第22話 中身はたぶん世話焼きの近所のおばちゃんくらいだったと思う
「どうぞ。ヴェネラティオ公爵令息」
学内のカフェテリアにある半個室にルナを座らせ、アディは注文をした紅茶を彼の目の前に置いた。
そのままルナの向かいに、アディも座る。
途中からルナは泣き止んでいたが、今もアディの前で縮こまり酷い顔をしていた。
「すみません。ちょっと失礼しますね」
注文の際に別途頼んだ温かいおしぼりで、ルナの涙跡を綺麗に拭き取った。
そして冷たいおしぼりを、彼の前に差し出した。
「これ冷たいタオルです。目元が腫れるといけませんから、良かったらお使いください」
「……ここ、よく来るのか」
「いえ、初めてですね。来てみたかったんです」
冷たいおしぼりを受け取って、ルナがやっと口を開いた。
アディはそれに、愛想笑いで答える。
今現在、授業中でカフェテリアに学生はいない。けれど領地から出てきたばかりの後期組の使い方としては、手慣れたものだった。
アディが来たことがあると、ルナに思われていても不思議ではない。
アディがここを使うのは初めてだが、ゲームでその存在は知っている。
実際に目にすれば、思い出すこともあるのだなとアディは感じた。
手際が良いのは、前世とゲーム知識のせいだった。
――屋上とか中庭とか定番ネタなんだろうけど、仲良くないし。今の時間帯なら、ここは密会にもちょうどいいし。
半個室のやや狭い空間、快適な室温と飲み物。ルナの心を落ち着けるには、うってつけだろう。
アディは、ずり落ちたままの上着の右側を手繰り寄せ、右肩に乗せるとそのまま腕の包帯を隠す。
「……すまなかった」
ルナはおしぼりを手が白くなるほど握りしめたまま、声を絞り出した。
その藍の瞳はアディの隠した右腕を、痛ましそうに見ている。
「ヴェネラティオ公爵令息、これは私が勝手にしたことです。謝罪は不要です」
――攻略キャラたちは、人の上に立つべき立場の人格者。厳しい教育を受けてきただろうし、責任感も強いんだろうな。
伸び伸びと甘やかされて過ごしているアディとは大違いだ。
そしてセレーヌスか父が、何かしたのだろう。思っているほど大事にはなっていないのだと、今の状況を見てアディは理解する。
ルナの個人的な謝罪だけで済んでいる現状。穏便に済ませるなら、アディがさっさと謝罪を受けるだけでいい。形だけでも。
けど、最初にルナを怒らせたことが悪いと、アディはずっと思っている。ルナのその謝罪は間違っているから、受け取れないのだった。
これからもアディは手を抜くときは抜くし、目立ちたくない時は目立ちたくないのだ。
その度に誰かを巻き込んで、傷つけるつもりは、アディにはない。これは曲げられない信念だった。
――ほっといてくれたら、一番いいんだけどなぁ。
「……いいや。僕は、公爵家だ。感情的に、模擬戦をするべきではなかった」
うつむいてしまったルナの肩が、小刻みに震えている。
格下の侯爵家に、そこまで心を砕かなくて良いのにと、アディは思う。
だって、偉そうにしても許されるのが上位貴族だ。
「無礼をお許しください。ヴェネラティオ公爵令息は、今何歳でしょうか」
――取り上げられたのではなく、自分から剣を手放したんじゃ?
ルナの責任感の強さに気づいた憶測から、アディは模擬戦で地雷だと分かっている話題に触れた。
「今度、十二になる」
――二歳も下だったか。今度ってことは今、前世なら小学校六年生――子どもじゃないか!
「私は今十四です。後期一年だとほぼ、皆十四ですよ。
その中で、ヴェネラティオ公爵令息は二年もハンデを持って、Aクラスを努めておられます」
――中学三年と小学校六年。
きっと年齢相応の学年だと実力差がありすぎて、ルナと切磋琢磨出来る相手がいなかっただろう。
それはとても、孤独な青春時代になってしまうとアディは思った。
「それは公爵家として当然のことだ。僕の技能は、皆が認めていることでもある!」
「そうですね。私との模擬戦でも、体格差を埋めるスピードと手数で、長所を活かされておりました」
アディの発言に驚いて顔を上げたルナは、揺れる目を大きく見開いていた。
――そんなにおかしなことを言っただろうか?
アディは内心、首をかしげる。
あるかもしれない、周りは攻略キャラとして実力揃いだし、全員、親は要職に就いている。
ますます、アディとは住んでる世界が違う。
「これはすごいことなんですよ? ですから、ヴェネラティオ公爵令息、もっと自信をお持ちください。
そして、ちょっとくらい感情的になっても、良いじゃないですか。
周りは二歳も年が上で、年長者なのですから受け止めるくらいわけないのです」
「っ!」
年齢差が大きい気もするが、カリスに合わせて飛び級したことは、ルナにとっても都合が良かったはずだ。
――もっと肩の力を抜いて、年下を武器に甘えれば良いのに。
卑屈にならず、先取りを活かして良いところを吸収すれば、ルナはもっと伸びるのだから。
ゲームでもルナは、攻守を備えた魔法剣士として、輝かしいエンドを迎えていたはずだ。
「お前は僕を、僕のことを下に見てたんじゃないのか。愚かだと……」
ルナは何度か唇を閉じては開いてを繰り返し、やがて決意したようにアディの目を見て告げた。




