第23話 ほんとにもう包帯が邪魔くさいたらないんだよ!
「実技で誤解させてしまったこと、ヴェネラティオ公爵令息に伏してお詫び申し上げます。
私は決して、そのようなことを思っていません」
「……あ」
アディは立ち上がって、真摯に謝罪した。
ルナは声を失って、頭を垂れるアディのずり落ちた上着の先、右腕に視線が釘つけになっている。
「裸眼での立ち回りは久しぶりで、模擬戦も私自身の経験が少なく、ヴェネラティオ公爵令息の胸をお借りしておりました。
先ほどもお伝えした通り、速さと手数に私は翻弄されておりました。
魔法実技の結果は集中力あってのもの。
模擬戦はなにぶん経験が無いもので、申し訳ございません」
「……僕は、僕は謝罪が欲しいのではない!」
頭を上げないアディから、ルナは目をぎゅっと瞑って顔を背け、思いのまま叫んで立ち上がった。
その拍子に、彼の椅子が音を立てて倒れる。
アディは、困ったようにそっと息を吐く。
その僅かな音に、ルナは身を固くした。
――あー。貴族とか階級とかめんどくせぇ。
アディは静かにルナの横に歩いていき、倒れた椅子を左手で戻した。
「ヴェネラティオ公爵令息、ご無礼を先に謝罪します」
一言断りを入れて、ルナの頭をアディは撫でた。ルナからの拒絶はなかった。
「……大人の一年、二年は、経験を除けば能力に大差ない。けど、成長期の俺たち子どもは別だって。
誰が上で下とか。立派とか愚かだとか――きっとそんな、枠にはまる綺麗なもんじゃねぇよ。
模擬戦の後に、俺言ったよな?
手を抜けるほど強かったら、こんな受け止め方してないって。
ルナより年上でもっと上手くやれたはずなんだ。
ルナを傷つけたかったわけでも、下に見てたわけでも、まして怒らせるつもりもなかったんだよ。
でも見ろよ。実際の俺は、受け身もちゃんと出来なくて、この有り様だ」
ルナの顔が見えるように、言葉を砕けさせたアディは膝をつく。
右腕の包帯を示すように、アディはコンコンと左手で軽く叩いた。
「なぁ、ルナから見て、そんな俺は愚かだと思う?」
そして、アディは小首をかしげ困ったように頼りなく笑って、ルナを見つめた。
「…………でも、僕は……」
ルナが痛そうに顔を歪め、言葉につまった。彼の藍色の瞳が濡れて、揺れている。
アディは、そんなルナをじっと見つめ続ける。
――ああ、また泣かせてしまう。
人生二回目の年長者でも、全然うまくいかない。こんな小さな子を、泣かしてしまうのだから。
そもそもアディは、前世のこともあって今世は人付き合いが苦手だった。
「……僕も、痛そうなアディウートル、見たかったんじゃない」
ルナはそろそろと、アディの包帯に手を伸ばした。触れるか触れないかの距離で、その手は止まる。
「……ごめん。痛かったでしょ?」
しょんぼりと肩を落としたルナのポツリと溢れた、震える言葉。
その行き場を失ったルナの手を、アディは右手でしっかりと掴む。
手と手の間の包帯が邪魔くさい。アディは代わりに指を絡めてしっかりと握った。
アディは膝をついたまま今度は安心させるように、ルナを見上げ歯を見せて笑う。
「見てただろ?模擬戦の最後に、俺は笑って剣を振り回してたぞ。痛いわけ、あるかよ」
ほら、と右手の力を込めて、ルナの手をしっかりとアディは握ってやる。
「な?」
そうアディが念押しすれば、ルナはようやく、アディの右手を恐る恐る握り返した。
「……仲直りだ。先に転んだのは俺。
だから周りがなんて言おうと、ルナは胸張って立ってろ。
ルナにこれ以上、意地張られても俺が困る。俺は、折れるつもりないからな」
アディは手を繋いだまま立ち上がって、ルナを迷いなく抱きしめた。
――本当に、ちっせぇ。
すっぽりと胸に埋まるルナ、アディはその小さな背を左手でしっかりと抱きしめた。
――貴族って本当にめんどう。こんなに小さいのに。
ルナにアディを拒む様子はなかった。けれど、きっと体格差で同じことを思ったかもしれない。
だからアディは、ルナにも安心させるように言う。
「これから男は特に、身長がぐっと伸びる。
ルナが今悩んでる体格差なんて、そのうちひっくり返る。気にするもんじゃねぇ」
二度、ルナの背を左手で軽く叩いてからアディは解放する。
「ルナも、身体は大丈夫か? あの日、身体強化を掛けすぎていただろ?」
「……平気、そんなにやわじゃない」
模擬戦でのルナの暴走を思い出し、アディが気にかければ、ルナは顔をうつむき赤らめながら、返事をした。
「そうか……あ、出過ぎた真似をいたしました。ヴェネラティオ公爵令息には寛大なお心でご容赦いただ――」
そして思い出したように、アディの口調が元に戻る。
握っていた手をアディが離そうとすると、ルナがしっかりと掴んで持ち上げた。
「もう、敬語も敬称も要らない。魔法実技でペアにもなるから……。
だから、アディって僕も、呼んでいい?」
「まぁ今さらか。ルナの目こぼしに甘えさせてもらおう。
ペアよろしくな。もう泣かせねぇからさ、任せてくれ」




