第17話 寮の部屋までは隠し通したのに、知らぬ間に王子が来てた話
「……ん?」
学生寮の自室から出たカリスは、何か聞こえた気がして、辺りを見渡した。
いつもカリスと一緒にいる側近候補の三人は、今はいない。
フィデスはサークルで鍛練。ウェルムは教師と今日の結果について話している。
ルナはアディを気にしていて気がそぞろだ。カリスが学生寮から出ないと約束して護衛を断り、邸に帰らせた。
今は夕食時で、ほとんどの生徒が食堂に集まっていることだろう。カリスも階下へと向かう。
――ルナとアディは、やはり折り合いが良くなかったね。
ルナがその才覚を認められる度に、大人が勝手に思い出して、神童を話題にするのだから無理もないだろう。
アディウートル・クストス。
兄二人は前期入学なのに対し、その期間を領地で過ごし、社交にも姿を見せなかったクストス家の三男。
幼少期は王都にいたはずだが、ルナが才覚を現す前、入れ違いのようにすっと表舞台から消えた少年。
前期組は期末試験の結果、後期組は入学試験の結果で反映された学年順位。
一位はウェルム。二位がカリス。アディは三位。次点がルナだった。
ちなみに少し点数がひらいて、フィデスは五位。ケレルが六位である。この二人は僅差だった。
ルナはずっとアディにピリピリしていたが、もともと人懐っこい性格ではないので、カリスは気にとめていなかった。
ルナの様子がおかしいと気づいたのは、午前のアディの魔法実技からだ。
アディの番が来て数発、様子見とも言える余裕のある打ち方で、初心者にはよくある光景だった。それはケレルも同じ。
五発を越えた辺りから、アディがそろそろ本気になるかと思った。
けれど八発目から急に失速した。余力のありそうな感じは、ただのスタミナ切れではない。
「……七発目」
魔法は通常手のひらを起点にするが、アディは七発目だけ手の形を変えていた。
さらに発射した魔法も、それまでの他の風魔法とは違った。
教師を含む周りは、的に当たる前に魔法が消えたと思っているが、カリス、ウェルム、ルナは的に当たったと気づいた。
的が光らなかったから、威力不足かと思えば……。
「まさか、穴だとはね」
先ほどウェルムから報告を聞いたが、アディが的に穴を開けたと、ルナが気づいていたらしい。
カリスが先に気づいていれば、ルナとアディが一戦を始める前に警戒し、止めることが出来ただろう。
魔法に関してウェルムやルナに、カリスが一歩及ばないところである。
「誰かまだ部屋にいるのか?」
三階に降りたところで再び聞こえた物音に、カリスは身体強化を耳に掛けた。
聞こえてきた音に、微かなうめき声が混ざっている。
体調不良者がいるのなら王子として対応しなければと、カリスは音のする方へと向かった。
「……今日は、アディも寮なのか」
今年度の学生寮の部屋割りは、すでにカリスの頭に入っている。
音のする突き当たりの部屋は、アディだ。
『ただの寝不足だって、本人は言ってたけどさぁ』
――そういえば、怪我をしているかもとフィデスが気にしていたな。
「うぅ……」
少し開いた扉、薄暗い室内。カリスはノックしようとして、中から聞こえたアディの声に、躊躇うことなく部屋へと入った。
「アディ!」
部屋に足を踏み入れ目についたのは、倒れたテーブルと椅子。そこに倒れているアディだ。
薄暗くて顔色が分からないが、肌に貼りついた髪に、汗の量が尋常ではなく、呼吸は早い。その表情は苦悶に歪んでいた。
アディは着替えてないらしく模擬戦のままのジャージ姿で、右腕にはネクタイが巻きついていた。
「アディ、アディウートル、返事をしろ」
カリスが声をかけるが、アディは返事をしない。
「っあ!」
カリスが抱え起こそうとすると、アディが悲鳴をあげた。身をよじり右腕を庇っている。
そのアディの痛がりようと、巻きついたネクタイからカリスは舌打ちし、推察した。
――骨が折れてるのか!いつから!?
アディは、フィデスとは一度交戦しただけ、カリスとは戦闘自体を避けていた。
けれど不戦は二回だけ。最後にはアディは剣を持ち、ケレルとは余裕を見せた立ち振舞いで勝利を修めている。
――私と戦うのが、よほど嫌とみていたけど。
ネクタイは、応急措置でもしようとしたのだろう。
他にも怪我をしている可能性もある。下手に動かすより人を呼ぶべきだろうと、カリスは判断し立ち上がる。
「王子殿下にご挨拶申し上げる。弟の部屋に何か?」
落ち着きはらった静かな声が、部屋に響いた。




