第二章 声の在り処
あの声がしたあと、私はしばらく何も言えなかった。
空気の温度も、音も、色も、すべてがその声の余韻のなかで揺れていた。
弟の「ごめん」。
元恋人の「芸術だよ」。
どちらも、わたしの罪悪感を静かにほどいてくれた。
まるで、心の奥で固まっていた氷が、言葉の熱でゆっくりと溶かされていくようだった。
でも――それは本当に、あの人たちの“声”だったのだろうか?
それとも、わたしが作り出した“救い”だったのだろうか?
わたしは、声の在り処を探すように、昔の写真を開いた。
弟と写っている夏祭り。笑顔の後ろに、あのとき言えなかったことが詰まっているように思えた。
元恋人の、スケッチブックに描かれた歪なキャラクター。彼は確かに「表現は、評価じゃない」と言っていた。
そうだ。
あの声は、過去の記憶の中に確かにあった。
わたしが聞いたのは、「過去の誰か」ではなく――
「過去のわたしが、聞いていなかった言葉」だったのかもしれない。
真実は、いつもそこにあった。
ただ、見ようとしなかっただけで。
ただ、信じる準備ができていなかっただけで。
声を聞いたのは、「今」のわたしだった。
赦されたのではない。
わたしが、わたしを赦そうとした瞬間に、
記憶の奥で眠っていた言葉が、ようやく目を覚ましたのだ。
そして、ふと思った。
もしかしたら、誰かが赦してくれるのを待つより、
わたしが、わたしの罪をまっすぐに見つめて、
「それでも生きていこう」と決めること――
それこそが、ほんとうの赦しなのではないか、と。