色のハクジンの男が堂々と突っ立っていた。服こそ、白い服を着ているが薄汚れている。
「ン~、どうした? 具合が悪いのかい?」
頭を横に振って答える。
「なら、ぼーっとせずに返事くらいしたらどうだい?」
声を出す気にもならず、言われた事など気にせずにその男を眺めた。「まいったな」と言いながら、男は頭をかいて私の目の前で腰を降ろした。
「ふむ、では別のアプローチをしよう」
そう言いながら、薄汚れた白衣の中を弄って、ある物を取り出した。取り出した物に私は少し目を見開いた。私のウエストポーチ。男はその様子をニヤニヤして見ていたので、私はすぐにそっぽを向いた。
「むふふ、欲しいかい?」
「……いらない」
男の思い通りになるのが嫌で、本当は欲しいけれど気にしていないという態度を取った。男はそんな事を気にもせずにウエストポーチに手を入れて、中に入っている物を取り出していった。
「ふっふーん♪ ん? タバコはいけない。肺がんになってしまうぞ」
言っているにもかかわらず、男はタバコを取り出して火をつけた。私に見せつけているのだろうか。いや、見せつけているに違いない。「ん~数ヶ月放っておいた事はある」などと意味のわからない感想までつけて。
それから男はあの拳銃を取り出した。タバコ以外にはそれぐらいしか入っていないのだから当然のことであるけれど。男は拳銃を私の前でぷらぷらとさせる。
「欲しくないのかい?」
欲しくないといえば嘘になる。欲しい事には欲しい。だけど、もうその拳銃を持つ意味はなくなってしまった。私はその拳銃に応える事など出来なくなってしまった。
「この銃はやけに古いね? 昔から使ってた?」
膝に顔を埋めて、答えなかった。答える必要も感じなかったし、この男に付き合う気もなかった。
「でも、君が使うくらいじゃこれほど古くならないか。となると、親の形見とか?」
いろいろと話しかけてくるが全てに無視を決め込む。
「反応からして違うか。じゃあ、少年兵の間で受け継いでいたのかい?」
男が言った事が当たっていて、思わずぴくりと体を動かしてしまった。男はそれを見て「ふむ」と頷く。
「なるほどね。これはそういうものか。一体何人の子供がこの銃を握ったんだろうね」
「……知らない」
顔を埋めたままの抵抗であった。このままでは負けた気がして黙っていられなかった。
確かに、この拳銃は私たち少年兵が受け継いできたものだ。私が初めてその拳銃を見た時、直感で確信した。これはそういうものなんだと。だから、私は受け継いだ。受け継げば、必ず次に引き継がせることになるから。しかも、その拳銃の歴史の一部にもなれるのだから。
私もその一部になるはずだったのに。
「君の事は逐一報告を受けている。聞いた感じから、君が何を望んでいるかもだいたい想像できる」
お前に私の何がわかるんだと言ってやりたかった。
「だからこそ、君に言っておきたい事がある」
男の声が真面目なものへと変わる。男が一呼吸して、一拍おいて言った。
「君を死なない体にしたのはこの僕だ」