This Other World
僕は、この世界が好きだ。
誰かのために頑張る事ができる人が沢山いる、この世界が。
「んんっと......あ、あった!確かこの薬草だったはず!」
入道雲が高く伸びて青く広がる空の下、一人の村娘が古そうなポーチをかけて光を反射しながらキラキラと輝く草原にしゃがみ込む。まだ幼いその手を草の中に伸ばすと、ぎこちない手つきで茎をポキッとおり、汗を拭いながら空のポーチへと優しく入れた。
あの薬草なら解熱効果もあるし早く治すことができるだろう。
「この薬草があれば、きっとお母さんの病気も早く良くなるよね......ってもうこんな時間!心配されちゃうし早く帰らなきゃ!」
この少女は五十人程度の小さな集落に暮らす三人家族の一人娘である。先日、この子の母親が高熱を出して倒れ込み、父親は離れた街まで医者を呼びに昨夜家を出ていってしまった。家事を代わりに担っているだけでも立派な娘だと思うが、他に何かしてあげられることは無いかと、こうして村の外の森まで薬草を探しに来たらしい。この森は低級とはいえモンスターもよく出没するというのに......全く世話のやける。
「よし、それじゃ......あれ?今木の上に誰か......」
しまった。
「も、モンスターかな。早く帰ろうっ」
辺りを一瞥してから、大切そうにポーチを抱き抱えて村の方へと駆けていく少女を、俺はただじっと見つめていた。
ーーー
「はぁ、やっとついた......あれ?村長さん?」
「ん?おぉ!無事だったか。全く、勝手に森へ行くなんて危ないだろう」
「ご、ごめんなさい」
さっきまで森の方を見つめながら心配そうにしていた村長は少女を見るなり安堵の息をつく。ずっと難しい表情をしていた村長だったが、反省して俯いている少女の安全を確認すると頬を緩ませてそっと頭に手をのせた。
「悪いんじゃが、数日前からモンスターの動きが活発でな。お母さんを助けたい気持ちはわかるが、村から出るのは極力控えてくれないか」
「わ、わかりました」
「つい昨日もな、森の外で木をきって......」
ーーウゥォォォォォオン!
突如太い法螺貝に酷似した音が村中に響き渡り、驚いた人々が家の外へと様子を見に出てくる。
「モンスターの群れだぁ!」
その叫び声を聞くと、人々はすぐに家族を連れて悲鳴をあげながら同じ方向へと駆け出していった。その様子を見て少女は胸の前で手を握り、オドオドとしながら村長の顔をじっと見つめる。
「なんじゃと!?うむ......先に教会へ避難しておきなさい。ちょうどお母さんも教会で看病していたから」
「え、先にって......村長はどうするの?」
「はは、これでも元は名の知れた冒険者じゃぞ?みんなを避難させたあと、きっと追いつく」
村長がそう言って明るく笑いかけると、少女は無言で頷き周りの避難する人達と同じ方向へ走っていった。
「村長!」
「さて......モンスターの数は」
「それが......ウルフが約50匹です」
「......はは、50匹か」
村長は高台から急いで報告しにきた村人から数を聞くと、苦笑しながら森の奥でザワつく無数の影をじっと見つめた。腰につけた古い鞘にそっと手を当てて、静かに眉をしかめる。
「......ちと厳しいのぅ」
「村長でもこの数は無理ですって!みんなで避難しましょうよ!」
「この村には野菜や狩りで手に入れた肉が沢山ある。戦わないかぎり、奴らは何日もここに居座ることになるだろう。だから......戻りなさい」
「で、でも!」
「いいから!......戻りなさい」
少女の時とは違い、強く怒鳴るような声でそう言うと、村人は「お気をつけて」と言いながら背を向けてその場を後にした。
村長は村を囲む柵に調理で使用していた火のついた薪を使って火を移し、その火は柵に仕込まれていた草を伝って素早く村全体を火の檻で閉じ込めた。猛スピードで近づいてくるウルフは火に驚き速度を緩めると、唯一火に囲まれていない村の正面入口まで向かい、1匹ずつゆっくりと牙をむきだして侵入してくる。
「誰一人として、殺させはしない」
村長は冷や汗を垂らしてニヤリと笑いながら剣を抜き、自分よりも2倍くらいの図体をしたウルフに睨まれながら両手に構え、力を振り絞って走り出した。
ーー数十分後
そこには倒れたウルフが12体、そして全身から血を流し、呼吸を荒くしながらも剣を構え続ける村長の姿があった。久しい運動と歳により、もう動ける体力を残していない村長だったが、ウルフはそんな事気にもとめずに老人へと襲いかかる。
自身の最後を悟った老人は静かに目を閉じ、呼吸を整えて歯を食いしばった。
「ケテル、配置B14から展開檻」
ーーギシュィィイン!
激しい金属が擦れるような音と同時に、老人の前方に鉄格子のようなものが地面から突如として出現し、村長が目を開いた時には既に目前のウルフを串刺しにした。
「な、なにごとじゃ......?」
「よくその身体で戦ったな。少し休憩しとけよ」
そう言いながら突然村長の前に背を向けて着地する青年。真っ白な薄地のコートに、毛先に向かって色素を失う黒髪。目を見開いて膝から崩れ落ちる村長を背後に、青年はうっすらと笑みを浮かべてゆっくりとウルフの方向へ足を進める。
全く動じない青年にウルフは警戒しながらも次々に牙をむきだし、爪を立てて襲いかかる。
「クローズ、配置A21から展開霧」
少年が檻にぶつかると同時にそう言うと、檻は灰色の霧と化しながら空中を流れるようにウルフたちの元へ移動していく。ウルフが襲いかかるその直前、少年はニタリと笑いながら腕を天高く持ち上げ、勢いよく振りかざした。
僕は、この世界が好きだ。
誰かのために頑張る事ができる人が沢山いる、この世界が。
「開」
ーーガシュッ!
襲いかかってきたウルフたちの腹の中、そして付近の空気中から突如として尋常ではないほどの数の棘が瞬く間に突き出し、辺にいたウルフを全て貫通させた。あまりの凄惨さに村長は口をパクパクとして何も言えず身体を震わせている。
撃破されたことによりモンスターが消滅する時に現れる光のようなものが、まるで一本の杉の木のように見えた。
ーーー
「いやぁ本当に助かりました、魔道士様」
「ったくさぁ、村長も最初から俺を頼ればいいものを。森のすぐそこに住んでるんだから様子がおかしいことくらい伝えに来たらいいじゃん。歳のくせに無茶しやがって」
モンスターを一掃した後、囲いの火を避難していた村人全員で消火して周り、踏み荒らされた土を固めて村を復旧させている。俺は教会前の小さな広場で村長に深々と頭をさげられ、足を組んで溜息をつきながらそう文句を言う。
「ですが、なんでもかんでも魔道士様に頼む訳にはいきませんよ。私たちの村なのですから、私たちで守れなければ」
「......そうかい」
その言葉がとても嬉しくて、そっと微笑んだ。
ーーー
俺たちがVRゴーグルによって転移してきたこの世界には、大きくわけて10の世界がある。
元いた世界と酷似した世界、マルクト。
戦争が行われている銃の世界、イエソド。
いくつもの国が争う和の剣の世界、ネツァク。
いつくもの国が争う洋の剣の世界、ホド。
魔法とモンスターのファンタジー世界、ティファレト。
現実世界に魔法が存在する世界、ゲブラー。
サイバーパンクと化した魔法の世界、ケセド。
人類の住めなくなった廃坑した世界、ビナー。
魔法が全てのカースト世界、コクマー。
現実と仮想が重なる世界、ケテル。
これらの世界は大体オーストラリア大陸分くらいの大きさがあり、それぞれのルールや秩序が適応されている。隣接する世界を経由して世界間を移動することができ、世界の端にあるワールドゲートを使用する。ワールドゲートを通る際には特殊な戦闘が必要になり、普通の人間では相手にならないので実質通ることができるのは俺たち転移者だけだ。また、どの世界でも宗教では俺を含めた10人の転移者「真聖十徒」が崇められている。俺たち10人がそれぞれ1人1つ世界を創造し、混沌を分配して秩序を作った......という話らしい。全く身に覚えがないのだが。
俺たちは個々で与えられた最強のスキルと不老により、かれこれ転移してから2000年を過ごしている。いい加減自分たちの君臨している世界には飽きてきたので、最近では別世界へと遊びに行く機会が多い。そして、どの世界においても時代や技術が発展することは全くない。そう作られているのだろう。
俺はこの世界をゲームだと考えている。そもそもVRゴーグルで転移したのだし無難な考えだろう。しかし、それにしては情報量がとんでもなく多いし精度もめっちゃ高い。痛みも空腹感も眠気も全て感じる。こんな技術があるのならとっくに表彰ものだ。今頃元の世界はどうなっているんだろうか。




