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『私はあなたが嫌い』  作者: Tone
本編
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第7話

 小奇麗な姿となって、私たち全員は大きなテーブルについていた。


「どうしたんですか? 早く食べなさい」


 食事を配り終えたコクジンが言う。目の前に置かれた、今まで見たことないような豪勢な食事に私たちは固まっていた。


 どうしてこんなことになっているのだろうと思う。この建物に入って、最初に連れて行かれたのはシャワールームと呼ばれる所だった。そこで身包み全部剥がされて、無理やりに体を洗われた。その後、最初に来ていたのとは別の淡青色をした服を渡されて着替えさせられた。その時、ウエストポーチが返ってこなくて不満に思ったが、それを言えるわけもなかった。


 次に行かされた場所も真っ白な部屋で、そこで体重を量ったり、身長を測ったりして、いろいろな機械に通された。注射を刺された時は思わず泣きそうになったけど、子供たちも見ていたので必死に堪えた。


 それが終わり、連れて来られたのが今いる場所だ。ここに来るまでに見た部屋より広くて、いろいろなものが置いてあった。それが何かははっきりとはわからないけど、たぶん遊ぶものだと思う。


 それからテーブルに座らされて、今の状況に至る。目の前に広がる焼いた鶏肉に何かソースをかけたものと澄んだ黄金色をしているスープに野菜のサラダ、そして確かハクジンたちがパンとか言っていた丸いもの。本当に食べてもいいのだろうかと食事に向いていた目をどうにかコクジンの方に向けた。


「早く食べなさい」


 食事を持ってきたコクジンは憮然として言う。私が子供たちに視線を向けると、子供たちは全員私を見ていた。子供たちは私が食べるまで食べないようだ。私は意を決して、食事に手をつけた。パクリとフォークを使って鶏肉を食べる。


「おいしい……」


 食べたことない味ではあったけど、おいしいという事だけはわかった。私が食べたのを見て、子供たちも恐る恐る手をつけて食べた後、食事のおいしさにパクパクと用意された食事を食べていった。


 食事を食べ終えた後、あのスーツの男が部屋に入って来た。子供たちは食事をしたことで完全に安心しきっていた。私はといえば、どうして私たちを買った者がこんなことをするのか不信感が拭えなかった。この者たちを信用すればいいのかどうかわからなかった。


 スーツの男が一つ咳をして言った。


「食事もして満腹になったことだろう。君たちにはここで生活をしてもらう。もう戦う必要も、飢えることもない。安心してここで暮らして欲しい」


 私たちはその言葉に頷く。拒否権などありはしない。スーツの男は私たちが頷くのを見て早々と立ち去った。


 あまりの待遇の良さに、何かあるんではないかと不信感は拭えないが、今はこれで良いと思った。子供たちが笑顔になったから。今までの生活では滅多に笑顔にならなかった子供たちが笑ったのだ。それが心から嬉しかった。


 私がこんな気持ちを抱くことになるなんて思いもしなかった。小さい頃なんて他人なんてどうでもいいとも思っていたのに、一番年上になり、まとめる立場となって、子供たちの面倒を見るようになってから少しだけ変わったのかもしれない。私らしくないと思う。だけど、今の自分も嫌いじゃなかった。





 二ヶ月。ここに来てから経った時間だ。


 何をするわけでもなく、何をされるわけでもなく、淡々と過ごしている。食事をして、遊んで、ぐっすりと寝る。そんな今までにない非日常の中で私たちは生きていた。


 何もしなくても生きていけるこの生活でやることといえば健康診断ぐらいだ。毎回注射をするのでやりたくはないのだが、これは絶対らしく無理やりにでもさせられる。健康診断以外では、自由に遊んだりすることができる。いろいろと遊ぶものは用意されていて子供たちも楽しく遊べる。


 子供たちもやせ細っていたのに、ここで過ごし始めてから健康的な体型になっていった。今ではお金がある所の子供と大差ないぐらいだ。


 ここに来れて良かったのかなと思えた。不満があるとしたら、ただ一つ。ウエストポーチが戻ってこない。簡単に言えばあの拳銃が返ってこない。でも、このままここで暮らせるのならば、拳銃はいらないと思えるかもしれない。少しだけ明るい未来を想像した。私があの拳銃を持たない未来。持たなくてもいいと思える未来。それが出来たのなら、拳銃の役割はなくなる。いや、あの拳銃の一つの終点になる。あの拳銃が続けてきた歴史の終わりだ。私が最後の持ち主になれるということは少しだけ誇らしいような寂しいような不思議な気持ちになる。


 ここに来て当たり前となったガムを取り出して口に入れる。タバコを吸いたいと言ったら、代わりにガムを渡されて禁煙をするように言われてしまった。何を言っても取り合って貰えず、結局禁煙をすることになった。くちゃくちゃとガムを噛みながら、食事兼遊び場の部屋を眺める。


 ボールで遊ぶ男の子に、お人形で遊ぶ女の子。好きなように走り回り、自由におもちゃを使って遊んでいる。もうご飯のために銃を使い人を殺さなくていいし、飢えに苦しまなくてもいい。


 ここに来て良かったと思う反面、この光景が夢のように思えてしまう。これは現実ではないのではないかと。実は夢を見ているだけなのではないかと。


 子供たちの笑顔が、そして自分の笑顔が全て夢のように感じてしまう。地面に足がついていないような、ふわふわとした感覚に包まれているように感じる。


 銃が欲しい。


 そう思ってしまった。ふわふわと浮いた感覚を地につけるために。


 思ってしまった時点で先ほど考えた未来なんて到底来るはずもない。これが私の限界だ。


「お姉ちゃん、一緒にあそぼ?」


 人形を片手に女の子が私の服の裾をを掴んで言った。女の子の表情は二ヶ月前まで銃を担いでいたとは思えないほどに温かい。ずきんと胸が痛んだ。この子と同じようにここで過ごしたはずなのに、こうまで違う。どうして私はこうなれない。


「あそばないの?」


 人を殺した経験があるとは思えない純粋な目で女の子は私を見る。


「すぐに行くから、先に行っててね」


 どうにか笑顔を作って、女の子を先に行かせる。胸に積もる不純な思い。嫉妬だ。私は子供たちに嫉妬している。こんなにも純粋になれる子供たちに。


 漏れ出てしまいそうな気持ちを抑えるように大きく息を吸い込んだ。私もあんなふうになれるだろうか。ここで暮らし続ければ、いつの日か私も純粋に幸せを感じることができるだろうか。いつの日か自分を好きになれるだろうか──。


 いつかなれたらいいなという想いを乗せて静かに息を吐き、子供たちのいる場所に向かった。


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