第30話 真の天才って彼らを言うんだよ。頭の中どうなってるの? 不思議すぎ。
前期定期考査の筆記試験。
アディは、配られた問題用紙と答案用紙を見比べて、その手を止めた。
前方を見れば、カリスにウェルムは普通に解いていっている。逆に早いくらいだ。
――読むと同時に解いてるな、あれ。
ルナとフィデスが、少しつまずきながらも解いているのが分かった。
横の少し離れた席、ケレルも集中して机に向かっている。
――呑気なのは俺だけ、か。
授業は真面目に受けていたし、前世知識にもない科目に関しては、純粋に楽しんでもいた。
問題が全く分からないこともなければ、答案用紙に書けないなんてこともない。
書こうと思えば書けるのに、気が進まなかった。
「……」
アディはため息をついて、それでも鉛のように重く感じるペンを、再び手にとった。
◇◆◇◆◇◆◇
――アディが変だ。
筆記試験最終日。
廊下へと張り出された実技試験の行程表を、楽しみにしていたフィデスはさっそく自分の目で見にきた。
実技考査の公表は後日、ウェルムがスケジュール表を個別にくれるため、フィデスが見に来る必要がないのだ。
下位クラスの生徒からの対戦希望で、過密スケジュールになることから個別に見やすい表をウェルムが作ってくれるのである。
けれど今回は、アディと戦えるかを早く確かめたくて、気が気でなかったのだ。
「アディ。ありがとう!!」
ルナとケレルと一緒に廊下を歩いているアディを、フィデスは見つけた。
アディの正面から飛びついて、感謝の意をフィデスは伝える。
驚いたアディが少しだけ足をもつれさせ、すぐに体勢を整えていた。
「お誘いを受けたので、乗ると言ったじゃないですか。……期待外れでも怒らないでくださいね」
アディは、そういって笑った。フィデスが抱きついても、最初から一度も怒ったことはない。
毎回、抱きつくまで気づいてなくて、驚いているにもかかわらず、だ。
ウェルムやカリスとはまた違う、余裕のある感じをアディから感じる。
けれどそれは、情があるとか優しいとかともまた違う気もする。
――いや、最初はあったんだ。確かに。
その証拠に、ルナがアディに懐いてる。
ルナは公爵家の生まれで、魔法にも剣技にも才を得た。魔法剣士と賛辞を贈られ、大人の思惑に振り回されて、人付き合いが苦手なやつが、アディに懐いた。
――アディが変だ。
アディが普通にクラスに顔を出すようになってから、日を追うごとに、よそよそしさを感じる。
声をかければ応えてくれるし、笑ってもくれる。いたずらをしても許してくれる。
けれどそこに、彼の気持ちがともなっていない気がする。
このまま、疎遠になるのではないかとさえ思うほど。
居ても、居なくても変わらない温度感で空気のように存在が希薄。
――クラスが同じなのだから、そんなことはないはずなのに。
アディ達と別れて、フィデスは専用のラウンジに行く。教室にいない時のカリスは、だいたいここだからだ。
「フィデスが、自分から来るとは珍しいね」
「対戦表が貼り出されて、何かありましたか? アディとは、初戦で同じに配置していたかと思いますが」
カリスと一緒にウェルムも居た。彼らはティータイム中のようだ。
二人が居るなら話が早い。考えることが苦手なフィデスのことを、補ってくれるから。
「ウェルム、前に言ってたよな? 好きに対話していいって」
「ええ。貴方は正直なのが長所ですからね。あの一件、目を瞑るのが嫌なのでしょう?」
「ああ、ルナがルールを怠ったのも許せない、怪我を隠したアディも許せない。
なぁ、本気のアディと戦うには、どうしたらいい?」
普段でさえ、今のアディは素ではない気がする。何かが変なのだ。
「普通に戦うだけでは、足りないのかい?」
カリスが探るような視線を、フィデスへと向けていた。
――ああ、そうか。チグハグなのか。
フィデスはカリスを見て、頭の中でスッと何かが繋がった感じがする。
目の前にいるカリスとウェルムは、笑顔の裏で策略が得意だ。フィデスにもルナにも必要とあれば嘘をつくし、謀の駒にもする。
フィデスには到底出来ない芸当。だから自分は、カリスの剣であり続ける。
アディも、フィデスと同じで苦手そうだ。
それにフィデスと違って、模擬戦でもなければ魔法を伴わない動きには鈍感。
気配察知などの危機管理も、アディは素人のように下手だ。
けれど、魔法の練度や技量はウェルムやルナにも匹敵するだろう。相手をいなすことやフェイントや誘導が出来る辺り、剣技でもフィデスと渡り合えると思った。
そしてあれだけの怪我をしてなお、平然とやってのけた異常性。
フィデスが気づいたのは一点、アディの汗のかき方だけだ。怪我をした者が生理的に出すのと同じ、寝不足であの量はない。
そしてそれ以外の不自然が、逆に全くなかった。だから確信にいたれなかった。
――強さがあるのに、中身がともなっていない。空っぽにみえるのか?
「足りない。俺は、アディともっと仲良くなりたいんだ。
アディの本気を引きずり出すぞ。アイツの本音を絶対聞き出してやる。
だからカリス、ヤバかったら――」
「教師では、荷が重いだろうね。いいよ、その後は任されよう」
カリスはフィデスの返答に満足したようで、口許を綻ばせていた。その手はテーブルの紅茶へと伸びる。
いつもの社交用の笑みではない。気安い自分達、味方へと向けるもの。
――アディが心を許せる相手は、いるのだろうか。




