魔力過多症 Sideロックス
顔つきが母に似て怖いとよく言われた。
殺人鬼のような目、鋭い眼光……。
色々と言われたけれど、“悪鬼羅刹”というのが総意だ。
そんな俺でも怖がらずに接してくれる女神のような婚約者は、強気な印象を与える目に涙をためていて。
「……、失礼ね、私だって好きでこんなキツイ顔してないわよ!」
「落ち着け、カティ。」
「誰のせいよ!!貴方がこんな小動物みたいな令嬢連れてるから…!いくら私たちが利害の一致で結んだ婚約とは言え、こんな扱い、あんまりよ!!」
「違う、誤解だ。こんな女より俺はカティが良い。」
息切れを起こしながらまくしたてる彼女に唇を噛み締めた。
幼い頃から、寝込みがちだった。
俺が、魔力過多症だったから。
それでも自分なりに暴発しないように、定期的に魔法を使って魔力を減らしていた。
「ロックス。相談がある。」
「なんですか、父上。」
俺に爵位を継いで隠居生活を決め込んでいた父が、相談なんて珍しいと思いながら話を聞く。
「実は、知り合いの子が魔力欠乏症になった。」
「な…っ!」
「お前、魔力過多症なのを理由に婚約者が居ないだろ。一度、会ってみないか?」
「……それは、婚約者として、ですか?」
「違う。人助けだと思って、だ。婚約したいなら好きにすれば良い。私は反対しない。ただ、魔力過多症とは違って、魔力欠乏症はこのまま魔力が枯渇すれば死に至る不治の病だ。断っても構わない。」
「……そのご令嬢の名は?」
「エリカトレ・ガーロ。」
「ガーロ公爵の御息女…!?確か、殿下の婚約者候補に名前が……。」
「魔力欠乏症にかかったんだ。とっくに、候補から外れている。」
だとしても。
たった一度公の場に姿を現したデビュタントパーティーでも、話題にあがっていたと聞く。
まだ幼いながらにも、立派に公爵令嬢だと。
「……会います。」
「わかった。では、二日後、ガーロ公爵邸へ迎え。気に入ったなら婚約して来るなりなんなり好きにしろ。」
「まさか。年下のご令嬢にはしてやられませんよ。」
「どうだろうな。私が言うのもなんだが、惚れるぞ?」
楽しそうな父の言葉に顔を歪め、部屋を出る。
いくらなんでも年下の令嬢に惚れるわけがない。
そう高をくくって会いに来てみれば。
ガーロ公爵との挨拶もそこそこに、ご令嬢の部屋に案内され。
寝台の上で、儚げに見えつつも意志の強い瞳のご令嬢に目を奪われた。
しっかりと公爵令嬢でいようとする意志。
つらそうではあるものの、ソレを見せまいとする矜持。
なるほど、父はどうやら正しかったらしい。
「エリカトレ。こちらがハッシュヴァルト侯爵だよ。」
「お見苦しい格好で申し訳ありません。ガーロ公爵が娘、エリカトレです。」
「ロックス・ハッシュヴァルトです。早速ですが、手を貸していただけますか?」
「……よろしいのですか?」
「もちろんです。」
魔力暴走寸前の状態で、正直そろそろ魔力を放出したくてたまらない。
今日会うために、魔力の消費は抑えていた反動だな。
ためらうように差し出された手は、細くて頼りない。
壊してしまわないように意識して手を繋げば。
「「!!」」
濁流のような魔力の波が彼女へと向かうのがわかる。
そして、身体の余分な魔力が無くなって軽くなる感覚も。
魔力の波に翻弄されたのか、体勢を崩す彼女を慌てたように傍に居た侍女が支えた。
「……う、そ…。」
「エリカトレ?どうだい?」
「嘘、嘘、嘘。」
目を瞬いて自分の掌をつめたかと思えば、寝台から立ち上がって。
試しに手のひらサイズの魔法を展開。
どうやらちゃんと俺の魔力は彼女に吸われたらしい。
「私、魔力を感じるわ!!こんなに満たされたのは久しぶりよ!!」
身体が軽い。
息苦しさもない。
「ありがとうございます、ロックス様!この御恩は忘れません!」
「……こちらこそ。ありがとうございます。」
こんなにも清々しい気分になるのは、初めてだ。
何より、嬉しそうに自分の掌を見つめて嬉しそうに笑う彼女を、閉じ込めてしまいたい気持ちが溢れる。
「ガーロ公爵、少しよろしいか。」
「ええ、ええ。もちろんです。エリカトレ、動けるようなら庭に行っておいで。君の愛する母が、今頃お茶をしているから。」
「はい、お父様。」
彼女の部屋を後にし、応接室へと通される。
「ハッシュヴァルト侯、本当にありがとうございます。娘のあんな嬉しそうな顔、数年ぶりに見ました。私たちの魔力量じゃ、あの子には足りなかったので。」
安堵の表情を浮かべるガーロ公爵には、疲労の色が見える。
何年も、ずっと解決策を探していたという報告は本当だったようだ。
「私としても魔力をもらってくれたのはありがたい。久しぶりに身体が軽くなって、驚いている。」
「あぁ、ソレは良かった。あの医師の見解は間違えではなかったのですね。」
「ガーロ公爵。エリカトレ嬢を貰い受けたいのだが。」
「!?」
「もちろん、その体質に大いに関心をよせている。だが、初めて会って確信した。彼女は、立派な公爵令嬢だ。噂に違わぬな。」
「……魔力欠乏症と魔力過多症という体質同士、お互いを必要とするだろうということはわかっております。ですが、本当に正妻として迎え入れるおつもりですか?あの子は確かに立派な淑女ですが、デビュタント以降の催しはすべて欠席し、魔力欠乏症という体質故貴族令嬢としての役目を全うできるかも怪しい。王太子の婚約者候補からも外された貴族令嬢です。それでも貴方は、あの子を望まれますか?」
「あぁ。魔力欠乏症は魔力が身体に満ち足りていれば、生活に支障は無い。私の有り余る魔力を定期的に取り込めば問題なく日常生活を送ることができるハズだ。何より、顔つなぎ目的で望んでるわけじゃない。」
「では……。」
「言っただろう?彼女は立派な公爵令嬢だ。その貴族令嬢としての矜持を、体現できる令嬢はなかなか居ない。王太子の婚約者に返り咲きたいと言うのであれば、それまでだがな。」
「王太子ではあの子を幸せにはできません。それは、候補から外れた時点でわかっております。」
見切りをつけている、と言っているようなものだろう。
まぁ、王太子も魔力過多症の俺に比べれば魔力量は少ないからな。
「正式な申し込みは後日させていただく。無理に嫁げとは言わないから、ご令嬢の意志を確認しておいてくれ。」
「はい。」
邸に戻り、婚約者に打診したことを父に告げれば。
「言っただろう?惚れるって。あの強い意志を秘めた瞳に射抜かれたら惚れるしかない。うん。」
父が一筆したためてくれたらしく、改めて婚姻の申し込みをする。
それからは、あっという間に日々が過ぎたように思う。
彼女が魔力切れを起こして寝込むか俺の魔力が溢れる頃に顔を合わせ、魔力を提供。
そんな、日常に少しだけ特別を加えた日々。
「俺が婚約者として君に約束するのは最低限の生活と魔力補給。」
「私が婚約者として貴方に約束するのは公爵令嬢としての最低限の役割と魔力吸収。ええ、異論はありませんわ。」
そんな条件のような項目を突きつけ、正式に婚約者となった。
魔力が満ちているからか、初めて顔を合わせた時よりも健康体に見える。
何より、気を許してくれたのか、本物の笑顔を見せてくれるようになった。
あぁ、閉じ込めてしまいたい。
「俺の婚約者が可愛すぎる。」
「重症だな。それで?その異様に魔力の込められた校章はなんだ?」
「特別仕様の校章だ。認識阻害の魔法も組み込んでいるから、この校章に違和感を持つことはないよ。」
「お前マジで婚約者ができてから人が変わったよな……こえーよ。」
純愛以外の何者でもないが?
失礼なヤツめ。
些細な日常を過ごし、日々を重ね、彼女が俺をロキと愛称で呼ぶようになり、俺が彼女をカティと愛称で呼ぶようになって数ヶ月。
いよいよ、彼女の入学。
「……緊張しますわね。」
「大丈夫だ。カティなら心配いらない。」
「ふふ、ロキがそう言ってくれるのなら、安心ね。」
「無理はしないように。学年が違うから、すぐに駆けつけてやれない。」
「えぇ、心得ておりますわ。倒れる前にお暇させていただきます。」
「…………。」
「何よ。」
「いいや?矜持の高いカティが、弱みを見せてくれるようになったのは、進歩だなぁと。」
「…………婚約者とその他諸々の区別くらい、私だってしますわ。」
「ククク…あぁ、そうだな。それでこそ、俺のカティだ。」
楽しそうに笑ってる彼女に癒やされながら馬車に揺られる。
二人仲良く登校する。
俺が寮に入っているから一緒に帰れるのも登校できるのも、仕事が落ち着いている時だけ。
彼女には俺がいつでも会えるように……、学園から近いからという理由でハッシュヴァルト侯爵邸から通ってもらっている。
あぁもちろん、ガーロ公爵には了承を得ている。
「は?カティがイジメの首謀者?」
「あぁ。学園中で噂になっている。」
「バカバカしい。カティはそんな無駄なことをしない。」
「だなぁ。でもお前の婚約者、都合が悪くなると学園から消えるって周知の事実だぜ?」
「…………なるほど、そういう。」
くだらない。
俺の婚約者は、そんな小さなことはしない。
そして、何かから逃げるということも。
「笑いすぎでは?」
「すまない。怒っているカティが可愛くて。」
「……絆されませんわよ。」
「それは残念。」
定期的なお茶会と魔力譲渡会で聞く彼女の近況報告。
学園での悪事が自分のせいになっていると怒る姿は可愛い。
「聞いてくださいませ、ロックス様!貴方の婚約者が……!!」
「ロックス様!なぜあのような令嬢を婚約者にしておられるのですか!?」
「ロックス様!貴方には他にふさわしい方がいらっしゃいます!!」
耳障りな言葉を並べる周囲にニコリと微笑む。
学園内での出来事だけを処分するつもりはない。
ちゃんと、家族仲良く処分してやるから安心して日々を過ごしてくれ?
「カティ?」
「!」
「魔力が不足しているか?他に悩み事か?」
「ううん、なんでもないの。ありがとう、ロキ。」
「何かあるなら言ってくれ。俺は、そこまで有能では無いから、言ってくれなきゃわからない。」
何かを隠すように微笑む。
二人でのお茶会に君は決して、淑女の仮面をつけることはなかったのに。
こんな時、嫌でも君が公爵令嬢だと思い知らされる。
そして、自分の無力さも。
「ふふ。なんでもない。いつもありがとう、ロキ。お陰で最近は魔力切れで倒れることも減ったのよ。」
「それは良かった。元気になったら、遠出しような。」
「うん。」
愛しの婚約者の悪い噂を広めてくれている学生を片っ端から調べ、証拠を集め、没落できるくらいに証拠が集まったところから揺さぶりをかける。
そうこうしている間に俺は最終学年になり、彼女は二年になった。
そして、今日は万全の体制で標的を吊し上げ、社交界から叩き潰すための舞台。
この卒業式という晴れ舞台を利用し、彼女の残りの学園生活を盤石なものにする。
ソレが、俺から在校生への手向けの花。
「あの女は?」
「予想通り、貴方の到着をお待ちですよ。」
「…………。」
「ちなみにエリカトレ嬢はもう少しでこちらに到着されます。」
「……そうか。俺がエスコートできなくなったという伝言は?」
「ちゃんと伝えております。」
無理に来なくて良いと言ったのに。
それでも君は、約束通りに祝いに来てくれるんだな。
「ロックス〜っ!!卒業おめでとうっ!!」
「あぁ。」
飛びつくように現れる標的を軽く避け、見下ろす。
「私、とってもさみしいわ。だって、ロックスが学園からいなくなってしまう日だもの……。」
「そうか。」
いじらしく見えるように泣き真似をする標的を見下ろす。
「だから……ね?一緒にダンス、してほしいな?だって、学園でもうロックスに会えないから思い出に……。」
周囲からヒソヒソと同情をするような声が聞こえてくる。
さて、どう地獄に叩き落してやろうか。
「こんにちは、お二方。コレは一体どういう状況なのか、説明してもらえるかしら。」
「カティ……。」
「私たち愛し合って居るんです!」
「…………は?」
勢いよくその腕に抱きついてこようとする標的を思わず魔法で弾き飛ばし、転げる標的を見下ろす。
「ろ、ロックス……?」
「俺が愛しているのも、俺と気軽に腕を組んで良いのも、カティただ一人だ。」
今日のために魔力をあまり譲渡しないようにしていたせいか。
魔力が溢れるのがわかった。
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝




