忘れないよ
おはようございます。こんにちは。こんばんは。お久しぶりです。咲が丘ゆづきです。今回は、
とても重い内容となっております。実体験です。トラウマのある方や、気分が優れない方は、読むのをお控えください。小説、というより、自分の気持ちを表しただけの文なので、小説としては読めないと思います。
2月下旬。SMS
普段連絡来ない父親から
「ママが子宮頸がんで倒れた。若いから進行早くて1週間持つか分からない」と連絡が来た。
突然の母の重篤を聞かされて、
パニックになっていたが、冷静にGHの社長(元)
病院行きたいって頼んだら
「早くて1週間だろ。大丈夫だろ」
と言われ来週まで待てと言われた。
1度は電話切ったが、
やっぱり納得が行かず、もう一度電話をかけた。
僕は、元々言いたいことが言えない性格で臆病だ。でも
今回はこのままじゃダメだと思った。
だからもう一度電話をし、
「タクシーで行きます」と伝えた。
言った瞬間「バカかよタクシーなんかで行けるわけないだろ」と言われた。
「お前らが連れて行ってくれないから行こうとしてんだよ。てめぇにとっては赤の他人でも俺にとっては血の繋がった唯一の数少ない家族なんだよ」
口が勝手に動いていた。
数時間後車出してくれた。
その人は運転してないが、運転した人もブツブツ文句言ってたが病院に連れていってくれた。結局2,3日しか持たず2月23日0時過ぎに亡くなった。
結局他人は他人でしかない。ゴミ。人間は信頼するに値しない。もちろん自分も。
自分の無力さと器の小ささを悔やんだ。
人って死ぬんだなって思った。
呼吸が苦しそうで、痰がずっと絡んでいて、ビビりな僕は、何回も看護師さん呼んで取ってもらった。
1週間前に
「具合悪いならちゃんと病院行けよ」
「大丈夫だよ~」
これが元気な時の最後の言葉。
山形まで4時間。途中トラブルもあったけど、無事病院に着いた。
病室に入った時、
最初だけ意識あった。その時一瞬だけ名前を呼んでくれた。最後の会話となった。
喘鳴は聞いてて辛かった。
最低でゴミでクズだけど、見てられなかった。
どんどん弱っていく姿に耐えられず、
友達に電話したり、父親と話したり、
自分が壊れないようにしていた。
最低だよな。本当に苦しいのは本人なのに
子宮頸がんだったらしいけど、不明瞭がん?とかで癌がもう肺など違うところに回っていて、いつ急変してもおかしくはないと言われた。
お金も持ってきておらず、自分の服用の分の薬も持ってきていなかった。
職員、管理者からは帰ってこい と言われた。
でも僕は帰りたくなかった
だから、嫌です と言って帰らなかった。
もう一度言うが他人なんてクソだ。ゴミだ。
状況を説明して居させてくださいとも言った。なのに帰ってこいと言われた。
親が重篤でいつ死ぬか分からないのに、帰ってこいとは。
この世界にも鬼はいたものだ
病院で過ごしたことは正直あまり覚えてない。
1度実家(母と住んでいた家)に帰って、夜を過ごした。
病院の近くで待機していてください
と言われ、近くのスーパで雑誌を買った。
家からアニメグッズも持って行った。
間違いだったら申し訳ないが、
重篤で危ない人は、ある程度の自由が許されるようだ。
先生に音楽流していいですか?と聞くと、許可を貰えた。
もちろん周りに迷惑がかからないように。
そのくらい危ないってことに気づいていなかった。
アニメグッズを開けながら、好きなアイドルだよ
音楽好きだったよね
と声をかけた。相変わらず喘鳴で苦しそうだった。
その日は自分がそばにいることになった。
特に何もなく、症状も変わらず
今日も大丈夫だろうと勝手に思っていた。
ここからあまり記憶にない。
母親の病状が急変した。看護師さんがお父さん呼んでくださいと言った。
血圧が下がってると言っていた。
時間が出来た時、父親と2人で宗教の会館に行った。
嫌いな宗教にも行った。祈った。神様にも祈った。 でも助けてくれなかった
いきなりだった。見えなかった。わからなかった。
父親が来る頃には死亡が確認され、
2月23日 僕の母親は53歳で旅立った。
それからは、決められた、
準備されてたのように、進んだ。
無知で無力でガキの自分には一切わからず、本当に死んだのかもわからなかった。
本当に亡くなった時って医師が目を開けて瞳孔確認するんだなぁって思った。
亡くなってからは、自分でもよくわからない行動をし、完全におかしかったと思う。
そして 1ヶ月滞在することになって
GHに戻ってきた。
しつこくて申し訳ない。最後にもう一度言うが、他人はクズだ。
戻ってきて、職員は部屋の片付けをしろと言った。
僕は無気力だったので何も知る気は起きなかった。
あれから3年。
3周忌。宗教の影響でお墓参りには行けず、お花を買うことにした。
大好きだった訳じゃない。許した訳じゃない。でも、今になってきっと、母も
大変だったのだろうな とは思う。
他人がクズなのではなく、もしかしたら自分の人生がゴミなだけなのかもしれない。
人生は何があるか分からない。
急に重病になり、理解も得られず責められ死にたくなることもあれば、恋人ができ幸せな経験もあるだろう。
母が亡くなり親の呪縛からは解放されたが、違う呪いにかかっている。
愛は呪いなのは本当かもしれない
母の死で学んだことは、人は急に死ぬこと。本当に人は死ぬこと。最初に出て来たような人間にはならないよう自分も気をつけたいと思った。
クソでゴミな人生だが、まだ時間だけは多分あるので、自分なりに楽しみながら適当に生きていこうと思う。
2026年2月23日




