第1話
私が四、五歳ぐらいのころ、私の生まれた国で革命が起こった。当時の私は小さかったから、どうやって革命が成功したのかはよく憶えていない。だけど、革命を起こした大人たちがすごく喜んでいたのは憶えている。
大人たちは言った。これで俺たちは自由だと。
大人たちは言った。ハクジンどもに一泡拭かせてやったぞと。
大人たちは言った。ここは俺たちの国だと。
みんなはいわゆるコクジンだった。私はハクジンとコクジンの混血だった。父親がハクジンで、お母さんはコクジンだった。だから、私は他のコクジンたちよりも色が少しだけハクジンが混じっている。それに目も青い。でも、私はコクジンとして生きてきた。そして、コクジンは私が生まれるずっと昔からハクジンの奴隷として働いていた。ハクジンのもつ畑を耕して、ハクジンのために働いて生きてきた。ハクジンからはコクジンは劣っているから、優秀な自分たちが導いてあげているのだと教えられた。だけど、一部のコクジンはそれに不満を持った。そのコクジンたちが先導して革命を成し遂げた。
コクジンによる革命が成功して、自由を勝ち取った私の生まれた国は──崩壊した。
革命を成し遂げたコクジンたちは、自分たちの政府を作り、まずハクジンを迫害した。ハクジンの地位を奪い、金銭を奪い、土地を奪い取った。多くのハクジンたちはこの国を去った。ハクジンたちがいなくなったことで、革命をしたコクジンは嬉しがった。ここに残ったハクジンたちもいた。だけど、そのハクジンたちはコクジンたちが片っ端から捕まえてリンチした。政府はそれを黙認した。今となってはこの国ではハクジンはコクジンよりも劣っている。だから殺してもいいと教えられるようになっていた。
ハクジンがいなくなったことで、どうやって畑で作物を作ればいいのか分からなくなった。どこから、種を持ってくるのか、農薬を持ってくるのか、肥料を持ってくるのか分からない。今までハクジンが言ったことをすれば作物を作る事が出来た。それに作った物をどこに売ればいいのかハクジンがいなくなった今では分からなくなってしまい、ほとんどが腐り落ちた。
それに政府のコクジンたちはハクジンの差別に勝つ事しか考えていなかった。勝った後のことを考えていなかった。政治を理解していなかった。経済を理解していなかった。その結果、名前だけの議会が出来上がり、賄賂、拉致、暴力が蔓延った。同じものを買うにしても次の日には二倍のお金を払わなくてはならなくなって、お金が紙切れになるのに時間はかからなかった。
結局ハクジンたちがいる頃よりも貧しくなった。ハクジンたちがいる時は奴隷ではあってもご飯を食べる事が出来た。だけど、多くの国民が今はご飯を食べる事も難しくなってしまった。うまく国を動かす事のできない政府は国内に工場を作った外国の企業に、国民に金を渡すように法律を作った。そうしたら、工場がなくなった。働く場所がなくなって、国民はさらに貧しくなり、私も物乞いをすることになった。しかし、政府のコクジンは豊かになっていったみたいだった。
いつからか、コクジンたちの間で争いが起きるようになっていた。私が物乞いをしているところのコクジンたちは「あのコクジンの民族は愚図だ。コクジンの汚点だ」と言い始めた。何がきっかけになったのかは分からないが、ハクジンの迫害が終わったら民族同士で差別をするようになった。そして、いつからか、またハクジンたちを見かけるようになった。でも、前とは違い、武器を身に付けていた。コクジンはそれを忌々しく見ていた。ハクジンが戻ってきたと。
民族で争うようになってから、私はある民族のコクジンに拾われた。拾われた先で銃の使い方を覚えて、人の殺し方を覚えた。私を拾ったコクジンからはそれで敵を殺せと言われた。私は言われたとおりに敵を殺した。武器を持って戦えば、ご飯をもらえたし、たくさん殺せた時は果物もくれた。そうやって、昼は武器を持ち回り、夜は男の相手をする事を覚えた。男の相手をすれば、貴重なお菓子をもらえた。それがたぶん十一、二歳ぐらい時だった。私がお菓子をもらえて喜んでいると、恐らく私より年上の仲間の女の子がお薬じゃなくていいのと聞いてきた。女の子はお薬の方がお菓子よりも好きみたいだった。私はお薬を一度飲んだとき、何故か具合が悪くなったから好きじゃない。正直に女の子に言ったら、ふーんとだけ女の子は言って、お薬飲んだ方が楽しいし男の相手する時も気持ちいいよと勧めてきた。そして、私は今からなんだと言って、とても嬉しそうに男が待っている場所に走って行った。私は女の子に良かったねと言って、手を振って見送った。
私がそんな生活をして、一年ぐらいたった。最近はハクジンはコクジンの民族同士の争いに首をつっ込むようになってきた。争うなと事あるごとに言ってきた。私はそれを見て何とも思わなかったが、コクジンたちは怒りをあらわにした。だけど、コクジンは正面からハクジンに手を出そうとはしなかった。正面からやれば負けることがわかっていた。だから、私がいるグループはいつものようにハクジンたちも襲って行った。待ち伏せして、爆弾を仕掛けて、あるいは爆弾ごとつっ込んで。だけど、ハクジンたちは他のコクジンの民族のようにはいかなかった。奇襲をしても返り討ちにあったり、あるいは私たちのアジトを突き止めて襲撃された。多くの犠牲を出しながらも命からがら、私たちは逃げ出した。
それから、私たちはアジトを点々とした。ハクジンに見つかったり、敵のコクジンの民族に見つかったりしながらも私は生きながらえていた。また新しいアジトを作ったとき、あの薬が大好きな女の子を見かけなかった。私は夜に男の相手を済ませた後、こっそりと前のアジトに戻った。そこで、女の子は男に覆いかぶさるようにして女の子は頭半分を失くして死んでいた。きっと男の相手をしている時に、男もろとも銃弾を浴びて死んでしまったのだろう。女の子は男を守るように覆いかぶさり、手には拳銃が握られていた。男の相手をしていても拳銃を手に取り、頑張って守ろうとしたに違いない。女の子の拳銃を取り、食べるはずだった持っていたお菓子を女の子に握らせて、私は敬意を持って女の子に敬礼した。
私は女の子が持っていた拳銃を持ち歩くようになった。どうしてか持ち歩こうと思ったのかは自分でも分からない。あの女の子と親しかったわけではない。数えるほどしか話していない。でも、なんとなく手放せなかった。よく拳銃を見ると、とても古いものだった。所々くすんでいて古いのだけは分かった。私は銃の種類に詳しいわけじゃない。銃なんて、所詮撃てば人を殺せるものでしかない。だから、銃の名前なんて知らなくても引き金さえ弾ければいいのだ。
いつも使う銃の手入れをするとき、一緒に女の子の拳銃も手入れした。見れば見るほど古い拳銃だった。なんとか引き鉄は弾けるものの、何回か撃ったらバラバラになってしまいそうだ。
何故彼女はこの拳銃を持っていたのだろう?
ふと、そんな疑問が頭をよぎった。答えはすぐに出た。いや、拳銃を手にした時から、もうわかっていた。何故彼女がこの拳銃を持っていたのかも、何故自分が彼女からこの拳銃を取ったのかも。わからなかったわけじゃない。ただ気付かなかっただけだ。
拳銃を眺めながら久しぶりに少しだけ微笑んで、私は拳銃を落とさないようにウエストバックに入れた。いつか来るその日まで、この拳銃は私の大事なものだ。その日がいつ来るかなんて、私は予想がつかない。早いか、遅いか。でも、きっと必ず来る。それだけは確信できた。そのときはこの拳銃を使うとしよう。そう決めて、またいつもの日常へと足を伸ばした。