第19話 どうせなら寝てる間に治して欲しかったって俺は思う
「ああああああっ!」
クストス侯爵邸に、アディの絶叫が響き渡る。
「舌噛んだら、危ないですよぉ。あ、お兄様、アディ君に布噛ませてもらっても?」
「任せて下さい」
軽快なノリで、涙目のアディの右腕を掴んでいる女性医師が、セレーヌスに指示を出す。
セレーヌスはにこやかに自身のハンカチを取り出すと、涙目のアディの口にハンカチを巻いた。
「我慢なさい、アディ。自業自得だろう?」
「そうですよ、アディ君。戦時でもないのに、折れたまま動き回るとか。実は戦闘狂だったんですか?」
軽く言うセレーヌスと女性医師、二人のその慈悲のない微笑みの黒いことといったら、そりゃないだろうと、アディは思う。
アディは顔を左右に振って、懸命に拒絶の意を示す。
けれどそれが、聞き届けられることはない。
逃げようにも、足などはこれからの処置の為に、他の使用人に暴れないよう押さえつけられていて動けない。
「はいはい。後はもう、肘の骨を固定するだけですからねぇ」
――今世にも麻酔文化をくれ!!
「うぅーーっ!?」
「三途の川が、あったと思うんだよね……」
シクシクと泣きながらアディはベッドの上に座り、恨めしそうに言う。
手当てを受けた今、アディは身体の汚れをメイド達に清拭されている。
それがまた温かくて気持ち良くて、先ほどの地獄からの生還を痛い程、アディは実感する。
――なんで意識の無い時に、処置しててくれなかったんだよ。起きてからとか拷問? 罰か。罰なのかこれは!?
「何の川ですか、また意味不明なことを……。
とにかく、アディ君。治癒魔法がかけられないような、複雑な怪我はやめてください。
貴方はまだ若いんですからね」
「そうだよ、アディ。母上が心労で寝込んだじゃないか」
座るアディのそば、女性医師と両親の代わりに同席しているセレーヌスが、それぞれ小言を呈した。
入学式の翌日、授業初日に大怪我をしたのだから、優しい両親はさぞ心を痛めたことだろう。
それは分かる。けれど、アディにだって譲れない主張はある。
たとえ今日が、模擬戦の日から五日経っていたとしても、だ。
「すみません。いや、俺そんなつもりなくてですね?」
言い訳を聞いてほしい、そう思ってアディが口を開けば、遮られた。
「腕をピーンと伸ばして地面に手をつくと、関節の所が折れることがあるんです。というか折れたでしょう!
身体強化掛けるなら手のひらだけでなく、受け身の時は全身に、けちらずです!」
懇切丁寧に女性医師が、骨折の原理をデモンストレーション込みでアディに説明してくれたのだ。
――なるほど。そうなのか。
唐突に始まった骨折の仕組みの話を聞いて、なおさらルナのせいではなく己の力量不足なのだとアディは理解した。
「アディ。父上と話して決まったことだけど、寮に侍従は要らないと言った件。
彼女に行ってもらうことにしたからね?」
「はい!?マーレは女性ですよ!」
「決まったことだよ。彼女は君の専属主治医でもあるからね。
それに男子寮でも、女侍従の通いは学園で認められてる」
アディは慌てて抗議したけれど、セレーヌスが二度念押ししてきた。
決定事項で覆せないと、アディは悟る。
――気楽な三男ポジションが。過保護な末弟ポジに……。
「……マーレはそれで良いの?男子寮だよ?」
「大丈夫ですよ。アディ君の健康チェックを毎日するだけです。いつもと変わりませんから」
女性医師マーレがいつもと変わらず明るく言うので、がっくりとアディも諦めた。
――俺が言うのもなんだけど、マーレは性別について思うところがないのか? 医者だからなのか?
クストス家には、他にお抱えの専属医がいる。
けれどマーレは、前世と今世の性別違和で幼いアディが混乱していた時に、どうやってか父が見つけてきた治癒魔法が使える人材だった。
以後、アディの心身の主治医兼お世話係として、ずっと共に過ごしている。
そのため心理的距離が近く、アディにとって姉のような感じだった。
「マーレを連れてなら、来週から寮に戻るなり学校に通うなり許可するよ」
――要するに、マーレを拒否したら、治るまで家に軟禁されるわけね。
アディは自分とマーレの信頼度の差に、明らかな壁を感じていた。
「アディ君が無茶するからですよ。
治癒魔法で治せるレベルには限度があります。関節は基本的に自然治癒頼みなんです。腕が動かなくなったら困るでしょう?
無茶禁止、要安静です」
「はい」
ここはもう、アディが大人しく引き下がるしかないのだろう。
――怪我をしたのは俺のせいだからなぁ。
◇◆◇◆◇◆◇
セレーヌスとマーレが、アディの部屋を後にする。
廊下を歩きながら、セレーヌスがマーレに確認した。
弟に向けていた甘さが一転、侯爵家次兄としての顔に変わる。
「で、弟はどうかな?
見た目や挙動は問題なさそうではあったけど」




