第2話
私の気持ちは夢と現の境界を揺蕩う。「すいません。今お時間よろしいですか?」私はその声から目を逸らした。「ちょっと待ってくださいよ。お兄さん!」私の行く手を妨げるのは目の前に現れた男。先ほどの声の主。彼は片手にマイク、もう片方にビデオカメラを持っていた。「お兄さん、名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」どうしよう。私は後ずさる。しかし、もうそこには逃げ場なんてなかった。「名前…」追い込まれた私はその言葉に反応してしまう。「そうです。お名前を!」
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僕の気持ちが不誠実で不明瞭へと成り果てる。「もしもし、大丈夫ですか?」気づくと僕は目の前にいる男に揺さぶられ起こされていた。「心さん、大丈夫ですか?途中で急に倒れたので、心配しましたよ。」目の前にいるこの男は心配そうな顔をして僕を見下ろしている。僕は何が何だかわからない。「えっとあなたは…」僕は消え入りそうな声でその男に訊ねる。「あっ僕の名前ですか?では改めまして僕の名前は”おんり”と申します。」彼の言葉、特に彼の名前、そこには言いようのない気持ち悪さがあった。そう、彼の名前を何度も聞いているような、そんな既視感を。僕はその既視感に心が打ちのめされて思いがけず顔をしかめてしまった。その男はそんな僕を嫌な顔一つ見せないで起き上がらせた。「ありがとう…ございます。」僕はこの気持ち悪さを、この説明がつかない既視感すべてを、自分の所為にすることにした。所詮、自分の感じ方には大きな差異が生まれてしまうのだから。特に新しい物事が僕の目の前に現れた時、その差異が僕の目の前に現れてこれ見よがしに主張してくる、僕はそう感じてしまったから。僕の今のこの気持ち悪さはこの差異を感じているだけなんだろうなって思ったから。そして僕は彼に笑いかけた。彼は僕の顔を見てひどく心配していたから。彼をずっと心配させたままでいることに対して、いたたまれない気持ちが湧き上がった。そう、僕は耐えられなかった。
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俺の気持ちの崩壊が始まった。「えっと、それでは街頭インタビューをさせていただきます。本当によろしいのですね?」そう尋ねられて俺は思いがけず頷いてしまった。「それでは最初にあなたに最近起きた印象深い出来事はなんですか?」俺は考え込む。どう言い訳すればいいのだろう。「えっと、最近起きた、印象、深、い出来…事は…」どうしよう、うまく言葉がつながらない。目の前にいる男は俺を怪訝な顔で見ている。怪しまれている!俺の心が追い立てられる。何か話さなければ!その追い立てられた気持ちが生み出す強迫観念が俺の脳みそを無理やりねじる。「そうそう、最近印象深い出来事はカメレースです。」「カメ…なんですか?」「えっと、カメレースです。」「えっと…」「ですから!カメレースです。」「カメレースとは?」彼は訊ねる。「えっ、ご存じない?あの有名なエクストリームスポーツ、カメレースを!」彼は首を傾げている。どうやら彼は俺の言葉が呑み込めないらしい。彼の顔には「カメレースって何?」という困惑がでかでかと張り付いていた。
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「私の名前は…」息が詰まる。声が続かない。のどにつっかえた空気が私の気持ちを、心を、圧迫していく。いたたまれない気持ちに導かれるままに僕は彼に話しかける。俺は彼の困惑に近い表情を見て疑念だったものが確信へと変わる。「フフフ。我に声をかけるとは運のいいやつよ。そう、我の名は心。この名を覚えることを許そうではないか!名前の知らぬ何某よぉ。」私は、僕はこの口から出てきた言葉に戸惑う。その言葉は私の、僕のものではなかった。響きも声色も全く別の…。
俺は彼の困惑に満ちた表情を見て俺の気持ちに生じた変化に気づいた。どうしてだろうか。筆舌しがたい嬉しさが俺の心に満ちていく。その感情は言いようのない高揚。俺はその高揚にあてられてつい笑ってしまう。俺の目の前で彼は、俺がその問いを応えてくれるのを今か今かと待っている。その様が滑稽だからだろうか?それとも、このカメレースは俺が俺をごまかすために用意したでまかせにすぎないからだろうか。違う。この時、俺は確信した。俺は憎んでいたんだ。この目の前にいる男を!彼の声色には人を見下すような響きがあった。その声色と彼の話す際に用いられる敬語が織りなす差異が、俺を知らず知らずのうちに貶めていたんだ。俺の心の高揚が憎しみへと変わる。そして俺は意気揚々と話し始める。カメレースの顛末を彼の顔面に凶器のように突き付けて。彼から会話を奪還し、彼を貶めるために!
続く
読んでくださってありがとうございます。
二話完結予定でしたがもう少し伸びてしまいました。
申し訳ありません。




