第10話 必需品こそ、時々うっかり忘れたことにも忘れがちだよね
「やっば!」
ギリギリまで寝れるようにと、先に着替えてから昼寝を始めたのは正解だっただろう。
けれど前世と違い便利グッズがないために、予鈴が鳴ったと同時にアディは起きた。
Aクラスの教室は二階。次の授業は運動場。
結果として準備運動の如く、校内をダッシュすることになった。
「はぁ、間に合った……」
と安堵の息をアディがつけば、周囲の反応がちょっとおかしい。
――なんか、変?
皆、チラチラとアディを見ている。もしかしてよだれの跡でも!?と、アディは顔をジャージの袖で拭いた。
――あれ?
もはや顔の一部となる、いつもある引っ掛かりがない。それに心なしか、見え方が違う気もする。
アディが気づいて、目元に手をやると空しく宙を描いた。
「アディ、お前そんな顔だったの?」
ケレルが躊躇いがちに近寄ってきて、アディへと声をかけてきた。
そう、アディは昼寝の際に外した眼鏡を、そのまま机に置いてきてしまったらしい。
アディの乱れたオリーブカラーの髪の合間から、キラリとダークルビーの大きな瞳がケレルを見つめて煌めいた。
アディの正面、ケレルが無言で、ゴクリと唾を飲んだ。
「そんなって、眼鏡一つで整形詐偽みたいに言うなよ」
「せいけいさぎ?」
「あ、なんでもない。」
うっかり今世にない前世ワードを出してしまい、アディは即座に否定する。
周りの空気が変なのは、眼鏡のせいか。
そういえば小学生の時、眼鏡の有り無しでからかってくる子どもが、クラスにいたりいなかったりだったなとアディは思い出す。
――まぁ丸眼鏡キャラだもんな。俺もそう思ってたし。
「アディウートル。眼鏡がなくて平気か?」
「はい、大丈夫です」
前世なら眼鏡あるなしの配慮なんて、いちいちしない。
今世貴族ならではの教師の気遣いに、アディは問題ないとすぐに答えた。
――見えすぎて、見えにくいだけだからな。
走って乱れた前髪も、手ぐしで戻してアディは前を向く。
ちょっと線がぼやける程度の見えづらさ、実戦なら致命的だが、今は特に問題はない。
素顔を前髪で隠したアディを見て、ケレルは小さくため息をついた。
「じゃあ、始めるぞ。これはペアを組むために、互いの力量を見定めることが目的だ」
そうして、説明されたルールはいくつかあった。まずAクラスの総当たり。
次に、身体強化のみ使用可。
武器は訓練用の刃のない剣か短剣、もしくは素手。
互いの合意で開始。
場外は即負け。
終了は自主申告制の降参が基本。
教師が模擬戦を仲裁をした場合は、双方にペナルティが発生。
力量を知ることなので、大怪我は禁止。
制限時間はないが、総当たりのため決着がつかない場合は、どこかで折り合いを各自つける。
結果は都度、教師へ報告。怪我の有無もその際に報告。
午前もそうだったが、各自実力に見合った行動を言外に課せられてるようだ。
前期入学の有無に限らず、この年齢の子どもはすでにある程度、基本的なことを教わっていることが多いからなのだろう。
「それじゃあ各自、準備を整えて始めていけー」
最初は隣にいたケレルとか、そう思ったアディに声がかかる。
「一戦目、お相手願おう」
攻略対象の一人、将来有望な魔法剣士ルナが、むすっとした表情で目の前に立っていた。
腰にいつも差してある剣はなく、手には訓練用の剣が握られている。
「あ、はい。よろしくお願いいたします」
――え、なんか怒らせた?
なぜだが分からないのだが、否やと言わせない気迫がルナからは漂っていて、アディはたらりと汗が流れるのを感じた。




