第28話 久しぶりの食堂なのに、気分は下り坂。
初夏に差し掛かったある日。午後の登校許可も、セレーヌスからもらった。
今日はさっそく午後の実技授業にも出れると、アディは楽しみにしていた。
「アディ、今日食堂どう?」
「え?なんで?」
一限目を終えた休み時間。教室の席で次の準備をしていたアディに、ケレルがやって来て話しかけてきた。
制服は夏服へと変わり、白い半袖シャツにネクタイ。袖口から覗く無駄のない筋肉の線に一瞬目を奪われてしまい、慌てて視線を逸らす。
――人懐っこい笑顔まで完璧とか、反則だろ。
「なんでって、さてはアディ。入学のペア決め模擬戦のデザートのこと忘れてたな! お前が言ったのに」
「あー。忘れてた」
夏の男子学生としての完璧なケレルの装いに、ああいうのが似合うのがムカつく。アディとの差が際立っていた。
そこに、くわっと目くじらを立てケレルが矢継ぎ早に言ってきた。
――そうだ、ケレルとデザートを賭けた。かなり一方的に。
「ほんとにいいのか?」
「むしろ、やっとだよ~。
アディったらあれから、ずーと半日しかいないからさ。
賭けは賭けだろうが。いつ誘おうかって見計らってたんだぞ、こっちは!」
眉を寄せ、ぷくうと頬を膨らませて、ケレルがむくれていた。というか、とても脱力している。
どうやら、彼になりに心配し気を使わせていたらしい。
――すまん。あれは思いつきだったんだ。ちょっと若気の至りってやつで。
「わりぃ。わりぃ。じゃあご相伴に預からせてくれ」
アディは笑って、ケレルの誘いを受けた。
――ほんっとケレルって、俺の日常の要だよ。
◇◆◇◆◇◆◇
「今日の日替わりも、変わらず美味しい~~っ!」
アディは、事前に食べやすく切り分けてもらったムニエルを口に運ぶ。
カリッとした衣の香ばしさに、魚の身がふわふわで旨味がつまっていて美味しい。
午前で帰るから、食堂にはずっと来ていなかった。今までカフェテリアの半個室で、診察ついでに、マーレと食べて帰るまでがセットだったのだ。
――美味しいは、もう正義。
それを見たケレルが、気遣わしげに話を振った。やや潜めた声は、周りに聞こえないように配慮してだろう。
「包帯は取れたみたいだけど、ナイフまだ持てないの?」
「あー、リハビリ中。まだちゃんと肘が曲がらなくて」
日替わりランチを選んだアディの向かい、ケレルは今日、大盛のオムライスらしい。サークルの朝練のせいか、山のように大きなサイズだ。
――その可愛い見た目のどこに、それが入るんだよ。
「今度、一学期考査だろ? 間に合うのか?」
「実技には間に合うと思う。……間に合わなくても、別に。自業自得だからなぁ」
――こっちは、ゲームですぐに消えるキャラだし。
アディはそっけなく返して、サラダのミニトマトをプチッと噛んで潰した。ドレッシングの酸味も加わり、口酸っぱく口内に広がる。
「別にって、来年のクラス決めに響くだろ。さすがに」
「え! アディ来年も一緒だよね!?」
「……ルナ、普通に混じってるが、ここで食べてて良いのか?」
アディの無責任さに、呆れ顔のケレル。そこへ、ルナが驚愕の声を上げた。
ベタベタしてくるわけではないが、ルナはあれからアディの周りにいることが多い。
スパゲッティをくるくる巻いている、そのルナにアディは苦言を呈する。
「いいよ。元々学園は貴族が多くて、警備は万全だし。カリスも学園内は、基本的に自由にしていいって言ってる。
フィデスとかが帯剣してる目的は、体裁が大きいよ。非常時は魔法で十分だし」
――体裁、か。
ルナは、和解後のあれからも帯剣する様子がない。アディもわざわざ聞くこともしていない。
本来なら、交わらない世界線だから。
――いつかヒロインが来たら、皆が俺から離れていくはず。
ザクリ。サラダにフォークを突き立てて、アディは口へ運ぶ。
ドレッシングがかかっていたはずなのに、シャクシャクと音だけが口に残った。
――皆は攻略キャラで、俺はチュートリアルキャラ。
クラスの人とも話すけれど、どこか遠くに感じる。それは人生が二回目だからか。アディが異質だからか……。
「……アディ、元気ない?」
ルナが唐突に、アディに聞いた。
その澄んだ夜の色がまっすぐに見つめてくるものだから、アディは眩し過ぎて、目をそらした。
「さっきマーレに診てもらって、なんともないから、ここにいるんだぞ。俺が体調不良に見えるのか?」
「そうじゃないけど……」
アディはそうルナに返して、残っていたバターロールを千切らず、口に全部放り込んだ。
見るからに、ルナがへこんでいる。視線はスパゲッティに落ち、何か言いかけては口をつぐんでいた。
――八つ当たりかよ。ちげぇだろ。
「……あ、俺。デザート忘れてた、取ってくる!」
アディは明るく声を張り上げると、逃げるように席を立った。
その後ろ、二人の視線が刺さっているのをアディは確かに感じた。
――最近、考えが暗くなる。腕が治ったらマシになるよな?
デザートは、クリームとスポンジの小ぶりのケーキだった。けれどその甘さを、アディは全く感じなかった。




