第40話 メンタルが豆腐っていうか、ここではリゾットのようにぐずぐずで。
「はい、アディ。あーんして」
「……いや、ルナ。俺……自分で、食べられるから」
ルナが一生懸命に、世話を焼こうと張り切っていた。対するアディはそれに苦笑いする。公爵令息が、家格が下の侯爵令息に、あーんはダメだろう。
――誰だよ、こんなことルナに教えたやつは。しかもなんか、お世話スキル上がってない?
実技考査の四日目、アディはほとんど寝て過ごし、五日目の午後、ようやく少し起き上がれるようになった。
六日目の今日、食事をどうするかとマーレに聞かれ、アディが答える前に、ルナが割り込んできて今に至る。
「ダメだよ、アディはすぐ無理するから!」
「……。もう大丈夫だよ」
キッと睨むルナに差し出されたスプーンを、アディはしぶしぶ口へと受け入れた。
受け入れなければ、そのうちルナに泣かれそうな気がしたためだ。
ルナによって、ほどよく冷まされたリゾットは温かく、ミルクとチーズの味が優しく口内に広がった。
「嘘だ。カリスもひどい、アディ虐める。
僕はアディに早く良くなってもらって、一緒に学園に行きたいのに」
実技考査は一週間続く。今はその終盤だった。全校生徒が行うのだから、日数がかかる。ルナはこの期間に今回、十人と手合わせするそうだ。
『何処にも行かないで。居なくなったら許さない! だから一緒にいてね、アディ!』
マーレが面会許可を出した矢先、ルナが部屋に入るなり泣きながら、アディに抱きついた。
あれからルナは自分の試合以外は、アディの部屋に来ては、何かと世話を焼いていた。
――俺、懐かれたよなぁ。ヒロインでもないのに。
余計な力が抜けて素直になったのは良いが、アディにべったりなのもいかがなものかと若干アディは呆れている。
度重なる出血で、アディはかなりの貧血になっているらしい。
失った血に関しては、とにかく寝て食べて療養することが一番の治療だという。
――あれだけ吐いたら、死んでもいいと思うんだけどな、俺?
ノーマル設定はどこに消えたのか、まだ人間だよなと、アディは自分にツッコミをいれた。
そういうことで、今はベッドにクッションを並べ、身体を預けなければ座ることも難しい。
アディは身体強化も使うなと、診察の度にマーレに厳重注意をされていた。
ルナがいない時のアディの部屋には、マーレやセレーヌス、時にはセレーヌスの侍従やメイドと誰かが常にいるのだった。
――心配と過保護と監視と、たぶん全部だよな。
ベッドとサイドテーブルの横に立て掛けられたカリスからの剣について、誰も一度として触れなかった。
ただ皆、優しくアディの世話を焼いてくるだけだった。
――俺がどうするか、皆待ってる。
そしてどうしたいのか、アディ自身も決めあぐねている。
決めてしまったら、もう後には戻れないからだ。
カリスはあれから、アディの部屋には来ていない。
実技考査中で、試験相手として、王子として、引っ張りだこだとは思う。
意外にもあの日、カリスの子どもっぽい一面をアディは見た。向こうも恥ずかしくて来づらいのではと、ちらっと思ったのは内緒だ。
けれど、一番の理由はアディが選ぶのを、待っているのだろう。
――居心地がいいんだろうなぁ、その場所は。
今の自分の立ち位置は、まるでゲームの主人公のようだ。
リゾットを勧めてくるルナは、頬を赤らめてとても可愛く、アディに笑ってくる。
それは、アディの性別を一瞬忘れてしまうほどの熱量だった。
立て掛けられた剣も、アディを縛る物ではなく、ただ欲するままに守るための手段としてそこにあった。
マーレもセレーヌスも、家族も、とてもアディを大切にしてくれる。
拒絶されたことなど、ただの一度もないのだ。
だからこそ、アディは失うのが怖い。
――ヒロインが来たら、全部差し出せるのか。
ひたむきに剣を交え相対してきた、まっすぐなフィデス。
アディが見た、彼の姿。そこに一点の陰りが目に宿った。
アディは弱い。許した相手に拒絶されたら、立ち直れないと思う。
「アディ、ごめん。熱かった?」
「いや、ルナ。大丈夫」
「でも、痛そう……」
リゾットをすくったルナが、心配そうにアディの顔を覗いた。
アディは即座に否定し、重い腕を持ち上げて、ルナの頭を撫でた。
「アディ、アディが痛いのはもう嫌だよ。僕、頑張るから。だから、僕の前からいなくならないで……」
ルナは、まっすぐにアディを上目遣いで見上げた。アディが頭に乗せた手を掴んで頬へと下ろすと、その手を包み込んだ。
アディの冷えた手に、ルナのその温もりがじわりと移る。
――ズルいな。ルナも、カリスも……。
ズルすぎて、全部投げ出したいのに、弱いアディは甘えたくなってしまうじゃないか。




