End of The World
これは現実世界から隔離された十人が永遠の命と不滅の力を手に入れ、神々と評されて何千年もの時間を別世界で過ごし、無双する物語である。
現実世界には魔法もなければスキルもない。大気中にマナはないし、宇宙人も未来人も超能力者もいないのだ。ダンジョンの出会いも、神樹様と勇者も、復活した魔王も、青春ラブコメも、生徒会ハーレムも、願いを叶える猫も、何もかも実在しない。
それらは人生という退屈極まりないクソゲーに、こうあって欲しいと願い求める欲望から生まれる創作物であり、また人々はそんな架空に胸を抱いて心を躍らせる。
俺もその一人だ。
マナの代わりにPM2.5が蔓延し、繰り返される8月15日は毎年温度が上がっていく。人の価値であるステータスは最終学歴と年収、身長と顔の良さで決まり、幼なじみやヒロインなんて存在しない。警察も司法も政府も金のために動き、正義の名のもとに殺す。
この世界は腐っている......いや、腐っているのは俺自身だった。
星野天音は一昨日19になった。共働きの親も、独り暮らしの俺のためにわざわざケーキを用意してくれて、実家に帰り家族三人で積もる話を色々とした。必死に勉強して入学した理系の名門大学についていくのは大変だろうとか、仕送りをやめても本当に大丈夫なのかとか、まだアニメやゲームが好きなのかとか。
両親は嫌いじゃない。俺が欲しがったものは大体買い与えてくれて、共働きだが夕飯には必ず帰ってきてくれるし親子参観にも来てくれる。大学に受かった時は自分の事のように喜んで、趣味を分かち合えるようにと抵抗感があったらしいアニメまで一緒に見てくれた。
では好きかと質問されたら、それは違う気がする。こんなに優しくされていても、自分一人の命と両親二人の命ならば自分を優先するだろうし、実家に帰りたいと思ったことは一度もない。いい人だと思っているけれど、そこまでなのだ。
自慢ではないが、俺は顔も頭もかなりいい。クラス内で付き合いたい男子ランキングの上位には常にいたし、告白だって半年に数回くらいはされていた。学力の面でも、親は必死に勉強したと言っていたけれど共テと入試のひと月前から過去の授業や個人的に読んだ図書館の参考書を復習しただけであっさりと受かってしまったのだ。大学生となった今では先生方に成績を認められ、教授に個人的に何か研究を進めるよう言われて個人で研究室を貰った......使ってないけど。
きっと俺はこのまま、いい就職先につき高い給料を貰って何気なく死んでいくのだろう。そう、つまらない人生だ。
「あぁ......あっちぃ」
長い長い夏休み。株の相場を確認しながら過ごす、飯よりもゲームとアニメを消化し続けるいつも通りの変わらぬ日々。流石の天才でも眠気には勝利できた試しがないので近所の自販機にエナドリを買いに向かっていた。本来ならネットで頼むのだが、今はお盆なので発送が遅れているのだ。
それにしても、十年前までは三十五度を超えたら外で遊ぶなとか言われてたのに今ではそれがレギュラー認定されている......普通に頭悪い。数百メートルだからとサンダルに部屋着で出てきたが、数十日エアコンで冷やされていた自分にこの温度は耐え難い。それに、運動不足のせいか一歩踏み出す事にふくらはぎが張っているように感じて少し痛む。
頭の中で世界に対して通じもしない小言をグチグチと唱えていると、気がつけばもう目的地はすぐそこだった。
「んじゃ、とっとと買って帰る......ん、あれ?」
ふとポケットに手を入れた俺は正面を見つめたまま目を見開き、顔の位置を動かなさいままズボンのあちこちに手を運びパンパンと叩く。そして自分の失態に絶望した。
「財布......忘れた」
俺はふりだしに戻った。
「本日はスペシャルゲストに来ていただいております。今SNSで大ブレイク中のゲーム配信者、ルイさんです!」
「はぁーいみんなーっ!ルイだよー!」
23度に冷やされたアパートの一室、昨日から付けっぱなしだった4Kテレビには最近おすすめに出てくる笑顔が気色悪い爽やか系男子のインフルエンサーが笑顔で手を振っている。手に入れた缶をカシュッと音を立てて開きながら、少し不器用に上着をソファーへと脱ぎ捨ててゲーミングパソコンの灯った机へと足を運ばせる。
机の上に規則正しく並べられた美少女フィギュアの合間に飲みかけの缶を置いてマイクの付いたヘッドフォンに手を伸ばした。
「おぉ、おっかえりー!思ったより待ったんだけど?」
「悪い、財布忘れて二往復する羽目になってさ」
「ふっいや草。ばっかじゃねー?ははは」
耳にかけたイヤホンの向こうから他人を嘲笑する為だけに作られたような声で散々からかわれ、マウスを握る指先が自然と力んでくる。
「あぁ、そういえばルイ。今お前がテレビに映ってた」
「えぇ?......もしやアマネって僕のファン?」
ああ言えばこう言う、このウザいのはルイ。俺ら三人組のクランである「ロゴス」の一人で......見ての通りお調子者だ。俺らとネットで知り合ってからゲームを始めたものの、たまたまSNSで個人的にゲーム配信を始めたところトークスキルや無駄にいい容姿により一気に有名になった、俺と同じゲーム廃人である。
「ね、ねぇ......はやく再開しようよ」
この透き通るような高い声でオドオドしているのはリン、同じくメンバーだ。俺とリンはルイよりもはやく知り合っていて、一番信頼できる存在といえる。ただ、リンはどうもルイの空気感が苦手らしくてゲーム以外での会話が消極的だ。もともと多く語るタイプではなかったけれど、二人の時はもっと話していた気がする。
リンの呼びかけによってルイはヘラヘラと笑いながら、俺は少し苛立って再び三人でオープンワールドにPKを始めに行く。
俺たちロゴスはあらゆるゲームで最強だった。各自のスキルが圧倒的であるのに加え、常に三位一体となって行動するため全く隙がない。格闘にFPSなど、様々な大会で優勝を掻っ攫い、以前やっていたゲームでは他のプレイヤー4800人が協力して攻めてきたが1デスもなく全滅した。
俺の生活費や娯楽費はゲームと株によって入るので、その二人は俺にはなくてはならない存在......そして友達だ。
ちなみに、リアルでの俺には友達も恋人もいない。他人に興味がない自分にとって、それらはアニメの中だけでいいと考えていたから人との接触を避けてきた......のだが、なぜかその冷徹さが逆にいいと言い出した連中によって、俺はクールで高嶺の花の存在だとされていたのだ。なので俺に近づこうとした人達は、後日いつも姿を消していた。
俺はその件について、深くは考えないようにしている。
「あれぇ?もう全滅?大したことないなぁ」
「し、しょうがないよ......もうこのクラン潰すの七回目だよ?」
次のイベントまであと五日ある。それまでは特にこれといってやることが無いので、適当に選んだアイテムコンプしているゲーム内で悪質な暇つぶしをしている。倒した敵のクラン要塞内で見慣れた内装を一瞥しながら進んでいると、大きなローブを着た魔女スキンのリンがトテトテと可愛らしく小走りで近づいてきた。
「あ、あの......アマネ!これ、あげる」
「これは......ネックレス?」
リンが両手で差し出す赤く光るそれをソッと受け取り、広げるようにして頭上へと持ち上げる。それは未だ獲得したことの無いガーネットのネックレスだった。
「あれ、アイテム図鑑は埋まってるのに未獲得だった」
「そ、それは僕が最初に手に入れたゲーム内唯一のレジェンダリーアイテムで、ずっと装備してたから」
あぁ、なるほど。隠しアイテム的なやつか。
「でも、どうして今俺に?」
「えっと......誕生日プレゼント、だよ?」
そう言って俯きながらモジモジと身体をくねらせるリン。おいおい......可愛いな。クラスの女子よりも断然お前の方が可愛いぞリン、正直抱きしめたい。
「ねぇ、惚気けてないでさぁ?ちゃちゃっとクラン宝箱探してよー」
いちゃつく俺たちをジト目で見つめながら伝説の魔剣を指の上でクルクルと回転させるルイ。勇者なんて似合わなすぎるその姿に俺はため息をひとつこぼして気だるげにルイの元へと足を進めた。
あれから約一週間後、ふと朝の七時に鳴るはずのないウチのインターホンが部屋中に響き渡った。寝始めてまだ数十分だというのに、一体誰だこの野郎。
重たい身体を無理やりソファから起こしてモニターを確認しに行くが、そこには人の姿はなかった。ピンポンダッシュでもされたのかと苛立ちを覚えて眠気が遠のいていく。
まて、冷静になるんだ......きっと何か置き配でネット注文したんだろう。親切でインターホンを鳴らしておいてくれたのだ。うん、きっとそうだ。
玄関の外に出てみると、案の定そこには膝くらいまであるサイズのダンボールが届いていた。それを室内に運びながら思ったのだが、何故だかこのダンボールには宛先しか書いておらず、何処から届いたのか、何が入っているのか全く明記されていなかった。
まぁこういうこともあるだろうと気にもせず、さっそくハサミを持ってきてダンボールを開いてみる。すると中には透明なビニールと高価そうな箱で包装された......VRゴーグル?が届いた。
「あれ、こんなの頼んだかな......」
箱を袋から取りだしてパッケージに目をやると、そこには真っ白なゴシック体で様々な文字が書かれていた。
「......The Order Life?なんだ?機種の名前かゲームタイトルかな」
まぁよくわからんが、届いたのならば使ってみよう。ちょうど最近既存のゲームには飽きてたところだし。
英語の説明書を読み進めながら、ゲームにしては少し大掛かりな配線やデバイスの組み立てをして多少の興奮とともにゴーグルを完成させていく。
かれこれ三十分くらいたっただろうか、ようやく準備が完了した。さっそく起動してみようとゲーミングチェアに腰掛けてゴーグルの横部分にある電源ボタンを長押しする。するとゴーグル内の画面が青白く光り始め、エアコンよりも小さな音をたてながらフォンが動きだす。あとはこれを頭に装着して......っと。
welcome to The Order Life.
真っ白だった画面に突如としてアナウンスと共にタイトルらしきものが現れ、俺はその画面の解像度と音質の良さに胸を躍らせる。ほほう、VRもここまでリアルになっているのか!
質問です。現実世界において、アナタは魔法が使えますか?
「......は?」
タイトルの次に表示されたその質問を読んで、俺はつい口から言葉が出てしまった。続いてその下に「はい」
と「いいえ」の選択肢が現れる。このゲームは突然何を言い出すんだろう、使えるわけが無い。あまりに意味のわからない質問に対してイラッとしながら視線を動かして回答した。
もちろん、いいえ。
質問です。現実世界において、クリアは存在しますか?
......いいえ。
質問です。現実世界において、命の危機と隣合わせの冒険はありますか?
いいえ。
質問です。現実世界において、ハラハラドキドキのダンジョンはありますか?
いいえ。
質問です。現実世界において、秘めれし力は存在しますか?
いいえ。
質問です。現実世界において、都合のいいヒロインは存在しますか?
いいえ。
質問です。現実世界において、命をかけられる友情はありますか?
いいえ。
質問です。現実せ......
「いい加減にしろよ!」
次々と突きつけられる現実に、日々俺の胸の奥に込み上げていた何かがドロッと溢れ出し、それは極度な怒りへと変貌した。
「んなもんわかってるよ!現実世界にはロマンも夢もねぇんだよ!んなもん......んなもん、わかってるんだよ」
拳に力を込め、ゴーグルで見えない机を思いっきり叩く。怒りが解き放たれると同時に、今度はやるせなさに心を侵され、涙をぐっと堪えて声が震えた。
質問です。現実世界において、アナタは幸せですか?
....................................いいえ。
最後の質問です。アナタは、魔法とロマンと夢のある世界へ行きたいですか?
......はい。
そして、俺は意識を手放した。
ルイの独り言ラジオーっ!今回は最強クランであるロゴスについて!僕らロゴスは世界最強のクランだよぉ!我らが冷酷なリーダーことアマネ、可愛いリンたん!そっしてぇ......天才イケメンボーイの僕!ルイー!最強ゲーマー三人で構成された僕らにとっては2クランを除いて敵なし!連勝しすぎてら出来食らった大会も多いけどぉ......楽しくやってます☆




