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『私はあなたが嫌い』  作者: Tone
本編
8/54

第8話

 なんてことはなかった。


 全てが夢だった。夢でしかなかったのだ。都合のいい現実なんてなかったんだ。ここで暮らせば、いつか幸せになれるなんて。淡い希望を抱いてしまうなんて。


「もしかしたら、これで最後になるかもしれない。何か言い残す事はあるか?」


 私に銃を向けて、スーツを着た男はいつもと変わらない口調で言った。


 いつもとは違う部屋。今まで入ったことのない部屋。スーツの男と白い服を着た大人たち。私の周りに転がるのは丸々とした肉の塊。血を噴き出しながら、うねり肥大し続ける塊。子供たちの成れの果て。


 銃で撃たれたと思ったら、弾を受けた場所から肉が盛り上がって子供たちは呑まれていった。子供たちの体を、泣き声を、叫び声を全て呑み込んだ。一体何が起こったのかは理解出来なかった。スーツの男と共にいる白い服を着た大人たちはそれが起こるたびに落胆しているようではあった。


 残るは私だけ。自分の中に残ったのは虚無感。あの拳銃を受け継いでくれる子がいなくなった。いや、最近は受け継がせるのは嫌だった。本当に子供たちは幸せそうな顔をしていたから。私の我侭に、あの拳銃に付き合わせるのは申し訳なかった。だから、拳銃のことは自分だけのことにしようと思っていた。


 じゃあ、今感じている虚無感は?


「何もないのか?」


「…………二ヶ月の間、ここで過ごさせてくれて、子供たちを笑顔にしてくれて……ありがとう、ございます」


「……それでいいんだな?」


 私はこくりと頷いた。初めてスーツの男に少しだけ動揺の表情が見られた。


 男の引き鉄にかける指に力が入るのがわかる。それを見ても恐怖を感じない。虚無が私を支配している。


 タァーン!


 命を奪う音にしては、とても軽い音が響き渡った。放たれた弾丸は私の胸を、心臓を貫いた。


 撃たれた衝撃で後ろへと倒れ掛かる。一瞬の出来事なのに、やたらと遅く感じた。銃弾が私の胸から入り、心臓を貫いて背中から外に出るのをはっきりと感覚した。そこで生まれた充足感によって、やっとわかった。


 あぁ、これは虚無感じゃない。


 銃弾が貫いた衝撃で、心臓が内から外へと弾け飛んだ。視界に弾け飛んだ自分の血が映った。ゆっくりと流れる時間の中で、血液一粒一粒が見てとれた。倒れながら自然と頬が弛む。


 これは……これが安心感だ。


 ついに辿り着けた。この安心感に比べたら、恐怖なんて ちっぽけなものだ。これでいいんだ。結局、自分は自分の ことしか考えていなかったかもしれない。子供たちが幸せとか笑顔であるとかはどうでもよかったと思えてしまう。自分があの暮らしの中で 幸せになるなんて幻想を抱くほどに勘違いするとは馬鹿らしい。私が望む事は昔からただ一つだけだったじゃないか。それが今この瞬間に叶うんだ。これで自分の望む結末に ──。


 そのまま私は地面に背中を打ちつけた。






 体から血が抜けていった。血の温かさが背中全体へと伝わっていく。


 ぐちょりと音が鳴った。


 ぐしゅッ。


 体の中で自分の肉が不規則に動くのを感じ取った。私もあの子たちと同じように肉の塊になるのだろう。貫かれた胸から何かが膨らむのがわかる。自分の意志と関係なく動く肉が内から外へと動いて──止まった。


 その場を静寂が包んだ。誰もがその一瞬息を止めた。私が自分の撃たれた胸を触ると、人々の歓声が沸き上がった。歓声を無視して、私は胸を触った手を見る。手には赤い血がべっとりとついていた。それなのに──。


 ──死んでいない?


「……なに、これ?」


 体を起こして撃たれた箇所を何度も触って確かめるが、傷がきれいさっぱり無くなっていた。頭が追いつかない。どうして死んでいないのか。どうして傷が無いのか。


 一滴の涙が頬を伝って、自分がつくった血だまりに落ちた。


 こんなこと望んでない。


 一滴落ちると、もう止まらなかった。涙があふれて、次々と落ちていった。


 カチャリと音が聞こえた。顔を上げるとスーツの男が私の頭に銃口を向けていた。王子様に見えた。私を救ってくれる王子様に。私はそれが嬉しくて微笑んだ。


「はやく……、ねぇ」


 口が勝手に動いていた。自分の願望を吐き出していた。男の指が動くのを今か今かと待ちわびた。恋焦がれた。


 男の目は揺るがない。先ほど見せた動揺もなく、ただ無表情に私を見下ろしていた。


 二度目の銃声が響いた。


 弾丸は私の頭を吹き飛ばした。その瞬間、私の視界は真っ暗になった。何も聞こえなくなった。これで終わる。体に力が入らない。何も考えられない。苦しいとか痛いとかもわからない。自分が暗闇へと溶け込んでいく。これが死。私が望んだもの。やっと手に入れた。


 と思ったのに、どうしてまた目に光が入るのだろうか。どうして耳に人の歓声が入るのだろうか。頭を撃ったじゃないか。人は頭を撃たれたら死ぬはずだ。少なくとも私が撃ってきた人は死んだ。それなのに私は死んでいない。私は人じゃないのか。わからない、何がどうなっているかわからない。


 スーツの男の姿勢は変わっていない。撃たれてから数秒、数十秒しか経ってない? 心臓と同じようにまた戻ったのか?


 心臓を撃たれても死ねない。頭を撃たれても死ねない。それが重くのしかかってきた。逃げられない。私はこれからずっとこの世界から逃げることが出来ない。


 何で私がこんな目に遭わなければならないの?


「──っうぇ、ぐ。っひぐ」


 血まみれの自分の顔を血のついた手で覆う。辛くて、悲しくて耐えられない。周りでは大きな歓声が上がっていた。白い服を着た大人たちは嬉しそうに声を上げていた。スーツの男は何も変わらず、泣く私を見ている。


「うぁ、ぁあ──あぁあぁああ゛あ゛」


 泣き声と歓声。二つが部屋の中で響き合い、まるで一つの音楽のように部屋を満たしていった。


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