第13話 VSカリス 王子は絶対に、俺で遊んでると思う
「降参します」
「アディウートル・クストス」
恐ろしいまでの笑顔で、カリスがアディを見ている。けれど目は全く笑っておらず、フルネームで呼ばれた。
枠に入ってすぐに、挨拶もなければ一戦も交えることなく、アディが降参を宣言したためだった。
怪我とは別の要因で、アディは笑顔を浮かべながら、冷や汗をかき始める。
けれど仕方ないだろう。カリスとは模擬戦をどうしたら良いか、想像が出来ないのだ。
――攻略キャラたちとはしない。勝たない!
「降参します」
「クストス侯爵令息、王子として命じてほしいかい?」
それは職権乱用で、模擬戦を強いるということだろうか。それとも侮辱罪的なものだろうか。王子様、それでいいのか。ありなのか。アディは疑問になってくる。
――怖っ。けど、不戦敗は禁じられてないもんね。
「カリス様を前にしたら、勝つイメージが湧きません。降参します」
「アディウートル。貴君は、二勝二敗。不戦敗はゼロと記憶しているが?」
――いや、なんでカリス様は模擬戦しながら、周りの戦歴知ってるの。
確かにアディはフィデスの後に、男子生徒と女子生徒とそれぞれ模擬戦をし、場外勝ちに持っていった。
二人とも誘導をかけたら、きれいにはめることが出来たからだ。
さすがに総当たり戦で、全部負けるのは、逆に目立つだろうと思ったからである。
そして、五戦目がカリスというわけだった。
「眼鏡を教室に忘れました。カリス様は王子であらせられるので、ちゃんと見えてないので万が一にも加減を間違えると、弱小の私は心痛で寝込みます。
私の不徳の致すところではあり、大変申し訳なく思っております。
心優しいカリス様、どうか見逃してください」
アディは本音を交えながら、スラスラと嘘を述べて腰を折った。
――見よ、これが、前世で培った謝罪の技法だ。どうだカリス様、ちょっとは折れてほしいんだけどさ。
実際の本音としては、カリス相手に怪我を庇って隠し通せる気がアディはしなかった。
カリスの周りの戦歴まで把握しているほどの余裕が、それを証明しているだろう。
フィデスのように一発で、とはいかないだろうが、どこかで見抜くことは、まず間違いないとアディは確信している。
そしてアディはこれ以上、目立つ方向へは持っていきたくない。途中棄権の保健室送りなど、情けないだろう。
アディはこれでも、男してのちょっとしたプライドくらいは持っている。
「へぇ?」
「降参します!」
アディが腰を折って再度宣言すれば、声が一段と低くなり、カリスがアディの目の前に静かにやってきた。
カリスは、アディの顎を掴むと上向かせる。
アディの前髪に気づき眉を潜めると、意地悪く告げた。
「っ!」
「……魔法で前髪を固定するな。その厚顔無恥な顔を見せたら、降参を認めてあげよう」
模擬戦が始まる前、周囲の様子が変だったので、アディは前髪で目を隠していた。
ついでに動いてもそうそう目立たないよう、髪を強化して固定するという。アディの無駄な徹底ぷりである。
前髪で視界不良ではあるが、アディはむしろ裸眼が見えすぎるため、ちょうど良かったりするのであった。
「言いましたね、撤回しないでくださいね?」
「私は発言に責任を持っている。さぁ、どうする?」
カリスに遊ばれている気が、しないでもない。けれど今、アディが優先したいのは時間を掛けずに、総当たり戦をやりきることだった。
――いつまでも、身体強化で隠せる怪我じゃないからな。
「……降参します」
顎を捕まれた手を左手で払って俯き、前髪の身体強化を解いて、アディは前髪を払って整えた。
そして眉間に皺を寄せて、アディは上目遣いにカリスを見上げた。
アディのダークルビーの瞳が、カリスをまっすぐ捉えた。
そこに映ったのは、不服そうに頬を膨らませ、唇を小さく尖らせた自分の顔。
――ガキじゃん。俺。
アディの顔を見て、驚きに僅かに目を見張ったカリスは、静かに宣言した。
「撤回しよう」
「!?」
――おい!責任どこ行った!?
焦るアディを他所に、じっとアディの瞳を見つめ、その素顔を見たカリスは、口許に微笑みを浮かべていた。
スッとカリスの伸ばした手が、アディの頬に触れそのまま首筋まで撫で下ろした。最後にそっとアディの胸を軽く押す。
「撤回しようーーこれは授業前、皆の動揺が頷ける。綺麗な目じゃないか」
「っ!?」
――はぁ? 模擬戦中に、しかも男相手になに言ってんの!?
アディは意味が分からず、口をパクパクさせる。
それを見たカリスは、くくっとさも面白そうに笑って枠の外に出た。
教師の方へと足を向けて歩き出す。片手をヒラヒラと振って、振り返らずにアディへと告げた。その声はとても上機嫌で嬉しそうな含みがある。
「約束だからね。不戦勝を認めよう」
「……」
不戦敗はありがたい。ありがたいのだけど、なぜだろう、希望通りの結果のはずなのに、アディは何か間違えた気がしてならなかった。
――綺麗ってなんだ。顔面凶器の王子が何を言ってるんだ。俺はチュートリアルの凡キャラだぞ!?
かーとアディの顔に、熱が上がる。心臓がバクバクと早鐘を打ってうるさい。
上を向いたまま、ごしごしと冷や汗ごと顔を雑にアディは左腕で拭う。
――意味分かんない。怪我のせい、怪我のせい!
「あー。あと四人!」
気合いを入れ直すように、アディは声に出した。




