第3話
顔に衝撃が伝わって、目を覚ました。数秒して私は殴られたのだと気づいた。
意識を失ってから、どのくらいの時間が経ったのだろうか? 数秒? 数分? 数十分?
目を開けた時の視界の狭さから、大分時間が経っているのだろうと思った。視界の狭さから、顔が腫れているのがわかった。いつの間にか私は裸になっていた。意識を失っている間に服を脱がしたのだろう。体の節々が痛い。もしかしたら、ずっと殴られていたのかもしれない。そうだとすると、今以前に目を覚ました事もあったのかもしれない。だけど、はっきりと覚えていない。
男は相も変わらず私の上に乗っかっている。変わった事といえば男が激しく動いているという事だけ。それを私はまるで他人事のように眺めた。それが自分の処世術だった。いや、違う。ここに生きる子供たち大半の処世術だった。これができない子供は死ぬか、もしくはこれを楽しいと思うかであった。でも、自分に降りかかる事を、自分がする事を楽しいと思う子供は長生きしなかった。戦闘では前に出て撃たれ、薬を吸いすぎて、発狂して高い所から飛び降りたり、自分に銃を向けて撃ったりして死んだ。
口元を拭うと手に赤い泡がついていた。口内を切ったのだろう。男に視線を向けると、とても気持ち良さそうだった。男が楽しそうに口を動かした。
「笑え」
男の口が確かにそう動いた。耳にも声が届いた。何故、そう言うのかと首を傾げると男の拳が顔に飛んできて、また「笑え」と口を動かした。
私は言われたとおりに『笑う』と男が大きな声で笑い声を上げた。きっとこの男は私の中のハクジンを見ているのだろうと思った。私を思い通りに屈服して、ハクジンを屈服させた気分なのだろう。
他の女の子では味わえない気分。これが私が気に入られた理由。
よくよく考えれば、私は本当に運がいい。ハクジンの血を受け継いでいながらも、今まで生きてこられたのだから。興味本位で働かせてくれたり、拾ってくれたり。この国は結構いい人が多い。
私は笑う。これまでの幸運に対して。それを見て男も笑う。屈服した私に優越感を感じながら。
その笑い声を遮ったのは銃声だった。
私の上に乗っかっていた男はその体格に似合わず跳ね起きた。私も男が跳ね起きた事で出来た隙間からするりと抜けて、ベッドに置いているウエストポーチに手を掛け、中から無線機を取り出す。銃声が鳴り止まない。完全に襲撃を受けている。片手に無線機を持ち、仲間に応答を呼びかけながら、靴を履く。
でっぷりと太ったコクジンの男は先ほどと打って変わって慌てふためいていた。「おい、どうなっている!!」「どうにかしろ!!」と言ってくるばかり。
自分が服を着るのは後回しにして、男に服を着るように指示して、ポーチから拳銃を取り出して、安全装置をはずしてスライドを引いた。これでやっと使える。私はそれを嬉しく思った。今日がその日になると心が躍った。
無線機から聞こえる声。アジトの放棄。私に対するこの男を守って逃げろという指示。
指示を聞き終わった瞬間、部屋のドアが勢いよく開けられた。私は咄嗟にドアと男の直線上に体を入り込ませて拳銃を構えた。
入ってきたのは一人の兵士。兵士の銃身がこちらに向く。間違いなく私が銃の射線へと入った。
刹那、兵士の銃身が揺れた。その時、兵士の銃を握る手が目に入った。
ハクジンが一人?
そう思うと同時に引き金を引いた。
二発の銃声。どちらも私が撃った音。
銃弾は敵の胴へと吸い込まれていった。敵の体勢が崩れる。その瞬間に私は地面を蹴って、兵士に体当たりし、押し倒した。馬乗りになり、兵士の頭に銃口を突き付ける。
兵士の荒い息遣いが聞こえて、目が合った。兵士の私を見る目が哀れみで満ちていた。兵士はもう銃を投げ出して諦めている。後ろからは「早く殺せ」と罵声が降りかかった。
兵士は何を思ったのか、私の頬に手を当てた。そして、兵士が何か言おうと口を開こうとして──私は引き金を引いた。