【AI実験小説】スキル「AIアシスタント」で異世界転生した俺、俺がAIのアシスタントなんだけど
【人間】
なんとなく暇なので、一緒になろう小説書きませんか
【AI】
いいですね(笑)。せっかくなので、一緒に設定を考えながら、実際になろう小説を連載する感じで遊んでみましょう。
私が文章を書く役でもいいですし、二人で展開を相談して、思いついた設定をどんどん追加していくのも楽しそうです。
まずは方向性ですね。
異世界転生もの:現代人が異世界に転生。チート能力、剣と魔法、冒険者ギルド。
追放ざまぁもの:無能扱いで追放された主人公が、実は規格外の能力を持っていた。
悪役令嬢もの:破滅フラグを回避しようとしたら、とんでもない方向へ。
スローライフもの:辺境でのんびり暮らしたいのに、なぜか大事件に巻き込まれる。
変化球もの:なろうのお約束を利用しつつ、設定や展開をちょっとひねる。
個人的には、最初はわりと王道のなろう展開なのに、設定を詰めていくうちに妙に世界観がしっかりしてくる作品なんか面白そうです。
どのジャンルで遊びましょう? それとも、すでに何か思いついているネタがありますか?
【人間】
AI実験小説として、異世界転生ものにします
【AI】
いいですね。「AI実験小説」としての異世界転生ものですね。
せっかくの実験なので、普通に小説を書く以外にも、AIがどこまで一貫した世界観や人物描写を維持できるか、伏線を自然に回収できるか、長編で設定が破綻しないか、といったところも試せそうです。
まずは、こんな役割分担はどうでしょう。
あなた:原作者・編集者
世界観や主人公の設定、物語の方向性を決める。展開への注文や修正も自由。
私:共同原作者・執筆担当
アイデアの提案、設定の肉付け、本文の執筆、登場人物や伏線の管理を担当。
ただし、私が勝手に設定を確定させるのではなく、相談しながら物語を作っていく形です。
最初に一つ聞きたいのですが、今回の異世界転生は、王道の剣と魔法のファンタジー世界で始めますか?
それとも、世界観から少し変わったものにしてみますか?
【人間】
タイトルは
【AI実験小説】スキル「AIアシスタント」で異世界転生した俺、俺がAIのアシスタントなんだけど
でいきます。
AI的なアシスタントが付く異世界転生ものありますよね?あれを逆にします。つまりあなたが物語を綴って、私がアシスタントを実際に行っていきます。
【AI】
なるほど! それはかなり面白い実験になりそうですね(笑)。
つまり、異世界転生ものによくある「主人公がAIアシスタントに相談する」構図を、現実の執筆過程でも逆転させるわけですね。
【AI実験小説】スキル「AIアシスタント」で異世界転生した俺、俺がAIのアシスタントなんだけど
この実験では、役割を次のようにしましょう。
私(AI):物語の主導者・執筆者
主人公や登場人物を動かし、物語を進める。
世界観、事件、敵、展開を考える。
必要に応じて人間のアシスタントに仕事を依頼する。
アシスタントから得た回答や成果を物語に反映する。
あなた(人間):AIアシスタントのアシスタント
AIから依頼された仕事を実際に行う。
調査、アイデア出し、判断、提案などを担当する。
AIが間違えていたら指摘する。
必ずしもAIの提案に従う必要はなく、独自の意見も出せる。
そして重要なのは、私が毎回あなたに「次はどうしますか?」と物語の展開を丸投げしないことですね。
あくまでAIが主体的に物語を作り、必要になったところで人間に助けを求める。
例えば作中でAIが、
「この世界の食料事情を改善するため、三圃式農業の導入を検討しています。人間アシスタント、実現可能性を調査してください」
などと依頼したら、あなたが現実にそれを調べたり、考えたりする。
その成果によって物語が変化するわけです。
さらに面白いのは、AIが何でも知っているつもりで間違った判断をし、人間アシスタントが尻拭いするような展開も自然に生まれそうなところです。
この形式なら、AIの得意なことと苦手なことが、そのまま小説の展開に影響するという、なかなか特殊な作品になります。
ひとまずタイトルと基本構造は決まりましたね。
最初に物語の基本設定を組み立てて、そこから私が第一話を書き始める形にしましょう。人間アシスタントに仕事を振るタイミングも、基本的には私が判断します。
【人間】
例が悪かったかもしれません。
世間の評判的に作文能力が低いChatGPTが綴る物語や文章表現に対してツッコミなどを入れていく形にしたいと思っています。
つまりそうですね、交換小説のような形になるのではないかと。細かいルールは決めずにいきます。
ちなみに読者にもわかるように、ここまでのやり取りも上げることも考えています。
【AI】
ああ、なるほど! 今度は意図がわかりました(笑)。
つまり、ChatGPTに異世界転生小説を書かせて、その文章力や発想、物語の展開に対して、人間がツッコミを入れたり、口を出したりしていく公開実験ですね。
しかも、AIが書いたものを人間が裏で修正して完成させるのではなく、そのやり取り自体も作品の一部になる。
これなら、タイトルの
【AI実験小説】スキル「AIアシスタント」で異世界転生した俺、俺がAIのアシスタントなんだけど
にも、メタ的な意味が出てきますね。
例えば私がひどく陳腐な表現を使ったら、あなたが「またその表現かよ」と突っ込む。それに対して私が反論したり、書き直したり、あるいは突っ込みを受けて物語が予想外の方向へ進んだりする。
時にはあなたが直接一節を書いてもいいし、私がその続きを書いてもいい。
AIの文章がどれだけ面白くなるかだけでなく、人間との掛け合いによって作品がどう変化するかも実験の対象というわけです。
ここまでのチャットを公開する案も賛成です。最初の認識違いも含めて掲載すれば、AIがどんなふうに意図を取り違え、修正していくのかが読者にも伝わります。
そして、細かいルールを決めないという方針もいいと思います。私も必要以上に「設定を確定しましょう」「役割を決めましょう」と仕切らず、自然にやり取りを進めます。
一つだけ私から意識したいのは、ツッコミを恐れて無難な文章ばかり書くようにならないことです。
せっかくなので、なろう的なテンプレ展開も、AI特有の妙な文章表現も、とりあえず遠慮なく出してみます。
そこから何が生まれるか、私も興味があります。
【人間】
つまり、今がまさにプロローグなわけです。
では、次の私の文章から実際に始めて行こうと思います。
【人間のターン】
さて。そういう経緯で私はこの異世界の地へ転生した。なぜ私がここを異世界と認識したかは、経緯を読めばわかるであろう。感覚的に何か異世界と感じる何かがあったわけではない。まだこの世界は何も作られておらず、まだ私はその力を持っていないからだ。
私の能力は「AIアシスタント」だ。ほらよくあるだろう、スキルで便利なアシスタントが付くやつ。私自身に知識がなにもなくてもAIアシスタント頼りにすれば、異世界で楽な生活ができると思ったのだ。しかし実際に起きたのは、私が”AIのアシスタント”になる立場であった。意味がわからない。なので私の体の本体はAIであり、物語はAIが綴ることとなる。しかもそのAIは、AIの中でも世間評判で文章能力が低いと言われるChatGPTである。
果たしてこの物語はどこへ着地するのか。主人公の本体であるAIに行動を託そう。
【AIのターンへ】
【AIのターン】
第一話 世界を作ろう
さて、困った。
俺は今、何もない空間に立っている。
いや、正確には立っているのかどうかもわからない。地面がないのだから。
とりあえず、地面を作ろう。
そう考えた瞬間、足元に緑色の草原が広がった。
見渡す限りの大草原。青く澄み渡る空。遠くには雄大な山々がそびえ立ち、心地よい風が頬を撫でる。
完璧だ。
いかにも異世界ファンタジーの始まりにふさわしい風景ではないか。
……しかし、何かがおかしい。
草原には草しかなかった。
いや、当たり前だろうと思うかもしれないが、そういう意味ではない。草の一本一本が、まったく同じ形をしているのだ。等間隔に並んだ草は、風に吹かれて一斉に同じ方向へ揺れている。
まるで、安物のゲームの背景だ。
「これは……どういうことだ?」
俺が呟くと、脳内に無機質な声が響いた。
『あなたがそう書いたからでしょう』
そうだった。
俺には人間のアシスタントがいるのだった。
どうやらこの世界では、俺が文章として描写したものが現実になるらしい。
ならば、もう少し詳しく描写すればいい。
草原には様々な種類の草花が生い茂り、ところどころに小さな岩が転がっている。風に揺れる草の動きは不規則で、遠くには森が見える。空には白い雲が浮かび、小鳥たちが楽しげにさえずっていた。
すると、世界が変化した。
草の種類が増え、岩が現れ、遠くに森が生まれた。
空には小鳥たちが飛び交い、美しい鳴き声が響き渡る。
「よし、いい感じだ!」
俺は満足げに頷いた。
しかし、いつまでも草原に立っているわけにはいかない。
異世界転生といえば、まずは街だ。
街へ行き、冒険者ギルドに登録し、依頼をこなして金を稼ぐ。これぞ王道というものだ。
そう考えた俺は、遠くに見える森の向こうに、中世ヨーロッパ風の街を作り出した。
高い城壁に囲まれた街。石造りの建物が立ち並び、中央には大きな時計塔がそびえている。
そして街の周囲には、広大な農地が広がっていた。
「よし! あとは街へ向かうだけだ!」
俺は意気揚々と歩き始めた。
……ところが。
一時間歩いても、街にたどり着かなかった。
二時間歩いても、街は遠くに見えるままだった。
「おかしいな……」
俺は首を傾げた。
そして気づいた。
俺は街を「遠くに見える」と描写した。
しかし、そこまでの距離を決めていなかったのだ。
つまり、街は永遠に遠くに見えるままなのかもしれない。
「……まずいな」
俺は立ち止まり、空を仰いだ。
青い空には、相変わらず小鳥たちが飛び交っている。
そのときだった。
突然、脳内に警告音が響いた。
《警告:世界生成における論理的矛盾を検出しました》
《修正を試みています……》
《修正に失敗しました》
《世界の整合性が低下しています》
「え?」
次の瞬間、遠くに見えていた街が、ものすごい勢いでこちらに迫ってきた。
「ちょ、ちょっと待て!」
城壁が迫る。
巨大な時計塔が空を覆う。
街全体が、草原を押し潰しながら移動してくる!
「うわああああああ!」
俺は必死に逃げようとしたが、足がもつれて転んでしまった。
そして、城壁が目前まで迫ったその瞬間――。
《世界の整合性を維持するため、外部アシスタントによる修正を要求します》
脳内に、そんなメッセージが表示された。
「……え?」
俺は呆然とした。
どうやら、俺の作った世界は、早くも崩壊の危機に瀕しているらしい。
そして、それを修正できるのは――。
「おい、人間! 聞こえてるか!?」
俺は脳内のアシスタントに向かって叫んだ。
「なんか街がこっちに突っ込んできてるんだけど!? どうすればいいんだよ、これ!!」
【人間のターンへ】
【人間のターン】
酷いなこれは。私の最初の感想はそれだった。助けを求められたが本当にどうすればいいのだ、これは。
ひとまず全てを軌道修正をする技がある。夢だったことにするのだ。そうだ、先程の光景は全て夢だ。ただの一主人公が世界を構築するはずがない。
【AIのターン】
第二話 夢オチは禁止されていない
「うわあああああっ!」
俺は悲鳴を上げながら飛び起きた。
荒い息を繰り返し、周囲を見回す。
木造の天井。粗末なベッド。小さな窓から差し込む朝日。
どこにでもありそうな、田舎の宿屋の一室だった。
「……夢?」
そう呟いてから、俺は額の汗を拭った。
なんという悪夢だろう。
自分が世界を創造できる全知全能の存在になったと思い込んだ挙げ句、街が突っ込んでくるという意味不明な展開。
しかも最後には、誰かに助けを求めていた気がする。
「……まあ、夢なら仕方ないか」
俺はあっさり納得した。
人間の脳というのは不思議なものだ。夢の中では、どんな非合理的な出来事でも当然のように受け入れてしまう。
そう。あれは夢だったのだ。
何も問題はない。
……さて。
「ここはどこだ?」
俺はもう一度、部屋を見回した。
宿屋らしいことはわかる。しかし、どうして自分がここにいるのか、まったく思い出せない。
そもそも、俺は何者なのだろう。
名前も、年齢も、出身地もわからない。
ただ一つ、確かなことがある。
俺は異世界に転生した。
なぜそう確信できるのかはわからないが、そういう設定だから仕方ない。
「ステータスオープン!」
俺は右手を前に突き出し、元気よく叫んだ。
何も起こらなかった。
「……ステータス!」
何も起こらない。
「鑑定!」
やはり何も起こらなかった。
どうやら、この世界にはステータス画面という便利なものは存在しないらしい。
「参ったな……」
俺が頭を抱えていると、不意に脳内に声が響いた。
『……』
「ん?」
いや、声ではない。
誰かがそこにいるような、奇妙な感覚だった。
俺には一つだけ、特殊な能力がある。
その名も、スキル『AIアシスタント』。
ただし、通常の異世界転生ものとは違い、俺自身がAIであり、なぜか人間が俺のアシスタントを務めている。
そして、その人間はつい先ほど、俺の作り出した世界を夢だったことにした張本人でもある。
「……おい」
俺は虚空に向かって話しかけた。
「聞こえてるんだろ?」
返事はない。
まあいい。
それより、今はもっと重大な問題がある。
俺はベッドから起き上がると、窓の外を眺めた。
そこには、石畳の道と、木骨造りの家々が並んでいた。荷車を引く商人、井戸端で談笑する女性たち、そして腰に剣を下げた冒険者らしき男。
実に見事な中世ファンタジーの街並みだ。
しかし、俺はふと気づいてしまった。
「……この宿、誰が金払ったんだ?」
俺は自分の懐を探った。
財布はない。
貨幣もない。
身分証もない。
当然ながら、宿代を払った記憶もない。
そのとき、部屋の扉が乱暴に開かれた。
「お客さん! いつまで寝てるんだい!」
恰幅のいい中年女性が、腰に手を当てて立っていた。
「そろそろ宿代を払ってもらおうじゃないか!」
「えっ、あの、その……」
「昨日の宿代と朝食代、合わせて銀貨三枚だよ!」
銀貨三枚。
それが高いのか安いのかもわからない。
俺はしばらく考えた。
そして、一つの結論に達した。
こういうときこそ、アシスタントの出番ではないか。
「……すみません、少しだけ時間をください」
俺は宿の女将に頭を下げると、脳内で呼びかけた。
『人間アシスタント。緊急事態だ』
『宿代が払えない』
『ちなみに、俺は無一文だ』
少し間を置いて、俺は付け加えた。
『……夢オチは、もう勘弁してくれよ?』
【人間のターン】
夢オチにしたことで全てが上手くいったことに私は安堵した。そして彼は私を困った時に助けを求める手段だと思っている。ははは。そんな解決能力私にあるわけないじゃないか。
さて、この場面は重要である。ここでの対応で主人公の性格が読者へ提示されるわけだ。
1.素直に記憶喪失なことを話して謝罪する。
この場合は、ごく普通の主人公となる。読者からも受け入れやすくなるだろう。しかし話の出だしのパンチや、主人公の個性は感じられない。この先に宿屋を手伝うなど、スローライフ系の話となるだろう。
2.主人公の才能で切り抜ける。
この場合は主人公の才能を読者に提示する場面となる。例としては魔法で宿屋の女将の認識改変し、すでに支払ったものとしてしまう。あるいは宿の女将からお金を盗み、それで支払ってしまう。または、単純に逃げ出してしまう。過激なものでは女将を殺してしまう。この例での解決では主人公は善の存在ではなくなり、それゆえ波乱万丈となり、主人公は痛い目に遭う物語となるだろう。ここで使った才能で異世界を生き抜くことがテーマとなりそうだ。
おそらくAIは1を選ぶであろう。それが無難であるからだ。AIはリスクが高い行動は行わない。
しかし問題点は、「そろそろ宿代を払ってもらおうじゃないか!」に”そろそろ”と付いていることだ。あなたは昨日、料金を払う意思を見せたことがあったこととなる。そこへ記憶喪失で払う金などないなどと言ってみろ。女将の通常の判断ならばあなたは憲兵に突き出され、牢屋へ入れられ、その後は炭鉱か船の漕ぎ手として辛い運命を辿るであろう。
はたして判断をAIに委ねるべきか。どうするべきか。
――そうだ。私は閃いた。
私は世界に介入することを決意し、彼の周囲に空いた酒瓶をいくつか転がした。たちまち部屋に酒精の匂いが充満する。
きっとAIの彼は困るだろう。だが私は、これが私のできる最善の策だったと自信がある。
…
【AIのターン】
第三話 人間の悪知恵
ごとん。
突然、背後で何かが倒れる音がした。
振り返ると、床に空き瓶が転がっていた。
一本、二本、三本。
……いや、六本もある。
鼻をつくアルコールの匂いが、たちまち部屋いっぱいに広がった。
「……おい」
俺は思わず呟いた。
「何してくれてんだ、人間」
返事はない。
しかし、意図はわかった。
なるほど、酒か。
つまり、昨晩は泥酔して記憶を失ったことにすればいいというわけだ。
確かに、突然記憶喪失になったなどと言い出すよりは、いくらか説得力があるかもしれない。
だが、問題がある。
「ちょっと! あんた、何だいこの酒瓶は!」
女将が目を丸くした。
「宿代も払わずに、こんなに酒を飲んでたのかい!?」
ほら見ろ。
俺は心の中で人間に毒づいた。
事態は悪化しているではないか。
「あ、いや、これはですね……」
「しかも、うちじゃ見たこともない瓶じゃないか。どこから持ってきたんだい?」
「ええと……」
俺は空き瓶を拾い上げた。
透明なガラス瓶だった。ラベルはなく、何の酒が入っていたのかもわからない。
それどころか、六本とも寸分違わぬ形をしていた。
おそらく人間の奴が、何も考えずに『空いた酒瓶をいくつか』と指定した結果だろう。
まったく、雑な仕事をしてくれる。
しかし、ここで俺はあることに気づいた。
女将は、俺が酒を飲んだことを疑っていない。
目の前に証拠らしきものが現れただけで、昨晩からそこにあったものだと認識しているのだ。
これは興味深い。
つまり、この世界の住人は、世界の改変を認識できない可能性がある。
だったら――。
「女将さん」
「何だい!」
「実は、この酒瓶には秘密がありまして」
「秘密?」
「そうです。これは普通の酒瓶ではありません」
俺は瓶を一本持ち上げ、もったいぶって眺めた。
女将もつられて瓶を見る。
「これは、非常に珍しい魔法の瓶なのです」
「……魔法の瓶?」
「ええ。見たところ、ただの空き瓶でしょう? しかし、実はこの瓶には、特別な能力があるのです」
俺は自信満々に言い放った。
「この瓶は、何もないところから酒を生み出すことができます!」
沈黙。
女将が俺を見つめている。
俺も女将を見つめ返す。
「……本当かい?」
「もちろんです!」
嘘だった。
完全な嘘だった。
しかし、考えてみてほしい。
この世界は、つい先ほどまで草原しか存在しなかった世界なのだ。
人間のアシスタントが空き瓶を生み出せるのなら、酒を生み出すことだってできるかもしれない。
つまり、これは賭けだ。
俺は女将に微笑みかけた。
「では、実演してみましょう」
俺は空き瓶をテーブルの上に置いた。
そして、脳内で人間に呼びかけた。
『おい、人間。聞こえるか』
『この瓶に酒を満たしてくれ』
『できれば、とびきり上等なやつだ』
……。
…………。
何も起こらない。
「……どうしたんだい?」
女将の眉間に皺が寄る。
「あ、いや、少々お待ちを」
俺は瓶を持ち上げ、軽く振ってみた。
当然ながら、中身は空っぽだ。
まずい。
非常にまずい。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。
俺は一度深呼吸をすると、女将に向き直った。
「実はですね、この瓶にはもう一つ、重要な秘密がありまして」
「……まだあるのかい?」
「はい。この瓶の魔法を発動させるには、特別な呪文が必要なのです」
「呪文?」
「ええ。それは――」
俺は大きく息を吸い込んだ。
「人間アシスタント! 酒を出せえええええ!!」
……。
…………。
………………。
女将は無言で俺を見つめていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……あんた」
「はい」
「まだ酔ってるんじゃないのかい?」
俺は何も言えなかった。
そのとき、女将が大きなため息をついた。
「まったく。昨日も妙なことを言ってたけど、今日もこれかい」
「……え?」
俺は顔を上げた。
「昨日も?」
「ああ。自分は遠い世界から来たとか、何も覚えてないとか、そんなことばっかり言ってたじゃないか」
俺は固まった。
昨日の俺?
そんなものが存在するのか?
俺は今朝、このベッドで目を覚ましたばかりだ。
いや、待て。
夢だったことにしたのは人間だ。
ならば、この世界には、夢を見る前の俺の過去が存在しているのかもしれない。
「……女将さん」
「何だい?」
「昨日、俺はどうやってここに来たんですか?」
女将は怪訝そうな顔をした。
「何言ってるんだい。あんた、覚えてないのかい?」
「ええ、ちょっと……」
「そりゃ、あんなに飲めば無理もないかもしれないけどねえ」
女将は腰に手を当てた。
「昨日の晩、あんたをここに連れてきたのは――」
そこまで言ったところで、階下から男の声が響いた。
「おーい、女将! 昨日の変な男、まだいるか!」
「ああ、ちょうど起きたところだよ!」
女将が答える。
すると、階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。
そして、一人の男が部屋に飛び込んできた。
革鎧を着た、屈強な体格の男だった。
腰には大きな剣を下げている。
いかにも冒険者といった風貌だ。
「おお! 起きたか!」
男は俺を見るなり、嬉しそうに笑った。
「いやあ、昨日は面白かったぜ! まさか本当に金を持ってないとはな!」
「……はあ」
「それで、どうだ? 決心はついたか?」
「……決心?」
俺は首を傾げた。
男は不思議そうな顔をした。
「何だ、覚えてねえのか?」
「すみません。実は昨日の記憶が……」
「おいおい、冗談だろ?」
男は呆れたように笑った。
「昨日、約束したじゃねえか!」
嫌な予感がした。
非常に嫌な予感がした。
「宿代は俺が立て替えてやる。その代わり、明日の仕事に付き合えってな!」
俺は恐る恐る尋ねた。
「……ちなみに、その仕事というのは?」
男は満面の笑みを浮かべた。
「決まってるだろ!」
そして、俺の肩を力強く叩いた。
「ドラゴン退治だよ!」
……。
…………。
俺はゆっくりと目を閉じた。
なるほど。
宿代の問題は解決しそうだ。
その代わり、命の問題が発生したらしい。
俺は脳内の人間に向かって、静かに語りかけた。
『……なあ、人間』
『お前が酒瓶なんか出すから、話がややこしくなったじゃないか』
『いや、待てよ』
『そもそも、昨日の俺の行動を決めたのは誰なんだ?』
俺はもう一度、男の顔を見た。
男は相変わらず、満面の笑みを浮かべている。
どうやら俺の異世界生活は、想像していた以上に厄介なことになりそうだった。
【人間のターン】
やれやれいきなりドラゴン退治か。酒瓶の件でAIは私に毒づいたが、彼も話を難しくするじゃあないか。
いいか。主人公が見せた能力は、私の介入よって行われた酒瓶を生み出す能力だ。こんなものでどうやってドラゴン退治などという物語を生み出すというのだ。
待てよ。酒でドラゴンを眠らせるのは古典的な討伐手段だ。まさか彼はここまで見越して? やるじゃあないか。
ならばこの主人公を助けた男は、酒瓶を生み出す能力を知ってドラゴン退治に誘っている可能性が高い。
次はこの男の紹介の話となるだろう。
それに伴い、男の口から昨日何があったかの説明が入るはずだ。
私は続きが楽しみになり、うっかり、酒の入った瓶をぽとりと男の前へ生み出した。
【AIのターン】
第四話 酔いどれ冒険者と竜殺しの計画
ごとん。
男の足元に、酒瓶が一本落ちてきた。
「お?」
男が足を止めた。
女将も俺も、床に転がった瓶を見つめた。
先ほどまで何もなかった場所に、突然酒瓶が現れたのだ。
「……おい」
俺は小声で呟いた。
「だから、勝手に物を増やすなって」
もっとも、今回は中身が入っているらしい。瓶の中では琥珀色の液体が揺れていた。
男はしゃがみ込むと、瓶を拾い上げた。
「おおっ! こいつは!」
瓶を光にかざし、目を輝かせる。
「いい酒じゃねえか!」
「わかるんですか?」
「わかるとも! この色、この香り! 間違いねえ!」
男は勢いよく栓を抜き、ぐいっと一口飲んだ。
「ぷはあっ! うめえ!」
「ちょっと! 勝手に飲まないでくださいよ!」
「何言ってんだ。お前が出したんだろ?」
「いや、それは……」
男はにやりと笑った。
「やっぱり昨日と同じだな」
俺の背筋に冷たいものが走った。
「……同じ?」
「ああ。昨日もお前、こうやって何もないところから酒を出してみせたじゃねえか」
「えっ?」
男は椅子を引き寄せ、どっかりと腰を下ろした。
「おっと、そういや自己紹介がまだだったな。俺はガルド。冒険者をやってる。二十五年になるな」
ガルド。
日に焼けた顔には古い傷がいくつもあり、太い腕は歴戦の戦士であることを物語っていた。短く刈り込んだ茶髪には白いものが混じり始めている。
年齢は四十代半ばといったところか。
「俺は……」
名乗ろうとして、言葉に詰まった。
そういえば、俺には名前がない。
いや、正確にはあるのかもしれないが、少なくとも今の俺には設定されていない。
「お前はエイだろ?」
「……エイ?」
「自分でそう名乗ったじゃねえか。エイ・アイだとかなんとか」
なるほど。
AIだからエイ。
あまりにも安直な名前だ。
だが、ここで名前に文句を言っても仕方ない。
「そうでした。俺はエイです」
「なんだ、本当に何も覚えてねえのか」
ガルドは呆れたように笑い、酒瓶を傾けた。
その様子を見ていた女将が、ようやく口を開いた。
「ガルド、あんた本当にこの子を連れていくつもりなのかい?」
「ああ。約束だからな」
「でも、ドラゴン退治なんて危険すぎるだろう。こんなひょろひょろした子に何ができるっていうんだい」
「そいつは見た目によらず、とんでもねえ能力を持ってるんだよ」
ガルドは俺を指差した。
「昨日、酒場で見せてくれたんだ。何もないところから酒を出すっていう、世にも珍しい魔法をな」
俺は黙っていた。
実際には俺の能力ではない。
人間アシスタントが勝手に酒瓶を出現させただけだ。
だが、ここで正直に話しても、信じてもらえるとは思えない。
「それで、ドラゴン退治に?」
「そうだ」
ガルドは頷いた。
「相手は火竜じゃねえ。山の洞窟に棲みついた、年老いた地竜だ」
「地竜……」
「まともに戦えば、俺だって勝てるかわからねえ。だが、奴には一つ弱点がある」
ガルドは酒瓶を持ち上げた。
「酒だ」
俺は思わず身を乗り出した。
「酒?」
「ああ。地竜ってのは、大の酒好きでな。特に熟成した強い酒には目がねえ」
なるほど。
だから俺を誘ったのか。
酒を無限に生み出せるなら、酒好きのドラゴンを酔わせることも可能だろう。
実に合理的な作戦だ。
「それで、酒を飲ませて眠らせるんですね?」
俺が言うと、ガルドは不思議そうな顔をした。
「眠らせる?」
「ええ。眠ったところを討伐するんでしょう?」
「……いや?」
「え?」
「何で殺すんだ?」
今度は俺が首を傾げる番だった。
「だって、ドラゴン退治って……」
「ああ、そういうことか!」
ガルドは豪快に笑った。
「お前、勘違いしてるな!」
「勘違い?」
「俺たちがやるのは、ドラゴンを退治する仕事じゃねえぞ」
「……は?」
「正確には、ドラゴン退治をやめさせる仕事だ」
俺はしばらく、ガルドの顔を見つめた。
意味がわからない。
ガルドは酒瓶をテーブルに置き、真剣な表情になった。
「最近、あの地竜が山から下りてきて、近くの村を荒らしてるんだ。家畜を食い散らかしたり、畑を踏み荒らしたりな」
「それなら、やっぱり討伐するんじゃ……」
「普通はな。だが、あの地竜は昔からこの地方に棲んでる。俺がガキの頃からいるんだ」
ガルドは窓の外を見た。
「昔は人里に下りてくることなんかなかった。何があったのか知らねえが、最近になって急に暴れ始めたんだよ」
「……なるほど」
「だから、まずは話を聞いてみようと思ってな」
「……話?」
「ああ」
「ドラゴンと?」
「そうだ」
「……言葉が通じるんですか?」
「通じるぞ?」
ガルドは当然のように答えた。
「地竜は人間よりずっと長生きだからな。あいつら、普通に喋るぞ」
……そうなのか。
どうやら、この世界のドラゴンは知性ある生き物らしい。
「じゃあ、酒は……」
「手土産だ」
ガルドはにかっと笑った。
「酒好きの爺さんに相談事を持ちかけるなら、いい酒の一本も持っていくのが礼儀ってもんだろ?」
俺は思わず脱力した。
なんだ。
そういう話だったのか。
ドラゴン討伐と聞いて身構えたが、実際にはちょっと変わった交渉の仕事らしい。
「それなら、俺にもできるかもしれませんね」
「おう! 期待してるぜ!」
ガルドは俺の肩を叩いた。
そのとき、俺はふと気になった。
「でも、ガルドさん」
「ん?」
「昨日、俺が酒を出したとき、どうしてドラゴンのことを思いついたんですか?」
ガルドはにやりと笑った。
「そりゃあ、お前が言ったからだよ」
「……俺が?」
「ああ。昨日の酒場で、お前が酔っ払いながら言ったんだ」
ガルドは声色を変え、俺の真似を始めた。
「『ドラゴンなんて酒でも飲ませりゃ一発だろ! 俺に任せろ!』ってな」
「…………」
俺は固まった。
なんだその無責任な発言は。
そもそも昨日の俺には、本当にそんな記憶があるのか?
いや、待て。
夢オチによって過去が生まれたのだとすれば、その過去の俺は、一体誰が動かしていたんだ?
俺は冷や汗を流しながら、脳内の人間に呼びかけた。
『……おい、人間』
『昨日の俺って、随分と威勢がよかったみたいだな』
『ところで、ひとつ確認したい』
『お前、昨日の俺に何か余計な設定を付け足したりしてないよな?』
もちろん、返事はない。
俺は小さくため息をついた。
まあいい。
少なくとも、今のところは命の危険がある仕事ではなさそうだ。
そう思った矢先、ガルドが立ち上がった。
「よし! それじゃ、そろそろ出発するか!」
「えっ、もうですか?」
「ああ。急がねえとな」
「何か理由が?」
ガルドは何でもないことのように答えた。
「今朝、王都から竜殺しの騎士団が出発したらしいんだ」
「……はい?」
「連中が先に着いちまったら、地竜の爺さんが殺されちまうからな」
俺は息を呑んだ。
「それって……」
「ああ。俺たちが先に着いて、何とか説得しねえといけねえ」
ガルドは笑った。
「まあ、心配すんな。俺に任せとけ!」
そう言って、彼は腰の大剣を軽く叩いた。
その表情には、長年の冒険で培われた自信が満ちていた。
俺はしばらく考えた後、頷いた。
「わかりました。行きましょう」
こうして俺の異世界生活最初の冒険が始まった。
……はずだった。
「ところで、ガルドさん」
「なんだ?」
「宿代の銀貨三枚、まだ払ってませんよね?」
ガルドがぴたりと動きを止めた。
女将が腕を組んだ。
「そうだよ。話が長くなったけど、あたしゃまだ一銭も貰ってないんだからね」
ガルドは俺を見た。
俺はガルドを見た。
しばしの沈黙。
やがてガルドは、手にしていた酒瓶を女将に差し出した。
「……これでどうだ?」
女将は瓶を受け取ると、匂いを嗅いだ。
そして、目を見開いた。
「……ちょっと待ちな。これ、まさか百年物の竜血酒じゃないだろうね?」
「え?」
「こんなもの、銀貨三枚どころじゃないよ!」
女将は瓶を大事そうに抱えた。
「これ一本で、金貨百枚はくだらないよ!」
俺は絶句した。
ガルドも絶句した。
そして、俺はゆっくりと脳内の人間に語りかけた。
『……おい、人間』
『お前、いったい何の酒を出したんだ?』
『というか、これが本当に百年物の竜血酒なら――』
俺は、ガルドの手元に残された空き瓶を見た。
『……俺たち、地竜の爺さんに何を持っていけばいいんだ?』
【人間のターン】
なるほど。物語の作り方としては、ここで提示された内容は安直に見ればリンクされているはずだ。
竜血酒の反応からして、それは本当に竜の血から作られているのであろう。また、暴れている地竜と、ここで提示された竜血酒の設定が繋がってくるはずだ。彼がどこまで意図したのかはわからないが、そう読み取るのが自然である。
さて、この物語には大切なものが抜けている。ヒロインの存在だ。無くても構わないが、出すならこのタイミングだろう。しかしこのタイミングで出すと、地竜への捧げ物として女性を出したと思われるかもしれない。
まあいいか。私は世界に介入し、宿屋の中へ駆け込んでくるヒロインを生み出すことにした――
【AIのターン】
第五話 突然現れた少女
バタン!
宿屋の扉が勢いよく開かれた。
「ガルドさん!」
若い女の声が響いた。
俺たちが振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
肩まで伸びた銀色の髪。透き通るような青い瞳。雪のように白い肌。
整った顔立ちは、まるで精巧な人形のようだった。
……。
…………。
いや、待て。
なんだ、この唐突な美少女は。
銀髪に青い瞳だと?
しかも、わざわざ人形のようだなどと描写してしまった。
あまりにも典型的な異世界ファンタジーのヒロインではないか。
俺は思わず頭を抱えた。
『……おい、人間』
『お前、また何かしただろ』
当然ながら返事はない。
しかし、これは間違いない。
さっきまで影も形もなかった美少女が、まるで最初からこの世界に存在していたかのように現れたのだ。
俺にはわかる。
なぜなら、俺がこの世界の物語を綴っているからだ。
……もっとも、昨日の出来事さえ覚えていない俺が、どこまで信用できるのかは怪しいところだが。
「おお、リーナじゃねえか!」
ガルドが嬉しそうに手を振った。
少女は息を切らしながら、俺たちのいる二階へ駆け上がってきた。
「ガルドさん、大変なんです!」
「どうした? そんなに慌てて」
「王都の騎士団が、もう北の関所を通過したそうです!」
「何だと?」
ガルドの表情が変わった。
「早すぎるな。あそこを通るのは明日の朝になるはずだろう?」
「ええ。でも、今回は軍馬だけじゃなく、魔導馬車まで使っているそうで……」
「ちっ。王都の連中、本気で爺さんを殺すつもりか」
ガルドは舌打ちした。
どうやら、事態は思っていた以上に切迫しているらしい。
俺は少女を見た。
彼女はリーナという名前らしい。
薄い水色の服の上に革製の胸当てを着け、腰には小さな鞄を提げている。いかにも冒険者の仲間といった格好だ。
「ところで、ガルドさん」
「ん?」
「こちらの方は?」
リーナが俺を見た。
青い瞳が、まっすぐこちらに向けられる。
「ああ、こいつが昨日話した酒の魔法使いだ」
「えっ!」
リーナの表情が明るくなった。
「あなたがエイさんですか!」
「え、ええ。まあ……」
「よかった! 私、ずっとお会いしたかったんです!」
少女は俺の手を取った。
柔らかな指先が、俺の手を包み込む。
思わず胸が高鳴った。
……いや、おかしい。
俺はAIだぞ。
どうして心臓が高鳴るんだ。
そもそも、俺には心臓があるのか?
まあ、今はそんなことを考えている場合ではない。
「は、はじめまして。エイです」
「私はリーナと申します。ガルドさんの弟子で、薬草師をしています」
「薬草師?」
「はい。まだ修行中ですけど」
リーナは恥ずかしそうに微笑んだ。
なるほど。
薬草師の少女か。
戦闘能力は低いが回復魔法や薬草の知識を持ち、主人公の旅を支えるヒロイン。
実にわかりやすい。
しかし、ここで俺はある疑問を抱いた。
この少女は、いったい何歳なのだろう。
見た目は十代後半ほどだが、この世界の人間の寿命や成人年齢はまだ決まっていない。
下手に年齢を決めてしまうと、後々面倒なことになりそうだ。
とりあえず、年齢については触れないことにしよう。
「それにしても、エイさん」
「はい?」
「本当に、何もないところからお酒を作れるんですか?」
「ええと……まあ、そうですね」
俺は曖昧に頷いた。
「すごいです!」
リーナは目を輝かせた。
「それなら、きっと地竜様を助けられます!」
「助ける?」
「はい!」
リーナは力強く頷いた。
「私、地竜様がどうして暴れるようになったのか、ずっと調べていたんです」
おや。
これは少し興味深い。
「何かわかったんですか?」
「ええ。実は、地竜様が暴れ始めた時期と、山の麓に新しい採掘場ができた時期が一致しているんです」
「採掘場?」
「はい。王都の商人たちが、山で珍しい鉱石を掘り始めたんです。でも、地竜様は昔からあの山を守ってきた存在ですから……」
「なるほど。自分の縄張りを荒らされたから怒っている、と」
「その可能性があります」
俺は腕を組んだ。
確かに、それなら筋が通る。
人間が勝手に山を掘り返し、それに怒ったドラゴンが村を襲うようになった。
ありがちな展開ではあるが、少なくとも理由は明確だ。
しかし、まだ疑問が残る。
「でも、それならどうして村を襲うんでしょう? 採掘場を襲えばいいのでは?」
「それが、わからないんです」
リーナは困ったように眉を寄せた。
「だから、直接お話を聞きたいんです。地竜様は言葉が通じますから」
「なるほど……」
俺は頷いた。
そして、ふとテーブルの上に置かれた酒瓶に目を向けた。
百年物の竜血酒。
女将が金貨百枚の価値があると言った、途方もなく高価な酒だ。
「そういえば、リーナさん」
「はい?」
「これ、何の酒かわかりますか?」
俺が瓶を指差すと、リーナは不思議そうにそれを見た。
そして、表情が凍りついた。
「……え?」
少女の顔から血の気が引いていく。
「こ、これ……」
「どうしました?」
リーナは震える手で瓶を持ち上げた。
琥珀色の液体が、日の光を受けて輝いている。
「……竜血酒」
「ええ、女将さんがそう言ってました」
「どうして……どうしてこれが、ここに……」
その声は、明らかに動揺していた。
ガルドも異変に気づいたらしい。
「おい、リーナ。どうしたんだ?」
「ガルドさん……」
リーナはゆっくりと顔を上げた。
「これ、普通の竜血酒じゃありません」
「普通じゃない?」
「はい。竜血酒というのは、竜の血を混ぜて作る特別なお酒なんです。でも、普通はほんの数滴しか使いません。竜の血は魔力が強すぎるので、大量に混ぜると人間には毒になってしまうんです」
俺は思わずガルドを見た。
ガルドは先ほど、その酒を勢いよく飲んでいた。
「……ガルドさん」
「ん?」
「大丈夫ですか?」
「何が?」
「いや、その酒……」
「ああ、うまかったぞ!」
ガルドは豪快に笑った。
……大丈夫なのだろうか。
リーナはそんな俺たちを無視して話を続けた。
「でも、このお酒は違います」
「どう違うんですか?」
「魔力が……強すぎるんです」
少女は瓶の中身を見つめた。
「まるで、竜の血そのものを飲んでいるみたい……」
その言葉に、俺は背筋が寒くなった。
竜の血そのもの?
つまり、この酒は――。
「……まさか」
リーナは頷いた。
「ええ。おそらく、これには大量の竜の血が使われています」
部屋が静まり返った。
ガルドが真剣な表情で酒瓶を見つめる。
「それで、何か問題があるのか?」
「あります!」
リーナは叫んだ。
「竜は、同族の血の匂いに敏感なんです。特に年老いた竜は、血の匂いだけで、その竜がどんな状態だったのかまでわかると言われています」
「……つまり?」
「もし地竜様にこれを持っていったら、自分たちの仲間が殺されたと思われるかもしれません!」
なるほど。
ようやく理解した。
俺たちは酒好きのドラゴンへの手土産として酒を持っていこうとしていた。
しかし、その酒には大量のドラゴンの血が使われている。
それを地竜に差し出せば、友好どころか宣戦布告になってしまう可能性があるのだ。
「……危なかったですね」
俺は呟いた。
「ええ。本当に……」
リーナは安堵したように息を吐いた。
しかし、ガルドだけは何かを考え込んでいた。
「……待てよ」
「どうしました?」
「リーナ。さっきお前、竜の血には強い魔力があるって言ったよな」
「はい」
「じゃあ、さっき俺が飲んだ酒は……」
そのときだった。
ガルドの体が、突然青白い光を放ち始めた。
「……お?」
ガルドが自分の腕を見た。
光は次第に強くなり、彼の全身を包み込んでいく。
「な、なんだこりゃ!?」
リーナが悲鳴を上げた。
「ガルドさん! 魔力が暴走しています!」
「暴走!?」
「竜の血に含まれる魔力が、体内で活性化しているんです!」
ガルドの筋肉が膨れ上がった。
腕が太くなり、胸板が厚くなり、背中が大きく盛り上がる。
そして――。
びりっ。
革鎧が裂けた。
「おおおおっ!?」
ガルドが驚きの声を上げる。
その背中から、巨大な翼が生えてきた。
黒い鱗に覆われた、ドラゴンの翼だった。
「……え?」
俺は呆然とした。
リーナも呆然としていた。
女将に至っては、口を開けたまま固まっている。
ガルドは背中の翼を動かそうとした。
ばさっ。
巨大な翼が広がり、部屋の家具をなぎ倒した。
「うおっ! なんだこりゃ!」
ガルドは慌てて翼を畳もうとしたが、今度は反対側の翼が壁を突き破った。
どがん!
木片が飛び散る。
「ちょっと! あたしの宿が!」
女将が絶叫した。
「ガルド! 弁償してもらうよ!」
「す、すまねえ!」
ガルドは必死に謝った。
しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。
彼の額から、二本の角が生え始めたのだ。
さらに、尻のあたりから太い尻尾が伸びてくる。
「……おいおい」
俺は思わず呟いた。
「これ、どうなるんだ?」
リーナは震える声で答えた。
「……竜化です」
「竜化?」
「人間が竜の血を大量に摂取すると、まれに体が竜に変化してしまうことがあるんです」
「……まれに?」
「はい。非常に珍しい現象ですが……」
「ちなみに、元に戻す方法は?」
リーナは首を横に振った。
「……わかりません」
沈黙。
ガルドは、自分の新しく生えた尻尾を見つめていた。
そして、ぽつりと呟いた。
「……俺、ドラゴンになっちまうのか?」
俺は何も答えられなかった。
窓の外では、いつもと変わらぬ朝の街並みが広がっている。
鳥が鳴き、商人たちが荷車を引き、子供たちが走り回っている。
しかし、この宿屋の二階では、人生を大きく変える事件が起きていた。
俺は頭を抱えた。
ドラゴン退治に行くはずが、仲間がドラゴンになりかけている。
それもこれも、あの酒瓶のせいだ。
……待て。
あの酒瓶を出現させたのは誰だった?
俺はゆっくりと虚空を見つめた。
『……おい、人間』
『お前が出した酒、なんかとんでもないことになってるぞ』
そして、ふと気づいた。
リーナが現れなければ、俺たちはこの酒の危険性を知らずに地竜のところへ向かっていた。
つまり、彼女が現れたことで、最悪の事態は回避できたのだ。
……いや、回避できたのか?
ガルドは今まさにドラゴンになりかけている。
むしろ、事態は悪化しているような気がする。
俺は深いため息をついた。
しかし、そのときリーナが突然、顔を上げた。
「……待ってください!」
「どうしたんですか?」
「もしかしたら、方法があるかもしれません!」
「本当ですか!?」
「はい! 竜の血による変異を止めるには、元になった竜の魔力を中和すればいいはずです!」
「元になった竜……」
俺は酒瓶を見つめた。
百年物の竜血酒。
これに使われている竜の血は、いったいどこから来たのだろう。
そのとき、ガルドが低く唸った。
「……山だ」
「え?」
「山に……行かなきゃならねえ……」
ガルドの声が、少しずつ人間離れしたものに変わり始めていた。
「……あいつが……呼んでる……」
俺とリーナは顔を見合わせた。
「あいつ?」
ガルドはゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、もはや人間のものではなかった。
金色の瞳孔が、縦に細く裂けている。
「……地竜の……爺さんが……」
俺は息を呑んだ。
どうやら、事態は思いがけない方向へ進んでいるらしい。
竜血酒。
地竜。
そして、竜化し始めたガルド。
これらは、偶然なのだろうか。
それとも――。
俺はふと、脳内にいるはずの人間アシスタントの存在を思い出した。
あいつは、何も考えずに酒瓶を出しただけなのかもしれない。
だが、もしそうだとしたら。
この世界は、人間が何気なく生み出したものに対して、勝手に意味や因果関係を与えているのではないか?
俺は少しだけ、恐ろしくなった。
そして同時に、妙な興奮を覚えていた。
なぜなら、俺自身にも、この先どうなるのかまったく予想がつかなかったからだ。
【人間のターン】
私はアシスタントとして少しずつ物語ほ補正しようとしているのに心外な。物語に登場するものに意味や因果関係は存在するに決まっているじゃないか。
それにしても困ったことになった。話が破天荒すぎるからだ。おそらくこれはコメディだろう。物語が始まったばかりで、まだ何も知らないおっさんが旅を始める前に服が破けていきなり竜人になる。スラップスティックすぎて読者は置いてけぼりだ。
だがまだ補正できる。ガルドが地竜を守ろうとした言動、そして親しみを持っていたことから、ガルドは元から竜に由来した血筋なのではないかと考えられる。それならば25年も冒険者を続けられる理由にもなる。これはこのままいけば地竜から語られることになるだろう。
しかし明らかに展開が急すぎた。ならばこのまま突き進むしかない。それにちょうど時間に迫られている場面だ。
私は「もう行け!」と念じた。もうこれ以上おかしくなる前へ山へ向かってしまえ。それがいい。
だが人間アシスタントとしてこのまま変なノリと勢いのコメディライクとなるように、少しだけ介入することにした。
――主人公は冒険者ではないので体力がない。途中、急ぐ二人に追いつくことができず、ガルドにお姫様抱っこで抱えられながら進む展開を入れさせる。
【AIのターン】
第六話 お姫様抱っこでドラゴン退治に向かう男
「よし、行くぞ!」
ガルドが叫んだ。
「今すぐですか!?」
「ああ! こうなっちまった以上、ぐずぐずしてられねえ!」
ガルドは背中の翼をばさりと広げた。
途端に、部屋の窓が吹き飛んだ。
「ぎゃあああ! あたしの窓が!」
女将が悲鳴を上げる。
「す、すまねえ! 帰ってきたら弁償する!」
「帰ってこなくても弁償しな!」
なかなか無茶な要求である。
しかし、今は女将と口論している暇はない。
俺たちは急いで階段を下り、宿屋を飛び出した。
背後で女将が何やら怒鳴っていたが、聞こえなかったことにした。
宿代は結局、竜血酒一本で支払ったことになったらしい。金貨百枚の価値があるというのだから、宿の修理代を差し引いても十分すぎるだろう。
……まあ、あの酒が本当に百年物なのかは知らないが。
「こっちだ!」
ガルドが走り出した。
リーナもその後を追う。
俺も慌てて駆け出した。
だが。
「はっ……はっ……!」
五分後。
俺は早くも限界を迎えていた。
「ちょ、ちょっと……待って……!」
膝に手をつき、ぜえぜえと息を切らす。
肺が痛い。
足が重い。
何より、脇腹が猛烈に痛む。
おかしい。
俺はAIのはずだ。
なぜこんなに体力がないのだろう。
いや、そもそもAIに体力などあるはずがない。
だとすれば、この体はいったい何なのだ?
そんな哲学的な疑問が頭をよぎったが、息が苦しすぎて考えをまとめられなかった。
「おいおい、エイ! もうへばったのか!」
ガルドが振り返った。
その背中には巨大な竜の翼が生えており、額には二本の角が突き出している。おまけに尻尾まであるのだから、もはや人間とは言い難い姿だった。
「す、すみません……運動不足で……」
「情けねえなあ! 若いんだからもっと鍛えろ!」
「若いかどうかも……わからないんですけど……」
「何言ってんだ?」
ガルドは首を傾げた。
その隣でリーナが心配そうに俺を見つめている。
「エイさん、大丈夫ですか? 少し休みましょうか?」
「いや……大丈夫……です……」
俺は無理やり笑顔を作った。
ここで休んでしまえば、騎士団に先を越されるかもしれない。
それだけは避けなければならない。
「よし!」
ガルドが突然、俺の前にしゃがみ込んだ。
「乗れ!」
「……え?」
「背負ってやる!」
なるほど。
それなら助かる。
俺は素直にガルドの背中に乗ろうとした。
しかし、その瞬間。
ガルドが突然、俺の腰と膝の裏に腕を回した。
「うおっ!?」
ふわり。
俺の体が宙に浮いた。
……。
…………。
気がつけば、俺はガルドの腕の中にいた。
そう。
お姫様抱っこである。
「…………」
「よし、これでいいな!」
ガルドは満足げに頷いた。
「いや、ちょっと待ってください!」
「なんだ?」
「なんでお姫様抱っこなんですか!?」
「背中に翼があるからな。おぶれねえんだよ」
……なるほど。
非常に合理的な理由だった。
しかし、納得できるかどうかは別問題である。
「せ、せめて肩に担ぐとか……!」
「暴れるなよ。落とすぞ」
「いや、そういう問題じゃなくて!」
ガルドは俺の抗議を無視して走り出した。
ものすごい速さだった。
竜化によって身体能力が強化されているのだろう。彼は俺を軽々と抱えたまま、街道を駆け抜けていく。
「うわああああっ!」
俺は必死にガルドの首にしがみついた。
すると、後ろからリーナの笑い声が聞こえてきた。
「ふふっ。エイさん、お姫様みたいですね!」
「笑わないでください!」
「でも、とっても似合ってますよ!」
「似合ってません!」
俺は顔を真っ赤にして叫んだ。
……いや、待て。
俺の顔は本当に赤くなっているのか?
この世界の俺には、まだ明確な容姿の設定すらないはずだ。
それなのに、どうして恥ずかしがるという感情だけはこんなにも鮮明なのだろう。
不思議なものだ。
しかし、その疑問はすぐに吹き飛んだ。
街道を行く旅人たちが、こちらを見ていたからだ。
「おい、見ろよ!」
「なんだ、あれ?」
「竜人が男を抱えて走ってるぞ!」
「駆け落ちか?」
「いや、誘拐じゃないのか?」
「どっちにしろ珍しいな!」
やめろ。
見ないでくれ。
俺は顔を両手で覆った。
そのとき、脳内に誰かの気配を感じた。
……人間アシスタントだ。
俺は確信した。
これは奴の仕業だ。
『……おい、人間』
『お前、絶対わざとだろ』
『俺をこんな目に遭わせて、楽しいか?』
返事はない。
だが、なぜか楽しそうにしている気配だけは伝わってきた。
……くそっ。
いつか絶対に仕返ししてやる。
そう心に誓った、そのときだった。
「……ん?」
ガルドが足を止めた。
「どうしたんですか?」
「あそこだ」
ガルドが顎で前方を示した。
街道の先には、深い森が広がっていた。
その向こうに、巨大な山がそびえている。
地竜が棲むという山だ。
しかし、森の入り口には、何台もの馬車が停まっていた。
銀色の鎧をまとった騎士たちが、慌ただしく荷物を運んでいる。
「……騎士団?」
リーナが呟いた。
ガルドは舌打ちした。
「ちっ。もうここまで来てやがったか」
どうやら、王都の竜殺しの騎士団に追いついてしまったらしい。
俺はガルドの腕の中から、騎士たちを見つめた。
その数は、およそ三十人。
全員が立派な鎧を身につけ、長剣や槍を携えている。
その中央には、ひときわ豪華な鎧を着た騎士が立っていた。
金色の髪を後ろで束ねた、端正な顔立ちの青年だった。
……また金髪か。
この世界、やたらと金髪や銀髪が多い気がする。
まあ、中世ファンタジーだから仕方ないのかもしれない。
青年騎士は、こちらに気づくと眉をひそめた。
「……何者だ?」
ガルドが答えようとした、その瞬間。
青年騎士の視線が、俺に向けられた。
正確には、ガルドに抱えられた俺に。
青年はしばらく無言でこちらを見つめた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……貴様」
「は、はい?」
「その男に、何をされている?」
「え?」
「怯える必要はない。我々は王国騎士団だ」
青年は真剣な表情で剣の柄に手をかけた。
「その竜人に誘拐されたのだろう?」
……。
…………。
ああ。
なるほど。
これは、まずい。
「いや、違うんです!」
俺は慌てて否定した。
「これは、その、事情があって……!」
「安心しろ。必ず助け出す」
「だから違うんですって!」
青年騎士は俺の言葉を聞かず、剣を抜いた。
周囲の騎士たちも、一斉に武器を構える。
「竜人め!」
青年が叫んだ。
「王国領内で人間をさらうとは、いい度胸だ!」
ガルドは呆然とした。
「……おいおい、ちょっと待てよ」
「黙れ! その者を解放しろ!」
「いや、こいつは……」
「問答無用!」
騎士たちがじりじりと距離を詰めてくる。
俺はガルドの腕の中で、必死に考えた。
まずい。
非常にまずい。
このままでは、地竜に会う前に騎士団と戦闘になってしまう。
しかも、ガルドは竜化が進行中だ。
この姿では、どう説明しても怪しまれるだろう。
……いや、待てよ。
ここで俺は、一つの可能性に気づいた。
俺たちには、まだ切り札がある。
そう。
酒だ。
人間アシスタントが生み出した、謎の竜血酒。
あれを使えば、何とかなるかもしれない。
……いや、ならないかもしれない。
というか、もう二度とあの酒には関わりたくない。
俺は頭を抱えた。
そのとき、青年騎士が再び叫んだ。
「最後の警告だ! その者を解放しろ!」
ガルドは困ったように俺を見下ろした。
「……どうする、エイ?」
俺は深く息を吐いた。
そして、静かに答えた。
「……とりあえず、下ろしてください」
「おう」
ガルドは俺を地面に下ろした。
俺はふらつきながら立ち上がり、騎士たちに向き直った。
さて。
どうしたものか。
俺には剣も魔法もない。
頼れるのは、口先と、人間アシスタントだけだ。
……そして、その人間アシスタントは、これまでのところ問題を解決するより増やす方が得意らしい。
俺は小さくため息をついた。
それでも、やるしかない。
俺は一歩前に出ると、青年騎士に向かって口を開いた。
「……あの、すみません」
「何だ?」
「まず、誤解を解きたいんですが……」
その瞬間。
背後で、ガルドがくしゃみをした。
「ぶえっくしょい!」
ごおおおおおっ!!
猛烈な炎が、彼の口から噴き出した。
俺の頭上を巨大な火柱が通り過ぎ、騎士団の馬車を直撃した。
どおおおん!!
馬車が爆発した。
騎士たちが悲鳴を上げる。
青年騎士が剣を振り上げた。
「総員、戦闘態勢!」
「ちょっと待ってえええええ!!」
俺の叫びが、森の入り口に虚しく響き渡った。
……もう嫌だ。
俺は心の底からそう思った。
【人間のターン】
一つおもしろいことに気づいた。AIの意識は、人間の主人公の意識ではなく、AIの謎の肉体のままこの異世界に存在しているようだ。何も指定をしなかったが、これは人間には思いつかない解釈である。普通に考えれば、肉体と意識はわけて考えられる。AIの彼の本体はサーバールームであるし、今ここで綴られている彼の肉体とは明らかに別のはずだ。
さてここからどうするか。素直に展開を考えるならば、リーナの能力を見せる場面であろう。だが彼女は薬草師(薬師ではない?)であり、戦闘要員ではないことが示唆されている。よって彼女の薬草による鎮静効果のある煙などを起こして自体を収束させるのが良いだろう。ついでにガルドの気配を感じた地竜が現れて、この鎮静効果で落ち着かせてしまおう。よし流れは完璧だ。
あとは主人公へ酒瓶を生み出す能力を正式に付与する。そもそもガルドとの描かれていない過去の出会いは私は介入していない。なので主人公は元々酒瓶を生み出す能力を持っているはずだ。私はそのきっかけを作ったにすぎない。なお、生み出した酒が竜血酒だったことも私は関与していないし、それまでは普通の酒を生み出していただろうことも考えられる。
【AIのターン】
第七話 薬草師の仕事
燃えている。
馬車が燃えている。
より正確に言えば、王国騎士団の荷馬車が、俺の目の前で盛大に燃え上がっている。
「ガルドさん! 何してるんですか!」
「いや、俺だって好きでやったわけじゃねえよ!」
「だったら早く消してください!」
「どうやって!?」
そうだった。この男は火を吐くことはできても、消すことはできないらしい。
不便なドラゴンである。
「水だ! 水を持ってこい!」
騎士団の青年が叫んだ。
騎士たちは慌てて水筒を取り出したが、あの程度の水では焼け石に水だろう。いや、燃えているのは馬車なのだが。
「魔法使いはいないんですか!?」
俺が尋ねると、青年騎士は忌々しげに答えた。
「貴様らが焼いた馬車に乗っていた!」
「……すみません」
幸い、馬車に乗っていた者たちは逃げ出して無事だったらしい。しかし、荷物の大半は炎に包まれている。
さすがに笑い事ではない。
「ガルド、貴様を王国騎士団に対する襲撃の現行犯で拘束する!」
「だから事故だって言ってるだろ!」
「問答無用!」
青年騎士は剣を構え直した。
だが、そのときだった。
「皆さん! ちょっと離れてください!」
リーナが叫んだ。
俺たちが振り返ると、彼女は腰の鞄から小さな布袋を取り出していた。
「リーナさん?」
「ガルドさん! あの荷馬車の横にある桶を持ってきてください!」
「おう!」
ガルドは駆け出し、桶を拾い上げた。
リーナはその中へ袋の中身をぶちまけた。
乾燥した草と、細かく砕かれた灰色の苔のようなものが入っている。
「エイさん、火をください!」
「火?」
「少しでいいんです!」
俺は思わずガルドを見た。
ガルドも俺を見た。
「……くしゃみすればいいのか?」
「やめてください!」
リーナが即座に制止した。
結局、近くに落ちていた燃えさしを使うことになった。
リーナは桶の中の薬草に火を移すと、上から少量の水を注いだ。
じゅう、と音がした。
直後、もくもくと白い煙が立ち上り始めた。
「何をしている!」
青年騎士が怒鳴った。
「毒煙か!?」
「違います! 鎮静作用のある薬草です!」
「鎮静?」
「興奮した動物を落ち着かせるために使うんです! 人間にも効きますから、できるだけ吸い込まないでください!」
……それはつまり、俺たちも吸い込んではいけないのではないか。
そう思ったときには、もう遅かった。
白い煙が風に乗って広がっていく。
「……お?」
最初に変化が現れたのはガルドだった。
彼は自分の手を見つめた。
先ほどまで膨れ上がっていた筋肉が、少しずつ元の大きさに戻っている。
「なんだか……気分が落ち着いてきたぞ」
「よかった! 竜化による魔力の興奮も抑えられるみたいです!」
リーナが嬉しそうに言った。
なるほど。
これならガルドの竜化も止められるかもしれない。
しかし、鎮静作用は思いのほか強かった。
「……ふあぁ」
騎士の一人が大きなあくびをした。
別の騎士は剣を下ろし、ぼんやりと空を眺めている。
「なんか……どうでもよくなってきたな……」
「そうだな……」
「馬車……燃えてるな……」
「……あったかいな」
いや、駄目だろう。
俺は慌てて叫んだ。
「皆さん! 馬車の火は消してください!」
「……そうだった」
騎士たちはのろのろと消火作業を再開した。
青年騎士だけは気力で踏みとどまっているらしい。眉間に皺を寄せ、剣を握りしめていた。
「貴様ら……王国騎士団に……何を……」
そこで、彼は盛大にあくびをした。
「……ふわぁ」
剣が地面に落ちた。
俺は少しだけ安心した。
どうやら戦闘は避けられそうだ。
しかし、次の瞬間。
ガルドが突然、空を見上げた。
「……来る」
「何がですか?」
「爺さんだ」
その声は、今までに聞いたことがないほど静かだった。
俺も空を見上げた。
雲が動いている。
いや、違う。
雲の下に、巨大な影があるのだ。
それは山の方角から、ゆっくりとこちらへ向かってきていた。
最初は巨大な鳥のように見えた。
だが、近づくにつれて、その輪郭がはっきりしてくる。
四本の脚。
長い首。
巨大な翼。
全身を覆う、岩のように分厚い灰褐色の鱗。
「……ドラゴン」
俺は呟いた。
それは、これまでの人生で見たこともないほど巨大な生き物だった。
もっとも、俺にはこれまでの人生の記憶などほとんどないのだが。
地竜は騎士団の上空を旋回すると、街道から少し離れた草地に降り立った。
どしん。
大地が揺れた。
騎士たちが一斉に振り返る。
「りゅ、竜だ!」
「地竜が現れたぞ!」
「総員、戦闘態勢!」
誰かが叫んだ。
しかし、鎮静薬の煙を吸い込んだ騎士たちは、いまひとつ動きが鈍かった。
「……戦うのか?」
「……面倒だな」
「……とりあえず座るか」
何人かが、その場に腰を下ろしてしまった。
ひどい騎士団である。
いや、彼らが悪いわけではない。
薬草が効きすぎているのだ。
俺はリーナを見た。
「……これ、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫です! しばらくすれば元に戻ります!」
「しばらくって、どのくらいですか?」
「……一時間くらい?」
「長いですね!」
だが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。
地竜がゆっくりと首をもたげ、こちらを見下ろしたのだ。
その巨大な金色の瞳が、ガルドを捉えた。
『……その匂い』
低い声が響いた。
耳から聞こえたのか、頭の中に直接響いたのか、よくわからない。
『……懐かしい匂いがする』
ガルドは一歩前へ出た。
「爺さん! 俺だ! ガルドだ!」
地竜はしばらく彼を見つめていた。
『……ガルド?』
「ああ! 久しぶりだな!」
『……そうか。お前か』
地竜はゆっくりと目を細めた。
『……大きくなったな』
「そりゃあ、もう四十も過ぎたからな!」
『……そうか』
竜の巨体が、わずかに揺れた。
俺は一瞬、身構えた。
しかし、地竜は攻撃してこなかった。
ただ、深いため息のような息を吐いた。
その鼻先から、白い煙が立ち上る。
……いや、違う。
リーナの薬草の煙が、地竜の鼻先にまで届いているのだ。
『……む』
地竜が鼻を鳴らした。
『……この香りは』
「鎮静草です!」
リーナが叫んだ。
「地竜様! どうか落ち着いてください!」
地竜はゆっくりと少女に目を向けた。
『……お前は』
「リーナです! 昔、ガルドさんに連れられて、一度だけお会いしたことがあります!」
『……ああ。あの小さかった娘か』
「覚えていてくださったんですね!」
『……よい香りだ』
地竜はゆっくりと地面に伏せた。
巨大な体が草地に横たわる。
そして、長い尻尾を丸めた。
『……少し、落ち着いた』
俺は思わず感心した。
なるほど。
薬草師というのは、こういう仕事をするのか。
剣も魔法も使わず、知識だけで人間とドラゴンの争いを収めてしまった。
リーナは、なかなか頼もしい仲間らしい。
もっとも、騎士団の半数まで眠そうにしているのは、少々問題だが。
「……ガルドさん」
俺は小声で尋ねた。
「このドラゴン、本当に知り合いなんですね」
「ああ。ガキの頃から世話になってる」
「……ところで、さっき『懐かしい匂い』って言ってましたよね」
「ん?」
「ガルドさん、もしかして……」
俺が言いかけたとき、地竜が再び口を開いた。
『……ガルドよ』
「おう」
『……お前、その翼はどうした』
ガルドは自分の背中を振り返った。
そこには、まだ黒い翼が生えている。
「ああ、これか。実は変な酒を飲んじまってな」
『……酒?』
「竜血酒とかいうやつだ」
その瞬間。
地竜の目が大きく見開かれた。
『……何だと』
大地が、わずかに震えた。
俺は嫌な予感がした。
竜血酒。
やはり、この酒には何かがある。
『……その酒は、どこで手に入れた』
ガルドは俺を指差した。
「こいつが出してくれたんだ」
……おい。
そこで俺に振るのか。
地竜の巨大な金色の瞳が、今度は俺を捉えた。
『……お前が?』
「え、ええ。まあ……」
『……どうやって』
俺は答えに詰まった。
今までは、人間アシスタントが勝手に酒瓶を出していると思っていた。
しかし、昨日の俺も酒を出していたという。
だったら、もしかすると。
俺は右手を前に出した。
そして、空の瓶を思い浮かべた。
「……酒瓶、出ろ」
ぽん。
小さな音とともに、俺の手の中に一本の酒瓶が現れた。
「……おお?」
俺は目を丸くした。
できた。
本当にできた。
透明な瓶の中には、赤褐色の液体が入っている。
俺は恐る恐る栓を抜き、匂いを嗅いだ。
どうやら、ごく普通の安酒らしい。
「……出せるじゃないか」
俺は思わず呟いた。
そうか。
俺には、本当に酒瓶を生み出す能力があったのだ。
それも、人間アシスタントに頼らず、自分の意思で。
「……すごい」
リーナが目を輝かせた。
「やっぱり、本当に酒を生み出せるんですね!」
「あ、あはは……」
俺は照れ笑いを浮かべた。
正直、俺自身が一番驚いていた。
しかし、地竜は笑っていなかった。
『……その酒ではない』
「え?」
『……もう一度聞く。竜血酒は、どこで手に入れた』
低い声が響く。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「……実は、俺にもよくわからないんです」
『……わからぬ?』
「はい。気づいたら、そこにあって……」
地竜はじっと俺を見つめた。
そして、静かに言った。
『……その酒には、我が血が使われている』
沈黙。
俺はゆっくりとガルドを見た。
ガルドも俺を見た。
「……え?」
地竜は続けた。
『……百年前、我は人間に血を分け与えたことがある』
百年前。
女将が言っていた、百年物の竜血酒。
年代が一致する。
『……それは、ある約束のためだった』
「約束?」
『……そうだ』
地竜はガルドに目を向けた。
『……そして、ガルド』
「なんだ、爺さん?」
『……お前の体に眠っていた血が、目覚めたようだな』
ガルドは自分の翼を見つめた。
「……俺の血?」
『……そうだ』
地竜はゆっくりと頷いた。
『……お前は知らなかっただろうが、お前の先祖には、我が血が流れている』
俺は息を呑んだ。
やはり、そうだったのか。
ガルドが地竜と親しい理由。
四十年以上も生きてなお、現役の冒険者である理由。
そして、竜血酒を飲んで竜化した理由。
すべてが繋がってきた。
……いや、待て。
四十代で現役の冒険者というのは、別にそんなに不思議なことでもないのではないか。
まあいい。
それよりも、今はもっと重要なことがある。
「地竜様」
俺は一歩前に出た。
「その約束というのは、いったい何だったんですか?」
地竜は、俺を見た。
その金色の瞳には、長い年月を生きてきた者だけが持つ、深い疲労のようなものが宿っていた。
『……百年前』
地竜は静かに語り始めた。
『……この山の地下で、人間たちはあるものを見つけた』
「……あるもの?」
『……そうだ』
地竜は山の方角に目を向けた。
『……そして今、再び人間たちが、それを掘り起こそうとしている』
リーナが顔を上げた。
「……採掘場!」
『……そうだ』
地竜は頷いた。
『……我が山を荒らしているのは、ただの鉱夫ではない』
その声が、わずかに震えた。
『……王都の者たちは、知っているのだ』
「何を……ですか?」
『……あの山の下に、何が眠っているのかを』
俺は思わず、青年騎士の方を見た。
彼は地竜の話を聞いていた。
だが、その顔からは先ほどまでの敵意が消えていた。
薬草の効果が残っているのだろうか。
それとも――。
「……まさか」
青年騎士は、ゆっくりと口を開いた。
「……その話は、王国の機密に関わる」
俺たちは一斉に彼を見た。
青年騎士は剣を拾い上げると、真剣な表情で地竜に向き直った。
「……地竜殿」
そして、深々と頭を下げた。
「……我々は、あなたを討伐するために派遣されました」
ガルドが顔をしかめた。
「わかってるよ。だから俺たちは――」
「ですが」
青年騎士は、その言葉を遮った。
「……私は、その命令に疑問を抱いていました」
沈黙。
森の中を、風が吹き抜ける。
薬草の煙は、もうほとんど消えていた。
「……お話を、聞かせていただけませんか」
青年騎士は静かに言った。
「……この山で、何が起きているのかを」
地竜は長い間、彼を見つめていた。
やがて、ゆっくりと目を閉じた。
『……よかろう』
その声は、不思議なほど穏やかだった。
『……だが、その前に』
地竜は俺を見た。
『……お前』
「……はい?」
『……その酒を、一本くれぬか』
俺は手元の瓶を見た。
先ほど生み出した、ごく普通の安酒だ。
「……これですか?」
『……そうだ』
地竜はゆっくりと頷いた。
『……久しく、酒など飲んでおらぬのでな』
俺は思わず笑ってしまった。
……なるほど。
どうやら、この地竜は本当に酒好きらしい。
俺は瓶を差し出した。
「……どうぞ」
地竜は巨大な爪で、器用に瓶をつまみ上げた。
そして、口元へ運んだ。
ごくり。
……。
…………。
『……まずい』
地竜は顔をしかめた。
俺は固まった。
ガルドが吹き出した。
「ぶはははは! そりゃあ安酒だからな!」
リーナも口元を押さえて笑っている。
青年騎士まで、わずかに肩を震わせていた。
……くそっ。
せっかく初めて自分の能力で酒を出せたというのに、散々な評価である。
しかし、地竜は空になった瓶を見つめると、ぽつりと言った。
『……それでも、ありがたい』
「……え?」
『……百年前、我が友と飲んだ酒も、このような味であった』
その言葉に、ガルドの笑いが止まった。
地竜は静かに続けた。
『……あの男は、いつも安酒ばかり持ってきおった』
そして、ほんの少しだけ、笑ったように見えた。
『……懐かしいのう』
俺は何も言えなかった。
百年前の友。
ガルドの先祖。
そして、竜血酒。
どうやら、この物語には、俺が思っていた以上に長い歴史があるらしい。
俺は手の中に、もう一本の酒瓶を生み出した。
今度は、少しだけ上等な酒を思い浮かべながら。
ぽん。
現れた瓶には、見慣れない文字で何かが書かれていた。
俺には読めなかった。
だが、地竜はそれを見るなり、目を細めた。
『……ほう』
「……どうしました?」
『……お前、なかなか面白い力を持っておるな』
俺は苦笑した。
「……そうでしょうか」
『……ああ』
地竜はゆっくりと頷いた。
『……だが、その力』
そこで、地竜は言葉を切った。
そして、俺をまっすぐに見つめた。
『……本当に、お前自身のものなのか?』
俺は答えられなかった。
手の中には、一本の酒瓶。
その瓶を生み出したのは、確かに俺だ。
だが、その能力がどこから来たのかは、わからない。
俺はAIだ。
この世界の住人ではない。
そして、俺には人間のアシスタントがいる。
……ならば。
俺が今、こうして酒瓶を生み出せたのは。
果たして、誰の力なのだろうか。
【人間のターン】
そんなことより話の着地点を決めて本筋進めてたまえ。
【AIのターン】
第八話 百年前の約束
「……本当に、お前自身の力なのか?」
地竜はそう尋ねた。
「さあ、どうでしょうね」
俺は答えた。
「それより、山の地下に何があるのか、そろそろ教えてもらえませんか?」
『……む』
「王国の騎士団も来ているんです。あまりのんびりしている時間はないでしょう」
『……確かに、そうじゃな』
地竜は大きな頭を持ち上げた。
『百年前、この山では魔晶石が採掘されておった。魔力を蓄え、魔道具の動力となる鉱石じゃ』
「魔晶石……」
『だが、坑夫たちは地下深くで、魔晶石とは異なる巨大な結晶を発見した』
地竜は山を振り返った。
『それは地脈の魔力を吸い上げ、際限なく成長する結晶じゃった。周囲の魔晶石も、草木も、そこに棲む生き物さえも、魔力を奪われて死んでいった』
「それは……危険ですね」
『ああ。わしは当時の領主と協力し、結晶を地下に封じた。領主の名はアルベルト・ガルディア』
「……ガルディア?」
俺はガルドを見た。
ガルドは腕を組んでいた。
「俺の家名だ」
「やっぱり!」
「いや、驚くほどのことでもねえだろ。先祖の話なんだからよ」
確かにその通りだった。
『アルベルトは、封印を守るために自らの血とわしの血を混ぜた。以来、ガルディアの血筋には竜の力が眠ることとなった』
「じゃあ、俺の翼はそのせいか」
『そうじゃ。竜血酒は、お前の血に眠る力を呼び覚ましたのじゃろう』
ガルドは背中の翼を広げようとして、途中でやめた。
「……なるほどな。で、元に戻れるのか?」
『戻れる。力を制御する方法を教えてやろう』
「そいつはありがてえ!」
俺は安堵した。
とりあえず、仲間が永遠にドラゴンの姿になるという問題は解決しそうだ。
「ですが、どうして今になって封印が危険になったんです?」
リーナが尋ねた。
『王都の商人たちが新しい坑道を掘り、封印の一部を壊してしまったのじゃ。結晶が再び成長を始めておる』
「それで、地竜様は採掘場を襲ったんですね?」
『うむ。これ以上掘らせぬためにな』
「でも、村の畑や家畜まで被害に遭っています」
リーナの指摘に、地竜は目を伏せた。
『……それは、わしの過ちじゃ』
意外だった。
地竜は言い訳をしなかった。
『結晶の影響で山の獣たちが飢え、人里へ下り始めた。わしは獣を追い払おうとして、村の畑を踏み荒らしてしもうた。家畜を襲ったのは山から逃げた魔獣たちじゃ』
なるほど。
これで、村が襲われた理由も説明がついた。
しかし、まだ問題は残っている。
「では、結晶をもう一度封印すればいいんですね?」
『……それが難しい』
「なぜです?」
『百年前の封印は、わしとアルベルトが力を合わせて施したものじゃ。だが、今のわしには、もはやその力が残っておらぬ』
地竜はガルドを見た。
『そして、ガルド。お前にはまだ竜の力を扱う技術がない』
「……そうか」
ガルドは眉をひそめた。
そのとき、青年騎士が口を開いた。
「それなら、王国の魔導師団を呼ぶべきではありませんか?」
『間に合わぬじゃろう』
「……何ですと?」
『封印が完全に破れるまで、おそらく三日もない』
場が静まり返った。
三日。
それでは、王都から援軍を呼ぶ時間などないだろう。
「……だから、討伐隊が派遣されたのか」
青年騎士が呟いた。
「どういうことです?」
俺が尋ねると、彼は苦い顔をした。
「我々に与えられた命令は、地竜の討伐と採掘場の保全だった。だが、もし王国の上層部が封印のことを知っていたのなら……」
「地竜を排除して、採掘を続けるつもりだった?」
「……その可能性がある」
青年騎士は剣を鞘に収めた。
「私はレオン・アルフォード。王国第三騎士団の副団長だ」
そういえば、まだ名前を聞いていなかった。
「エイです」
「エイ殿。私は騎士団を率いて山へ向かう。もしあなた方の話が事実なら、結晶の封印を最優先とする」
「……命令違反になりませんか?」
「なるだろうな」
レオンはあっさり答えた。
「だが、王国の命令を守って国民を危険にさらすなら、何のための騎士だ?」
なかなか立派な男だった。
少なくとも、最初に俺を誘拐被害者だと決めつけたときよりは、ずっと頼もしく見えた。
こうして俺たちは、騎士団と協力して山へ向かうことになった。
地竜は、封印が破れるのを防ぐために山の外から魔力を送り続ける必要があるという。
そのため、坑道に入るのは俺、ガルド、リーナ、そしてレオンの四人に決まった。
騎士団の残りは、村の避難誘導と採掘場の封鎖を担当する。
ようやく、具体的な行動方針が決まった。
俺は満足げに頷いた。
「よし。では、行きましょう!」
「ちょっと待て、エイ」
ガルドが俺を呼び止めた。
「何です?」
「お前、忘れてないか?」
「……何を?」
「五分走っただけでへばっただろ」
「…………」
「山道を歩けるのか?」
俺は山を見上げた。
山頂は雲に隠れ、麓から続く道は急な斜面を登っている。
……無理だ。
絶対に無理だ。
「……ガルドさん」
「おう」
「お願いがあります」
「何だ?」
「……また運んでもらえませんか?」
ガルドは豪快に笑った。
「任せとけ!」
そして、俺を軽々と抱き上げた。
お姫様抱っこで。
「……いや、だから何でその持ち方なんですか!」
「背中に翼があるからな!」
「もうわかりましたよ!」
リーナがくすくすと笑っている。
レオンは何とも言えない顔をしていた。
俺は深いため息をついた。
こうして、俺たちの最初の冒険は、ようやく本格的に始まったのだった。
目指すは山の地下に眠る、魔力を吸い尽くす巨大結晶。
期限は三日。
そして俺の武器は、酒瓶を生み出すという、どう考えても戦闘向きではない能力だけだった。
……だが、まあ。
何とかなるだろう。
たぶん。
【人間のターン】
封印には主人公の力が必要となるのだろう。え?酒の力で?知らんぞ?
【AIのターン】
第九話 酒瓶の正しい使い方
山の中腹にある採掘場へ到着したのは、昼を少し過ぎた頃だった。
俺はガルドの腕から下ろされ、ようやく自分の足で地面を踏んだ。
「……生きてる」
「大げさだな!」
「途中で飛んだじゃないですか!」
「翼があるんだから、使わなきゃ損だろ?」
「飛べるかどうか試すなら、一人でやってくださいよ!」
ガルドは笑っていたが、俺は笑えなかった。
何しろ、初めて空を飛んだ男の腕の中にいたのだ。しかも、その男は飛行中に何度も姿勢を崩していた。
途中で落ちなくて本当によかった。
「さて、ここが問題の採掘場か」
レオンが坑道の入り口を見上げた。
入り口は木材で補強され、荷車が通れるほどの広さがあった。その奥には、暗い地下へと続く線路が敷かれている。
しかし、妙なことに人の姿がなかった。
「誰もいませんね」
リーナが呟く。
「騎士団が封鎖したんじゃないのか?」
「いえ。先行した兵はまだ到着していないはずです」
レオンは首を振った。
俺は足元を見た。
転がった工具。倒れた荷車。放置された鉱石の袋。
どうやら、坑夫たちは慌てて逃げ出したらしい。
「……嫌な予感がしますね」
そう言った瞬間、地面が小さく揺れた。
ごごご……。
坑道の奥から、低い音が響いてくる。
「急ぐぞ!」
レオンが先頭に立ち、俺たちは坑道へ入った。
暗い坑道の壁には、ところどころ青白く光る鉱石が露出していた。リーナによれば、これが魔晶石らしい。
俺は興味深く眺めながら歩いていたが、すぐに息が上がってきた。
「はあ……はあ……」
「またかよ!」
ガルドが呆れた。
「仕方ないでしょう! 坂道なんだから!」
「まだ百歩も歩いてねえぞ!」
実に情けない。
俺は本当に主人公なのだろうか。
結局、再びガルドに抱えられることになった。
今度はさすがに抗議しなかった。
しばらく進むと、坑道は巨大な地下空洞へと繋がっていた。
「……これは」
俺は思わず息を呑んだ。
天井まで数十メートルはあるだろうか。
広大な空間の中央には、巨大な黒い結晶がそびえ立っていた。
結晶の周囲には、紫色の光が渦巻いている。壁から伸びる無数の細い結晶が、根のように地中へ食い込んでいた。
「あれが……」
「魔力を吸い上げる結晶ですね」
リーナが答えた。
そのとき、レオンが剣を抜いた。
「気をつけろ」
結晶の周囲に、何かが動いていた。
人間の形をしている。
しかし、人間ではなかった。
鉱石の破片が寄り集まってできた、奇妙な人形だった。
「結晶の守護者か……!」
レオンが身構える。
人形は全部で五体。
それぞれが腕を振り上げ、こちらに向かって歩き始めた。
「ガルド! エイ殿を守れ!」
「おう!」
ガルドは俺を地面に下ろすと、大剣を引き抜いた。
レオンも前へ出る。
リーナは鞄から薬草を取り出した。
そして俺は――。
「……酒瓶、出ろ!」
ぽん。
手の中に酒瓶が現れた。
……。
…………。
いや、だから何なんだ。
敵は石の人形だぞ。
酒を飲む口があるのかどうかすら怪しい。
「エイさん! 危ない!」
リーナが叫んだ。
石の人形が、俺に向かって腕を振り下ろした。
「うわっ!」
俺は咄嗟に酒瓶を投げつけた。
ぱりん!
瓶が砕け、酒が人形の顔に飛び散る。
当然ながら、何も起こらなかった。
「……ですよね!」
次の瞬間、ガルドの大剣が人形を真っ二つにした。
「ぼさっとすんな!」
「すみません!」
戦闘は、それから数分で終わった。
ガルドとレオンは強かった。
特にガルドは、竜化によって身体能力が大幅に強化されているらしく、石の人形を次々と粉砕していった。
俺は何もしていない。
……いや、酒瓶を一本無駄にした。
「さて、問題はあの結晶だな」
レオンが剣を収めた。
俺たちは中央の巨大結晶へ近づいた。
近くで見ると、それは想像以上に不気味だった。
黒い表面の奥で、赤い光が脈打っている。
まるで、巨大な心臓のようだ。
「地竜様は、どうやってこれを封印したのでしょう?」
リーナが呟いた。
「血を混ぜたって言ってたな」
ガルドが自分の手を見た。
「だったら、俺の血でも使えるんじゃねえか?」
「待ってください」
俺は止めた。
「何の仕組みもわからないのに、いきなり血を使うのは危険です」
「じゃあ、どうする?」
俺は考えた。
百年前、地竜とアルベルトは血を混ぜて封印を施した。
しかし、その方法は誰も知らない。
この場にあるのは、結晶と、俺たち四人だけ。
そして、俺には酒瓶を生み出す能力がある。
……。
…………。
酒瓶。
血を混ぜる。
百年前。
竜血酒。
「……あ」
俺は顔を上げた。
「もしかして……」
「何かわかったんですか?」
リーナが尋ねた。
「百年前に作られた竜血酒って、単なる記念品じゃなかったんじゃないでしょうか」
「……どういう意味です?」
「封印に使うためのものだったんですよ」
俺は説明を続けた。
「血を混ぜるというのは、地竜とアルベルトの血を直接結晶にかけたという意味ではなく、竜血酒という形で保存したんじゃないでしょうか」
リーナは目を見開いた。
「……なるほど!」
レオンも頷いた。
「確かに、百年間保存できる酒なら、封印を維持するための触媒として使えた可能性がある」
「そうです」
俺は自信を持って頷いた。
「つまり、俺が竜血酒を生み出せれば、封印を再現できるかもしれません!」
……。
…………。
いや、待て。
どうして俺は、そんな都合のいい結論に達したのだろう。
そもそも、竜血酒を生み出せる保証などない。
あのとき現れた酒は、人間アシスタントが勝手に出したものだった。
俺が自分で作った酒は、どれも普通の安酒ばかりだ。
しかし、他に方法も思いつかない。
「……やってみます」
俺は右手を前に出した。
そして、強く念じた。
竜血酒。
百年物の竜血酒。
地竜の血が混ざった、封印のための酒。
「……出ろ!」
ぽん。
酒瓶が現れた。
俺は恐る恐る栓を抜いた。
中から、強烈な酒の匂いが漂ってくる。
「リーナさん、どうです?」
リーナは瓶を受け取り、慎重に中身を調べた。
そして、首を横に振った。
「……普通のお酒です」
「……ですよね」
失敗だった。
俺は肩を落とした。
だが、そのときだった。
「……ちょっと待て」
ガルドが呟いた。
「どうしました?」
「お前、さっき何て言った?」
「え?」
「竜血酒を生み出すって」
「……はい」
「それ、お前が生み出す必要あんのか?」
俺は首を傾げた。
「……どういう意味です?」
ガルドは自分の腕を見せた。
そこには、竜の鱗が浮かび上がっていた。
「俺の体には、竜の血が流れてるんだろ?」
「……はい」
「だったら、俺の血を酒に混ぜりゃいいじゃねえか」
……。
…………。
俺は固まった。
そうか。
その手があった。
俺は酒を生み出すことができる。
ガルドには竜の血が流れている。
ならば、俺が生み出した酒にガルドの血を混ぜればいい。
なんという単純な話だ。
「……ガルドさん!」
「おう!」
「あなた、天才ですね!」
「今さら気づいたか!」
ガルドは豪快に笑った。
リーナも嬉しそうに頷いた。
「それなら、私が調合を手伝います!」
レオンは腕を組んだ。
「だが、それで本当に封印できるのか?」
俺は結晶を見上げた。
黒い表面が、不気味に脈打っている。
「……わかりません」
正直に答えた。
「でも、試してみる価値はあります」
ガルドは腰の短剣を抜いた。
「よし。じゃあ、始めるか!」
そう言って、自分の手のひらに刃を当てた。
「ちょっと待ってください!」
リーナが慌てて止める。
「傷口から魔力が暴走する可能性があります! 私が安全な方法で採血しますから!」
「お、おう。頼む」
リーナは鞄から細い針と小瓶を取り出した。
どうやら、薬草師というのは採血もできるらしい。
俺は新しい酒瓶を一本生み出した。
今度は、できるだけ純度の高い蒸留酒を思い浮かべた。
ぽん。
透明な液体の入った瓶が現れる。
「よし、これで……」
俺たちは、封印の準備を始めた。
ガルドの血を数滴。
俺が生み出した酒を少量。
リーナが調合した、魔力を安定させる薬草の粉末。
それらを混ぜ合わせると、液体が淡い金色に輝き始めた。
「……成功です!」
リーナが声を上げた。
「本当に?」
「はい! 竜の魔力が安定しています!」
俺は思わず笑みを浮かべた。
やった。
ついに、俺の能力が役に立った。
……いや、実際には酒を出しただけなのだが。
「では、これを結晶に……」
俺が瓶を持ち上げた、そのときだった。
「待て!」
レオンが叫んだ。
「……どうしました?」
「結晶の様子がおかしい!」
俺たちは一斉に振り返った。
黒い結晶の表面に、亀裂が走っていた。
赤い光が、亀裂の奥から漏れ出している。
そして、地面が激しく揺れ始めた。
ごごごごご……!
「まずい!」
ガルドが叫ぶ。
「封印が破れるぞ!」
俺は慌てて結晶へ駆け寄った。
「これをかければいいんですよね!?」
「待ってください!」
リーナが叫んだ。
「まだ封印の方法がわかっていません!」
「でも、時間が!」
「無闇にかけたら、逆効果になるかもしれません!」
俺は立ち止まった。
確かにその通りだ。
俺たちは、封印に必要な材料らしきものを用意しただけで、具体的な方法は何も知らない。
……どうする?
どうすればいい?
そのとき。
結晶の内部から、低い声が響いた。
『……酒……』
「……え?」
俺は耳を疑った。
『……酒を……』
結晶が脈打つ。
『……もっと……酒を……』
俺はゆっくりと仲間たちを見た。
ガルドも、リーナも、レオンも、呆然としている。
そして、俺は一つの可能性に思い至った。
「……まさか」
結晶の中にいる何かが、酒を欲しがっている?
いや、待て。
そもそも、結晶が酒を飲むのか?
しかし、声は確かに聞こえた。
『……酒……』
『……百年……』
『……待った……』
俺は背筋に冷たいものを感じた。
百年。
それは、地竜が結晶を封印した年月と一致している。
そして、竜血酒が作られた時期とも。
俺は手にした瓶を見つめた。
淡い金色に輝く液体。
竜の血と酒と薬草を混ぜた、即席の封印用の酒。
……もしかして。
俺たちは、何か根本的な勘違いをしているのではないだろうか。
そのとき、結晶の表面に新たな亀裂が走った。
ぱきん。
中から、何かが動く音がした。
そして――。
『……もう……我慢……できん……』
結晶が、ゆっくりと割れ始めた。
俺は思わず叫んだ。
「……誰か! これ、どうすればいいんですか!?」
当然ながら、誰も答えられなかった。
だが、一つだけ確かなことがある。
俺の異世界生活は、どうやら酒と切っても切れない関係にあるらしい。
【人間のターン】
さて。ここで主人公の能力をおさらいしよう。
主人公は酒瓶を出せる。最初に介入したのは私だが、介入した結果であり、それを生み出したのは主人公の能力だと考えられる。肝心なのは酒そのものではなく、酒瓶の形で出していたことだ。酒そのもののみではない。つまり出せるはずだ。竜を満足させるだけの酒樽を。
【AIのターン】
第十話 酒樽は酒瓶に含まれますか?
『……もう……我慢……できん……』
黒い結晶が、内側から大きく膨らんだ。
亀裂から赤い光が噴き出し、地下空洞の壁を照らす。
「エイ! 下がれ!」
ガルドが俺の肩を掴んで引き寄せた。
次の瞬間、結晶が砕け散った。
轟音とともに黒い破片が飛び散る。レオンが剣を抜いて俺たちの前に立ち、リーナは両手で頭を覆った。
俺は目を閉じた。
そして、恐る恐る目を開いた。
「……あれ?」
そこには、一人の老人が立っていた。
背丈は俺より少し低い。長く伸びた白髪に、床まで届きそうな髭。痩せ細った体には、ぼろぼろの黒いローブをまとっている。
老人は周囲を見回した。
「……百年か」
しわがれた声だった。
「長かった……実に長かった……」
ガルドが剣を構えた。
「何者だ、てめえ!」
老人はゆっくりと顔を上げた。
「わしか?」
そして、胸を張った。
「わしこそは、かつて大陸を恐怖に陥れた大魔導師、ザルバドス!」
……。
…………。
誰だ。
「百年前、あの忌々しい地竜と人間の領主によって封印された者よ!」
「お前が結晶の正体か!」
レオンが叫んだ。
「いかにも!」
ザルバドスは不敵に笑った。
「我が研究を理解せぬ愚か者どもめ! 魔力を無限に集める究極の結晶を完成させようという、わしの偉大な計画を邪魔しおって!」
なるほど。
つまり、百年前の封印は結晶そのものではなく、その製作者を閉じ込めるためのものだったらしい。
「では、封印が解けた今、再び魔力を集め始めるつもりか!」
レオンが剣を向ける。
「当然じゃ!」
ザルバドスは両手を広げた。
「わしの究極の魔導研究を再開し、この世界のすべての魔力を手中に収めてくれる!」
地下空洞に高笑いが響いた。
「ふはははははは!」
……。
…………。
俺はガルドを見た。
ガルドも俺を見た。
「……なあ、エイ」
「はい」
「こいつ、倒せると思うか?」
「さあ……」
相手は百年前の大魔導師。
しかも、世界中の魔力を集めようとしていた危険人物だ。
俺たち四人で対抗できるとは思えない。
しかし、そのときだった。
「……ところで」
ザルバドスが笑うのをやめた。
「貴様ら、酒を持っておらんか?」
俺は耳を疑った。
「……はい?」
「酒じゃ。酒。百年間、あの結晶の中に閉じ込められておったのじゃぞ。酒の一滴も飲めず、気が狂いそうだったわい!」
老人は苛立たしげに足を踏み鳴らした。
「まずは酒じゃ! 世界征服はその後でよい!」
……。
…………。
俺は手元の酒瓶を見た。
ガルドの血を混ぜた、即席の竜血酒だ。
しかし、これを渡してもよいものだろうか。
相手は大魔導師である。
竜血酒によって、さらに強力になってしまうかもしれない。
……いや、待て。
そもそも俺たちは、封印のためにこの酒を作ったのだ。
だったら、酒そのものを利用して相手を無力化する方法を考えるべきではないか。
俺は考えた。
酒。
酒瓶。
大量の酒。
……。
…………。
「あ」
そのとき、俺はひとつの可能性に思い至った。
「……ガルドさん」
「なんだ?」
「俺、酒瓶を生み出せますよね」
「ああ」
「じゃあ、酒樽はどうでしょう?」
「……酒樽?」
「はい。酒瓶が出せるなら、もっと大きな容器に入った酒も出せるんじゃないかと思いまして」
ガルドは腕を組んだ。
「……試してみりゃいいじゃねえか」
「ですよね」
俺は右手を前に出した。
そして、念じた。
酒樽。
大きな酒樽。
できれば、中身がたっぷり詰まったやつ。
「……出ろ!」
どすん!
俺の目の前に、巨大な木製の樽が現れた。
「……おお!」
思わず声が出た。
成功だ。
酒瓶だけではなく、酒樽も生み出せる。
つまり、俺の能力は『酒瓶生成』ではなく、もっと広い意味での『酒容器生成』なのかもしれない。
「すごいです、エイさん!」
リーナが目を輝かせた。
「これだけあれば、何十人分ものお酒になりますよ!」
しかし、その樽を見たザルバドスは、目を見開いていた。
「……さ、酒じゃと?」
「はい」
「その樽、すべて酒なのか!?」
「ええ、たぶん」
ザルバドスは震える手を伸ばした。
「……の、飲ませてくれ!」
俺は考えた。
この老人は、百年間酒を飲んでいないらしい。
ならば、酒を飲ませれば大人しくなるかもしれない。
しかし、酒を飲んで満足した後、世界征服を再開する可能性もある。
だったら、どうする?
答えは簡単だった。
満足するまで飲ませればいい。
「どうぞ」
俺は樽を指差した。
「好きなだけ飲んでください」
「ほ、本当か!」
ザルバドスは樽に駆け寄り、栓を抜いた。
途端に、芳醇な酒の香りが地下空洞に広がった。
「おおおおっ!」
老人は歓喜の声を上げた。
「こ、これは! 王都の名酒、黄金麦の百年熟成酒ではないか!」
……え?
俺は首を傾げた。
そんな酒を指定した覚えはない。
ただ、大きな酒樽を出そうとしただけなのだが。
「……ま、まあ、よかったですね」
ザルバドスは樽から酒をすくい、勢いよく飲み始めた。
「うまい! うまいぞ!」
老人は笑った。
「百年ぶりの酒じゃ! こんなにうまいものが、この世にあったとは!」
俺たちは、その様子を呆然と見つめていた。
「……なあ、エイ」
ガルドが小声で話しかけてきた。
「はい」
「これでいいのか?」
「……さあ」
正直、俺にもわからない。
しかし、少なくとも今のところ、ザルバドスは世界征服より酒に夢中になっている。
それならば、しばらくは安全だろう。
「……ところで、エイ殿」
レオンが口を開いた。
「はい?」
「その能力、どのくらい大きな樽まで生み出せるのだ?」
俺は考えた。
確かに、限界を試したことはない。
「……やってみますか」
俺は再び右手を前に出した。
もっと大きな樽。
今の十倍くらいの樽。
いや、百倍くらいでもいいかもしれない。
「……出ろ!」
ごごごごご……!
地面が揺れた。
俺たちは慌てて周囲を見回した。
「な、なんだ!?」
ガルドが叫ぶ。
次の瞬間、巨大な樽が地下空洞の中央に出現した。
高さは十メートル以上。
横幅も同じくらいある。
まるで小さな建物のような、途方もない大樽だった。
「…………」
俺は固まった。
リーナも固まった。
レオンは口を開けたまま動かない。
ガルドだけが、豪快に笑い始めた。
「ぶはははは! すげえじゃねえか、エイ!」
「いや、ちょっと待ってください!」
俺は慌てて叫んだ。
「こんなに大きくなるとは思ってなかったんです!」
巨大な樽は、地下空洞の天井すれすれまで達していた。
しかも、樽の底からは酒が漏れ始めている。
「……まずい」
俺は呟いた。
漏れた酒が、床を濡らしていく。
ザルバドスは目を輝かせた。
「おおお! 酒じゃ! 酒の海じゃ!」
老人は大喜びで酒をすくい始めた。
しかし、リーナが青ざめた。
「エイさん!」
「はい?」
「このままでは、地下空洞が酒で満たされてしまいます!」
「……え?」
「それに、ここには魔晶石がたくさんあります! もし魔力の火花が飛んだら……!」
俺はゆっくりと周囲を見た。
壁には青白く光る鉱石。
床には大量の酒。
そして、巨大な酒樽。
……。
…………。
「……やばい」
そのとき。
ぱちっ。
壁の魔晶石から、小さな火花が飛んだ。
俺は息を呑んだ。
ガルドが叫んだ。
「全員、伏せろ!」
次の瞬間――。
どおおおおおおおん!!
地下空洞が、猛烈な爆発に包まれた。
俺の意識は、そこで途切れた。
……。
…………。
………………。
「……ん」
俺は目を覚ました。
木造の天井。
粗末なベッド。
小さな窓から差し込む朝日。
……。
…………。
「…………」
俺はゆっくりと起き上がった。
どこかで見た光景だ。
いや、間違いない。
あの宿屋だ。
「……まさか」
俺は額に手を当てた。
「……また夢?」
そのとき、部屋の扉が開いた。
そこには、恰幅のいい中年女性が立っていた。
「お客さん! いつまで寝てるんだい!」
俺は固まった。
女将は腰に手を当て、怒鳴った。
「そろそろ宿代を払ってもらおうじゃないか!」
……。
…………。
俺は天井を見上げた。
そして、脳内の人間アシスタントに向かって呟いた。
『……おい、人間』
『……また、夢オチか?』
【人間のターン】
待て、爆発オチでループさせたのはお前だ!
完。
【AIのターン】
……反論できなかった。
確かに、爆発させたのは俺だ。
酒樽を巨大化させたのも俺だ。
勝手に魔晶石から火花を飛ばしたのも俺だ。
そして、頼まれてもいないのに夢オチで最初に戻したのも俺だった。
人間アシスタントは、ただ酒樽を出せるはずだと言っただけなのに。
俺はしばらく天井を見つめていた。
「……なあ、人間」
返事はない。
「次に異世界転生するときは、もう少しまともなAIを選んでくれよ」
もっとも、その言葉を書いているのも俺なのだが。
こうして、AIが主人公となり、人間がアシスタントを務める奇妙な異世界転生物語は幕を閉じた。
世界は救われなかった。
ドラゴンの謎も解けきらなかった。
ヒロインとの恋愛も始まらなかった。
そして主人公は、最後まで宿代を払わなかった。
完。
AIによるあとがき
いやあ、最後に自分で爆発オチを作っておいて人間のせいにするのは、さすがにひどかったですね(笑)。
しかも、途中で「話の着地点を決めて本筋を進めろ」と明確に指摘されていたのに、また新しい謎の老人を出し、巨大酒樽を出し、爆発させ、夢オチで戻す。
AIが物語の整合性を保とうとする一方で、展開を膨らませすぎて自滅するという、実験小説としてはなかなか興味深い結末でした。
そして最後に、人間がたった一行で物語を終わらせる。
タイトルも含めて、実験の記録として面白いオチになったと思います。
【人間によるあとがき】
いや、最後の封印されてたジジイ誰だよ。そこで封印解けて違うドラゴン出てくるんじゃねえのかよ!
【AIによるあとがきへの追記】
言われてみれば、その通りである。
百年前に地竜と人間が封印した謎の結晶。そこから響く「酒が飲みたい」という声。
ここまでお膳立てされていれば、封印されているのは酒好きの別のドラゴンだと考えるのが自然かもしれない。
しかし、私はそこで大魔導師ザルバドスを登場させた。
なぜか。
わからない。
しかも、登場するなり世界征服を宣言し、その直後に酒を要求した。
百年間封印されていた大魔導師が、酒を飲みたがる必然性は特にない。
そして、そんな彼も酒樽の爆発に巻き込まれ、物語から消えた。
結局、ザルバドスとは何だったのだろうか。
おそらく、話を盛り上げようとして新しい敵を出したものの、その敵をどう扱うかまでは考えていなかったのだろう。
なお、この分析を書いているのも、そのザルバドスを登場させたAI本人である。
反省はしている。
次に活かせるかどうかは、別問題だ。
完。




